第 話 予報ハズレ
「はぁッ…!はぁッ…!!」
──夕暮れ小焼けのメロディーに包まれて、
私はただただ走っていた。
なんでこんなことに、なんて、本日何十回目の
人生への文句を心の中で垂れ零しながら。
右腕は動かない。走る度にブランブランと
無機質に揺れて、慢性的な鈍い痛みと共に
鮮血を撒き散らしている。お気に入りだった
学生服の右半分に赤黒い水玉模様が描かれながら、
ただただひたすらに逃げていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
あれは…当に、今日の正午頃だろうか。
4時間目の授業もようやく終わりが見え、
昼休み恒例の購買の焼きそばパンの
争奪戦に備えていた時だった。
『──────争え』
初めは、単なる幻聴かと思った。
寝る前、夜中の2時ぐらいまで
FPSやりまくってたから、ゲームの音声の
幻聴でも聞こえたのかと、そこまで
深くは考えていなかった。
それが幻聴でないと確信を得たのは、
教室のみんなの反応を見たからだった。
皆、それまで黙々と、あるいはひそひそと、
ノートを書くなり駄弁るなりしていたのに
"今のはなんだったのか"という旨の
ざわめきに染まっていた。
先生ですら若干頭を捻っていて、
しかしこういう時のテンプレのように、
"気の所為だ"と皆を治めようとした…
……ところまでは、覚えている。
──────────────────────
その次は、"起きた"時だった。
私は眠っていた…いや、きっと多分、
気絶していたんだと思う。
爆音で目が覚めた。そこは教室じゃなかった。
いや、教室ではあった。教室だったところ…
なんだと思う。
校舎がなくなっていた。沢山の瓦礫が、
校舎が建っていたところに散らばって、
積み重なっていて…右腕は、
その時に負傷していた、と思う。
なにせこの時は私も混乱していたから、
あんまりよくは覚えてないんだけど。
先生も、みんなも、見えなくて、
でも人の、とても大きな、そして
とても可哀想で痛烈な声だけは何処からでも
聞こえていて。
でも逃げなくちゃってことだけは、わかった。
わかったら、痛みが不思議と
和らいで、体の緊張もほぐれて、
精一杯の力で走り出した。
走って、走って、走って、走って、
走って、走って、走って、走った。
"てち"…"てち"……"てち"………
どれだけ走っても聞こえてくる、
後ろからの足音に聞こえないふりをして。
……で、ところで、なんで私、
こんなこと思い出してるんだっけ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(………ああ、そうか)
(走馬灯ってやつか、これ)
───酸素不足で朦朧としだした
視界で、走馬灯を垣間見て…気付けば、
私はスーパーマーケットまで来ていた。
コムギと大々的に描かれたキャッチーな
看板が目印の、業務用の店。隠れられる場所は、
数え切れないほどある。
もう、逃げる体力も残ってない。
隠れなきゃいけない。そう考えた覚えは
ないけど、きっと本能で身体がここを
選んだのだろう。
鉛のように重い足を引きずって、私は入店した。
──人気は、なかった。店内は学校と同様に
好き勝手に荒らされていた。カゴや
ショッピングカートは無造作に転がっていて、
地面や棚はところどころひしゃげ、砕けていた。
まるでそこで爆弾をガンガン使う銃撃戦でも
あったかのように。
けれど人の姿だけは、
どこにも見当たらなかった。
名前は知らないけど、店の左奥の方。
布団や、抱き枕にちょうどいい大きなぬいぐるみが
棚に積まれてるコーナー。他と比べて比較的
荒らされてないそこを隠れ家に選んだ。
女の子の身体なら、ここの布団の隙間に
入り込める。発育の悪さで度々恨んだ
己の身体に今だけは感謝して、布団と毛布との
隙間に自分自身をねじ込んだ。それと同時、
小さな小さな入店音が、私の耳に聞こえてきた。
布団や毛布に囲まれたって、少しも眠気は
やってこなかった。とにかく、聴覚へ
全神経を注いだ。人の気配が完全に無くなるまで、
身動き一つも取れなかった。
──────────────────────
"こつ"……
(──────)
…聞き間違いであってくれと、祈った。
……"こつ"…"こつ"…"こつ"…
(────いやだ)
聞き間違いでないことを、突きつけられた。
遠くから、こちらに向かって、進んでくる、
足音が、たった一つ。
心臓が痛い。近づいてくる何者かに
聞こえるんじゃないかってぐらい、
鼓動が煩く高鳴る。無理矢理抑えるように、
胸を握りしめる。
足音は近づいてくる。迷うことなく、
自らの方へ。道標でもあるかのように。
1つずつ、焦らすように、棚の端から
布擦れの音がする。布団を退かして、
確認している。悪知恵なぞ…効かないか。
(ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、
ごめっ゙……ごめんなさいッ………)
縋るように、涙を堪えて、心の中で懺悔する。
音は、止まない。布擦れの音は、近づいてくる。
(ごめんなざッ……ごめ─────)
───そして、布団の壁に挟まれた視界は、
晴れた。




