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酔狂止明  作者: 大いなる林檎
第Ⅰ章 着水
1/4

第 話  予報ハズレ

「はぁッ…!はぁッ…!!」



──夕暮れ小焼けのメロディーに包まれて、

私はただただ走っていた。

なんでこんなことに、なんて、本日何十回目の

人生への文句を心の中で垂れ零しながら。


右腕は動かない。走る度にブランブランと

無機質に揺れて、慢性的な鈍い痛みと共に

鮮血を撒き散らしている。お気に入りだった

学生服の右半分に赤黒い水玉模様が描かれながら、

ただただひたすらに逃げていた。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



あれは…当に、今日の正午頃だろうか。


4時間目の授業もようやく終わりが見え、

昼休み恒例の購買の焼きそばパンの

争奪戦に備えていた時だった。



『──────争え』



初めは、単なる幻聴かと思った。

寝る前、夜中の2時ぐらいまで

FPSやりまくってたから、ゲームの音声の

幻聴でも聞こえたのかと、そこまで

深くは考えていなかった。


それが幻聴でないと確信を得たのは、

教室のみんなの反応を見たからだった。

皆、それまで黙々と、あるいはひそひそと、

ノートを書くなり駄弁るなりしていたのに

"今のはなんだったのか"という旨の

ざわめきに染まっていた。


先生ですら若干頭を捻っていて、

しかしこういう時のテンプレのように、

"気の所為だ"と皆を治めようとした…

……ところまでは、覚えている。



──────────────────────



その次は、"起きた"時だった。

私は眠っていた…いや、きっと多分、

気絶していたんだと思う。


爆音で目が覚めた。そこは教室じゃなかった。

いや、教室ではあった。教室だったところ…

なんだと思う。


校舎がなくなっていた。沢山の瓦礫が、

校舎が建っていたところに散らばって、

積み重なっていて…右腕は、

その時に負傷していた、と思う。

なにせこの時は私も混乱していたから、

あんまりよくは覚えてないんだけど。


先生も、みんなも、見えなくて、

でも人の、とても大きな、そして

とても可哀想で痛烈な声だけは何処からでも

聞こえていて。


でも逃げなくちゃってことだけは、わかった。

わかったら、痛みが不思議と

和らいで、体の緊張もほぐれて、

精一杯の力で走り出した。


走って、走って、走って、走って、


走って、走って、走って、走った。



"てち"…"てち"……"てち"………



どれだけ走っても聞こえてくる、

後ろからの足音に聞こえないふりをして。


……で、ところで、なんで私、

こんなこと思い出してるんだっけ。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



(………ああ、そうか)


(走馬灯ってやつか、これ)



───酸素不足で朦朧としだした

視界で、走馬灯を垣間見て…気付けば、

私はスーパーマーケットまで来ていた。

コムギと大々的に描かれたキャッチーな

看板が目印の、業務用の店。隠れられる場所は、

数え切れないほどある。


もう、逃げる体力も残ってない。

隠れなきゃいけない。そう考えた覚えは

ないけど、きっと本能で身体がここを

選んだのだろう。


鉛のように重い足を引きずって、私は入店した。



──人気は、なかった。店内は学校と同様に

好き勝手に荒らされていた。カゴや

ショッピングカートは無造作に転がっていて、

地面や棚はところどころひしゃげ、砕けていた。

まるでそこで爆弾をガンガン使う銃撃戦でも

あったかのように。


けれど人の姿だけは、

どこにも見当たらなかった。


名前は知らないけど、店の左奥の方。

布団や、抱き枕にちょうどいい大きなぬいぐるみが

棚に積まれてるコーナー。他と比べて比較的

荒らされてないそこを隠れ家に選んだ。


女の子の身体なら、ここの布団の隙間に

入り込める。発育の悪さで度々恨んだ

己の身体に今だけは感謝して、布団と毛布との

隙間に自分自身をねじ込んだ。それと同時、

小さな小さな入店音が、私の耳に聞こえてきた。


布団や毛布に囲まれたって、少しも眠気は

やってこなかった。とにかく、聴覚へ

全神経を注いだ。人の気配が完全に無くなるまで、

身動き一つも取れなかった。



──────────────────────



"こつ"……



(──────)



…聞き間違いであってくれと、祈った。



……"こつ"…"こつ"…"こつ"…



(────いやだ)



聞き間違いでないことを、突きつけられた。

遠くから、こちらに向かって、進んでくる、

足音が、たった一つ。


心臓が痛い。近づいてくる何者かに

聞こえるんじゃないかってぐらい、

鼓動が煩く高鳴る。無理矢理抑えるように、

胸を握りしめる。


足音は近づいてくる。迷うことなく、

自らの方へ。道標でもあるかのように。


1つずつ、焦らすように、棚の端から

布擦れの音がする。布団を退かして、

確認している。悪知恵なぞ…効かないか。



(ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。

ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、

ごめっ゙……ごめんなさいッ………)



縋るように、涙を堪えて、心の中で懺悔する。


音は、止まない。布擦れの音は、近づいてくる。



(ごめんなざッ……ごめ─────)



───そして、布団の壁に挟まれた視界は、


晴れた。

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