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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: K.K.
第1章『旅の始まり』
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ー戦い終わると、次に繋がる方面へー

ベロンの体が揺れる。


突き刺さる矢。


続けて――


森の奥から、騎馬隊が突入してきた。


「押し込め!」


「前線を下げろ!!」


統率された怒号。


鎧の金属音。


馬の蹄が地面を激しく踏み鳴らす。


弓兵が再び矢を放つ。


矢は正確に、群れの中心へ突き刺さる。


上に乗っていたベロンが――


地面に転げ落ちた。


圧が消える。


ベルを押さえつけていた前足が一瞬浮く。


「……っ!」


今だ。


ベルは残った力を振り絞り、地面を両手で掴む。


肩が焼けるように痛む。


でも構わない。


体を横へ転がす。


泥と落ち葉の上を、必死に這う。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


息が荒い。


視界はぼやけている。


だが――


確かに戦況が変わっていくのが見える。


騎馬の兵士が突進し、ベロンを真正面から叩き切る。


剣が振り下ろされる。


一体。


二体。


群れが混乱し始める。


さっきまで完璧だった挟撃が崩れた。


リーダー格らしき個体が唸り声を上げる。


だが。


兵士たちは連携して囲い込む。


逃げ道を塞ぐ。


矢が降り注ぎ。


槍が突き刺さる。


「……」


ベルは地面に倒れ込んだまま、その光景を見つめる。


終わった。


まだ完全じゃない。


でも――


押し返している。


「……よかった」


かすれた声。


肩の傷がズキズキと痛む。


体はもう限界。


でも。


助かった。


目の前で、誰も死なずに済みそうな光景が広がっている。


ベルはゆっくりと目を閉じる。


泥の冷たさが、逆に生きている実感をくれた。


戦いの音が、少しずつ遠のいていく。


ベロンの群れはほとんどが討ち取られ、残りは森の奥へと散っていった。


騎馬隊が追撃に向かい――


やがて戦場に残るのは、荒れた地面と倒れた獣の死骸だけになった。


ベルはその場で動けなかった。


体はまだ震えている。


肩の傷はズキズキと痛む。


全身が泥と血と汗で汚れていた。


しばらくして。


「大丈夫か」


声をかけられる。


鎧を着た兵士が、ベルの前にしゃがみ込む。


御者の一人だ。


彼に支えられるようにして、ベルはゆっくりと座らされる。


布と薬草で簡単な手当てが始まる。


染みる。


「……っ」


思わず顔が歪む。


だが、それ以上に――


今、生きているという実感の方が強い。


手当を受けながら、ベルは恐る恐る口を開いた。


「……あの」


「さっき来てくれた援軍って……」


御者は少しだけ笑う。


「ああ。あれはな」


「町まで修理工を呼びに走らせていた――」


「護衛の騎士五騎だ」


「タイミングよく戻ってきたんだ」


ベルは目を瞬かせる。


援軍だと思っていたあの騎馬隊。


実際は――


元々この馬車の護衛だった者たち。


「……じゃあ、最初から」


「遅れただけだ」


御者は肩をすくめる。


「だが、あいつらが戻ってこなければ危なかった」


ベルの胸に、じわりと安堵が広がる。


そして――


もう一つ気になっていたこと。


「……倒れた人たちは?」


声が少し震える。


御者の表情が真剣になる。


「重傷の者もいる」


「だが――」


「死んだ者はいない」


その言葉が、静かに落ちた。


ベルの肩から、力が抜ける。


目の奥が熱くなる。


「……よかった」


本音。


心からの言葉だった。


誰も。


死ななかった。


自分があれほど怖い思いをして。


半泣きで叫んで。


逃げ回って。


それでも――


守れたものがある。


ベルはゆっくりと息を吐いた。


震えはまだ止まらない。


肩の傷は痛い。


体力は空っぽ。


それでも――


胸の奥に、確かな温かさが残っていた。


手当はひと通り終わった。


包帯が肩に巻かれ、傷口の出血は止まっている。


痛みはある。


でも――さっきよりはずっとマシだ。


ベルが地面に座ったまま息を整えていると、御者が何度も様子を見に来た。


「寒くないか」


「水は飲めるか」


「立てそうなら少し移動するぞ」


やけに丁寧だ。


もちろん。


助けたのは事実だ。


ベルが声を張り上げ、注意を引き、時間を稼いだおかげで戦況が動いたのも確か。


その礼だろう。


――でも。


「……」


気遣いの視線が、どこか落ち着かない。


優しさ。


それだけじゃない気がする。


何かを確かめるような。


値踏みするような。


守る対象として見ているのか。


それとも――


別の理由か。


ベルは小さくため息をついた。


(……私って)


昔から。


こういう視線に囲まれやすい。


何もしていなくても。


ただ立っているだけで。


「守ってあげたい」と言われる。


「可愛いね」と笑われる。


「一緒に来ない?」と冗談とも本気ともつかない声をかけられる。


それが嫌というわけじゃない。


でも――


正直、少し疲れる。


(私ってそんなに……チョロそうに見えるのかなぁ)


心の中で苦笑する。


今回は違う。


怪我もしている。


体力も尽きている。


逃げる余裕なんてない。


だからこそ。


無理に距離を取るより、今は甘える方が正解だと判断した。


御者が改めて言う。


「次の街まで一緒に乗っていくか?」


「このまま歩くのは無茶だ」


ベルは少し迷い――


小さく頷いた。


「……お願いします」


素直な声。


意地を張る状況でもない。


御者は安心したように笑う。


「助かったのはこっちだ。礼は俺たちが言う側だ」


無事だった1両は別の、修理を終えた2両目に、ベルはゆっくりと乗せられる。


揺れが体に響く。


肩の痛みが再び主張する。


でも――


動かなくていい。


今は守られる側。


ベルは窓の外をぼんやりと見つめながら、小さく息を吐いた。


(……今日は、本当に長かったな)


あんなに高かった日が沈みかけていた。


疲れがどっと押し寄せる。



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