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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第12章ー南大陸の強者ー
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カタナの矜持ー

殺が動きを止める。


左手は鞘を引いたまま、右手は柄に添えたまま。


呼吸が一段だけ深くなる。


空気が沈む。


カタナは歩みを止めない。


むしろ、自然体のまま進む。


両手が軽く振られる。


その動きと同時に、白銀の刃が腕から突き出る。


まるで意志の延長のように、必要な分だけ形を持つ。


三つの銀の瞳が、同時に殺へと向く。


その視線だけで、空間の温度がわずかに変わった。


殺は小さく息を吐く。


「…姫神…『神』…なるほど。やはり人ではない、か」


空気が沈む。


鞘と刃の間に、極限まで圧縮された静寂が生まれる。


そして――一歩。


カタナが踏み込む。


その一歩が、殺の間合いへ侵入した瞬間。


世界が、音を失った。


殺の右手が動く。


鯉口が切られる。


刃が、抜かれる。


(スメラギ)流剣術ー抜刀術・10(TEN)」


横凪。


ただ、それだけ。


振るうという過程すら曖昧になる速度で、空間が横一線に裂けた。


次の瞬間。


カタナの動きが止まって見える。


音も光も、時間さえも超える斬撃。


すでに、通り過ぎている。


音が鳴ることすら忘れる速度。


風圧は後から発生し、2人の髪を撫でる。


カタナの体勢は崩れないまま、その場に立っている。


銀の瞳は、まだ殺を見ている。


ただ――


世界に残るのは一つだけ。


「斬られた」という結果だけが残る。


殺の頬を、汗が一筋だけ伝う。


「視えた…そういうことですか」


その視線の先。


カタナの両手から伸びる白銀の刃は、わずかに欠けていた。


ほんの“刹那の痕跡”。


だが、それが意味するものは重い。


カタナは自分の両手をゆっくりと持ち上げる。


欠けた刃に視線を落とし、静かに言った。


「視えたから、止めた。それだけだよ」


感情は薄い。


驚きも、焦りも、過剰には出ない。


ただ事実の確認だけがそこにある。


そして、わずかに目を細める。


「まさか、あたしの刃に傷を付けるとは思わなかったけど…」


その言葉の終わりと同時に、空気が一段だけ重くなる。


軽口ではなくなる。


遊びではなくなる。


殺はその変化を、居合の構えを解かないまま受け止めていた。


再び、空気が沈む。


殺の左手がわずかに動く。


鞘と刃の間に、再び“時間の圧”が生まれる。


(スメラギ)流剣術ー抜刀術・10(TEN)」


鯉口が切られる音。


それは一つの動作ではない。


始まりそのものだった。


横凪の一閃。


だが、その結果はすでに先に存在している。


カタナの両手から伸びる白銀の刃に、再び微細な欠けが走る。


同時に――


殺の前髪の半分が、音もなくほどけるように落ちた。


風に乗るでもなく、ただ“切断された事実”だけが地面に落ちる。


殺は一瞬だけ視線を下げる。


落ちた髪を見る。


そして、静かに言う。


「…そういうことですか」


カタナはそのまま、まっすぐに殺を見ている。


銀の三つの瞳が揃って、揺れない。


「視えてるってば」


その一言は、挑発でも説明でもない。


ただの事実だった。


三度目。


殺の呼吸が、ほんのわずかに深くなる。


左手が鞘を押さえ、右手が柄に添う。


鯉口へ――


その瞬間だった。


(スメラギ)流剣術ー抜刀術・10(TEN)」


切り結ぶ前の“気配”すら刈り取るはずの一線。


刹那ー


殺の右手首が、音もなく空を切って離れた。


鮮血が遅れて舞う。


視界が一瞬だけ揺れる。


殺の目が見開かれる。


カタナはそこから一歩も動かない。


銀の三つの瞳だけが、静かに殺を見ていた。


「視えてるってば」


短く、淡い声。


そして一歩、距離を詰める。


「もう抜かせないから」


微笑み。


その言葉と同時に、殺の判断は変わらない。


宙を舞う右手首を――殺が口で咥えた。


次の瞬間、首の動きだけでそれを投げる。


最小限の動作。


だがその“最小”は、速度としては異常だった。


空気が裂ける。


血を含んだ右手首が、弾丸のようにカタナの顔へ飛ぶ。


カタナの銀の瞳が一瞬だけ揺れる。


回避はできる。


できるが――


完全には避け切れない。


血が両目にへ入りかける。


思わず、カタナは瞳を閉じた。


カタナの視界が、一瞬だけ閉じる。


その隙を、殺は逃さない。


左足が踏み込まれる。


地面が鳴るより先に、身体が“移動している”。


左手が滑る。


鞘から柄へ。


流れるように持ち替えられた刃が、逆手で引き抜かれる。


(スメラギ)流剣術ー040(KARASU-MARU)」


逆手抜刀。


下からの一閃。


紅の衝撃が刃に絡みつき、空間ごと持ち上げるように跳ね上がる。


狙いは一点。


カタナの顎下から、視界の死角を貫く軌道。


――だが。


その瞬間。


カタナの“第三の目”が、視ている。


額にある、もう一つの銀の瞳。


カタナの首がわずかに傾く。


ほんの数度。


しかしその数度で、致命の線は外れる。


紅の斬撃は、髪の先も裂くことなく空を切った。


空間が一瞬だけ遅れて悲鳴を上げる。


カタナは額の目を開けたまま、静かに言う。


「…視えてるよ」


カタナは、両手から伸びた白銀の刃を静かに交差させる。


刃先は、殺の喉元にを挟み込むようにぴたりと触れている。


空気が一段、薄くなる。


殺の喉が、わずかに動いた。


ごくり、と乾いた音。


カタナはそのまま、距離を詰めるように顔を寄せる。


耳元。


呼吸が触れるほどの距離で、静かに言った。


「斬るだけならいつでもできるんだよ」


言葉は淡い。


だが刃よりも重い。


殺の目が、ほんの一瞬だけ揺れる。


これまでの“読み合い”とは違う。


これは、選択の提示だった。


カタナは殺から静かに身体を離す。


喉元にあった白銀の刃も、何事もなかったかのようにすっと縮み、手の中に収まるように消えた。


両手で目元についた血を拭い、息を一つだけ整える。


そして――振り返らないまま、踵を返した。


殺の右手は、すでに元に戻っている。


何事もなかったかのように、再び大刀の柄を握る。


鞘へと意識が戻る。


居合の構え。


空気が再び張り詰める。


その背中に、カタナの声だけが落ちる。


「やめなよ」


たったそれだけ。


だが殺の肩が、ほんの僅かに揺れた。


止まらない。


止める理由はない。


だが、抜けない。


カタナはもう振り返らない。


そのままベルの元へと歩いていく。


軽い足取りに戻っている。


「満足した!」


ベルはそれを見て、短く頷く。


「そうか」


その一言と同時に、カタナの身体が淡い光に包まれる。


輪郭が揺らぐ。


人の形がほどけていくように、存在そのものが“戻る準備”を始める。


光の球へと収束し――


静かに空中へ浮かび上がる。


次の瞬間。


それは音もなく霧散した。


残るのは、再び静まり返った屋根の上と、構えを解かない殺だけだった。


殺が構えを解き、まっすぐに立つ。


鞘に収まった大刀を左手で静かに支えながら、視線だけをベルに向けた。


「これは一体…何の茶番なのでしょう?」


声は冷えている。


戦闘の余熱ではなく、理解不能への切断だった。


ベルはすでに立ち上がっている。


ゆっくりと殺へ歩み出す。


「茶番?」


一歩ごとに空気が重くなる。


殺の瞳がわずかに細まる。


ベルは笑った。


だが、その笑いは軽くない。


「言ったろ?俺は今、めちゃくちゃ頭に来てるんだっ!」


怒声。


その瞬間、屋根の空気が一段跳ねる。


殺の肩がわずかに反応する。


「…ならばなおのこと..」


言いかけた殺を、ベルが遮るように続ける。


「殺しはしねぇ。あいつが嫌がるからな。それに…マリーナもきっと嫌がる」


一瞬だけ、名前が空気を変える。


だがベルの足は止まらない。


「俺は自分でも性格悪ぃなって思うんだけどよぉ」


殺の視線が、さらに鋭くなる。


ベルは真正面に立つ距離まで近づく。


「お前は自分を最強だと思ってるみてぇだから…」


間。


次の言葉を、はっきりと落とす。


「そんなお前の全力を、俺の姫神達がこれから…」


右手の親指が立つ。


ゆっくりと、下へ向けられる。


「へし折る!」


殺の頬に、汗が一筋落ちる。


「そんなことに…何の意味が…」


声は静かだが、揺れている。


ベルは即答する。


「意味なんてねぇよ。ただ…俺がスッキリしたいだけだ」


殺の目がわずかに見開かれる。


「…くだらないっ..癇癪を起こした子供じゃないのですから」


ベルは笑う。


その笑いは、開き直りでも虚勢でもない。


ただの宣言だった。


「そうさ!これは俺の癇癪だ!お前を殺すことなく!俺の怒りを収めるためのっ!」


空気が止まる。


戦いはまだ終わっていない。


だが“次の段階”に、確かに移った。

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