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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第10章ー西大陸・カダブランカ篇ー
326/332

3人目の英雄核保持者ー

ベルはそこで、思わずその姿を見つめた。


アラランの服装は軍人というより、どこか気だるい貴族のようだった。


胸元を覆う赤い布は簡素ながら目を引き、そこに銀の装飾がいくつも連なっている。首、手首、足首、そして腰にも細い金属の輪が巻かれ、動くたびにわずかに音を立てた。


下は透け感のある紺のズボンで、光の加減で色が揺れるように見える。


そして椅子の背後、壁に立てかけるようにして長い湾刀が一本置かれており、腰には短い湾刀が収められていた。


全身に刻まれた紋様は、顔にまで及び、うっすらと風の流れのような模様が肌に溶け込んでいる。


その姿なのに、本人は今にも眠りそうなほど気だるげだった。


ビビが小声でぼそっと言う。


「アラランも〜わたしのこと怒ってたりしないかな〜」


アラランはその声に反応する気もなく、椅子の背にさらに沈み込む。


「で……今日は何ですか……私は昼寝の途中なんですけど……」


アダラは部屋に入るなり、椅子に沈み込んだアラランを見て肩をすくめた。


「お前はほんとに寝てばっかだなー」


アラランは目を細めることもなく、気だるげに視線だけを動かす。


「やることやっていれば、文句を言われる筋合いもないでしょう」


淡々とした返答。


アダラはふっと息を吐き、軽く身体を起こして背伸びをした。


「王女とは言え、同じ遊撃隊隊長なわけですし」


アラランはゆっくりと瞬きをし、だるそうな声で続けた。


「それで、本日はどのような?」


アダラは腕を組み直し、軽く顎を上げる。


「前にも話したと思うけど、魔王殺しが来てくれたぞ」


その言葉に、アラランの細い瞳がわずかに鋭くなる。


空気が一瞬だけ変わった。


ビビが床に座ったまま、のんびりと手を振る。


「英雄核〜とってもらお〜よ。スッキリするよ」


その軽すぎる提案に、アラランは目を細める。


次の瞬間、胸元を片手で押さえながら、静かに言い切った。


「お断りします」


声は淡々としているが、その中には揺るがない拒絶があった。


アダラは片眉を上げたまま、軽く肩をすくめる。


「なんでだよ?」


その問いに、部屋の空気がわずかに止まる。


アラランは椅子にもたれたまま、ゆっくりと目を細めた。


「理由ですか……」


一拍置いて、淡々と続ける。


「英雄核は、私にとっては“力”です。失えば、家も、地位も、全部崩れる」


その声には焦りも怒りもない。ただ事実だけを並べている。


「それに……私は英雄核そのものは嫌いですよ。身体に馴染んだ毒みたいなものですから」


アラランは軽く息を吐き、視線を天井へ向ける。


「でも、それでも手放せば、私はただの没落貴族です」


そして視線を戻し、静かに言った。


「それは、もっと嫌ですね」


ビビは「ふーん」と気の抜けた声を出し、アダラは小さく舌打ちした。


アダラは表情をわずかに引き締めたまま、静かに告げる。


「わかってると思うけど、今のままじゃ、2年後には英雄核を抜き取られて死んじまう」


アラランはまばたきもせず、淡々と答えた。


「もちろん承知しています」


「それまでに……何とかできる保証あんのかよ?」


問い返すアダラの声は、少しだけ低くなる。


アラランはゆっくりと視線を動かした。


「そちらこそ、ビビのように英雄核を問題なく取り出せる保証があるのですか?」


「それは……」


アダラは言葉を詰まらせ、横目でベルを見る。


ベルは小さく息を吸い、視線を落としたあと、顔を上げる。


「……保証はない、みたいだけど……でも、なんとかする。と思う」


その曖昧で、それでも真っ直ぐな言葉に、アラランは小さくため息をついた。


「……せめて、なんとかできる方法が決まってから言ってくれませんか?」


アダラは苦い顔で頭をかいた。


「それについては……私らが悪いかもしんねぇけど」


ベルはすぐに首を横に振る。


「大丈夫。あいつがなんとかするって言ったなら……絶対なんとかする」


その言葉に、アラランの目がわずかに細くなる。


「それが身内贔屓じゃなきゃいいんですけどねぇ」


軽い皮肉。


アダラは一歩前に出て、真剣な目を向けた。


「できるようになったら……やってくれるか?」


空気が少しだけ重くなる。


アラランはしばらく沈黙したあと、静かに答えた。


「やりませんよ」


即答だった。


アダラの眉が動く。


「アララン……」


アラランは指を軽く組み替えながら、まるで当然のことのように続けた。


「1、2年以内に、英雄核を完全覚醒させる。2、英雄の子を産む。3、将来の資質を見せる」


眠たげな目のまま、淡々と言い切る。


「ま、1つくらいなんとかなるでしょ」


ベルは小さく眉を寄せた。


「けっこー……大変だと思うけど」


アダラは腕を組みながら、天井を見上げる。


「そこはなぁ……」


ビビも床に座ったまま、のんびりと頷いた。


「それはね〜」


ベルの表情がわずかに強張る。


「もしかして……」


アラランは間を置かず、あっさりと言い放った。


「最悪、魔王殺しの子を孕めばいいだけだ。簡単なことさ」


「やっぱり……」


ベルは小さく息を吐く。


アダラも肩をすくめる。


「ま、そうなるよな」


ビビも悪びれもなく笑った。


「なるなる〜」


その空気の軽さに、ベルはわずかに眉をひそめる。


「でも……なんでみんな、あいつの子供を欲しがるの?英雄が生まれる保証なんてないのに」


その一言に、空気が一瞬だけ変わった。


ビビ、アダラ、そしてアララン。


三人が揃って、ベルを見る。


意外そうな目だった。どこか理解できないものを見るような、静かな驚き。


アラランは、ベルの言葉を聞いた瞬間、ほんのわずかに目を細めた。


「おまえ、本気で言ってるんですか?」


ベルは一瞬戸惑いながらも、こくりと頷く。


「え?……は、はい。本気だけど」


アダラは腕を組み、しばらく目を閉じたあと、静かに息を吐いた。


「なるほど……そういうことか」


ビビも小さく頷きながら、どこか納得したように呟く。


「……わかって〜なかったんだね〜」


ベルは少しむっとしたように眉を寄せる。


「わかってるよ。でも、強い人の子供だからって必ず強くなる保証なんてないでしょ?英雄になるかどうかなんて、わからないよ」


その言葉に、アダラはもう一度腕を組み直し、しばらく考えるように目を閉じた。


そして、ゆっくりと目を開く。


「わかったわかった。説明してやんよ」


少しだけ真面目な声音だった。


「生まれた子供が英雄になるかどうか、強いかどうかなんて、関係ねぇんだよ」


ビビが隣で、うんうんと頷く。


ベルは眉をひそめる。


「え……どういうこと?」


アラランが気だるげに視線を上げて、淡々と続ける。


「つまりは、史上で初めて魔王を殺した魔王殺し。その子供であったなら、生まれた時点で英雄なのです」


「……え?どうして?」


ベルの声には純粋な疑問しかなかった。


アダラは軽く肩をすくめる。


「1000年前じゃねぇんだ。魔王もいないこの時代に、英雄の強さが欲しいわけじゃない」


一度言葉を切る。


「英雄っていう“存在”が欲しいだけなのさ」


静かな部屋に、その言葉だけが落ちるように響いた。


ベルは小さく息を呑んだ。


「なにそれ……」


アダラは肩をすくめる。


「つまりさ、誰もが英雄だと思うなら、なんだっていいのさ。極端な話、人間でなくともな」


軽い調子のまま、しかし言葉は妙に重い。


「西大陸の民全てが“英雄”だと信じるなら……なんだってな」


ベルは目を見開く。


「そ、そんな……」


アラランは気だるげに視線を上げる。


「説得力だ。我々が求めるのはな」


短く、断定するように言った。


ベルはわずかに震える声で呟く。


「それじゃあ……プレレッサは一体何のために……」


その名に、空気が一瞬だけわずかに変わる。


アダラは目を細め、静かに腕を組んだ。


「一緒さ」


低い声。


「英雄核10個と、英雄の遺体。その上で英雄と同等の戦力を持つなら、それはもう英雄と呼んでもいい」


一拍置いて、淡々と続ける。


「あれはそういう実験だ」


ベルは唇を噛み、声を落とした。


「ひどい……あんまりだよ」


アダラは一度だけ視線を伏せる。


「わかってるさ……ビビ達の英雄核だって同じ。ひどい話さ」


アラランは椅子にもたれたまま、淡々と目を細めた。


「私にとっては、そうでもない。シュプリムにとってもね」


その言葉が落ちると、部屋の空気がさらに冷たくなる。


ベルは小さく息を吐きながら、ぽつりと続けた。


「だから……みんなあいつの子供を欲しがるのね……」


アダラは短く息を吐き、視線を天井へ向けた。


「そうさ。妊娠さえすれば、確実に英雄となれる子なんだ」


一度だけ間を置き、静かに言い切る。


「あいつは今、そういう存在なんだよ」


挿絵(By みてみん)



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