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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第9章『西大陸篇』ー
309/320

白銀の英雄とー

瓦礫の中。


わずかに、指が動く。


アダラの瞼が、震えた。


ゆっくりと――開く。


ぼやけた視界。


崩れた広間。


倒れた仲間たち。


そして――


動かないベルの姿。


呼吸が、止まる。


理解が、追いつく。


全てが繋がる。


その瞬間。


顔が歪む。


「……は……?」


声にならない声。


喉が震える。


視界が揺れる。


否定したい現実が、容赦なく押し寄せる。


「……うそ、だろ……」


手が震える。


立ち上がろうとする。


だが、力が入らない。


それでも――


歯を食いしばる。


拳を握る。


胸の奥で――何かが、脈打った。


微かな違和感。


だが、それは次の瞬間、確かな“鼓動”へと変わる。


ドクン、と。


重く、深い一拍。


アダラの身体が、びくりと震えた。


息が詰まる。


空気が、肺に入らない。


それでも――鼓動は止まらない。


二度、三度。


脈が強まるたびに、胸の内側が熱を帯びていく。


まるで、心臓の奥に“別の何か”が生まれていくように。


光が、滲む。


内側から。


皮膚の奥、肉の内側、骨の隙間から。


逃げ場を求めるように、白い光が漏れ出す。


アダラの手が、無意識に胸を押さえた。


熱い。


焼けるように。


だが、その熱は痛みではない。


むしろ――満ちていく。


失っていた何かが、戻ってくるような。


いや、それ以上のものが。


圧倒的な“何か”が。


再び、鼓動。


ドクン。


その瞬間――


胸の内側で、何かが“形”を持った。


光が、収束する。


一点へと。


凝縮される。


押し固められる。


逃げ場を失った光が、核となる。


白い。


純白の輝き。


それは、ただの光ではない。


確かな“存在”として、そこにあった。


本物の――英雄核。


完成と同時に、爆ぜる。


音はない。


だが、衝撃は確かにあった。


白い光が、核から解き放たれる。


血管のように、全身へと走る。


腕へ。


脚へ。


首へ。


指先へ。


一瞬で、巡る。


そして――刻まれていた紋様すべてが、応えるように輝き出す。


白く。


眩く。


統一された光として。


身体の内と外が、繋がる。


力が、流れる。


溢れる。


止まらない。


呼吸が戻る。


視界が、研ぎ澄まされる。


重さが消える。


身体が、軽い。


否――軽いどころではない。


自分という存在が、ひとつ上の段階へと押し上げられていく。


そんな錯覚すらあった。


アダラは、理解する。


これは借り物ではない。


偽物でもない。


誰かに与えられたものではない。


これは――


“自分の力”だと。


白い輝き。


次の瞬間。


そこから、光が走る。


血管のように。


全身へと。


刻まれた紋様すべてが、白く輝き出す。


満ちる。


溢れる。


力が、爆発する。


白銀の光が、身体を包み込む。


立ち上がる。


その瞳に宿るのは――覚悟。


そして、怒り。


「――――」


白銀の英雄が、今まさに生まれようとした。


その瞬間。


――視界が、切り替わる。


何かが、目の前に立っている。


理解するより早く。


一閃。


音は、ない。


抵抗も、ない。


次の瞬間。


アダラの視界が、回転した。


自分の身体が、遠ざかる。


理解が追いつく。


遅れて。


――首が、落ちた。


倒れ伏したままのベル。


その指に嵌められた指輪が――微かに震えた。


最初のひとつが、音もなく崩れる。


ひび割れるように、静かに。


次の瞬間には、形を保てなくなり――塵となって散った。


さらさらと。


光の粒子のように、空気へと溶けていく。


続けて、もうひとつ。


そして、またひとつ。


順番に。


まるで役目を終えたかのように。


指輪たちは、ひとつずつ崩れていく。


抵抗もなく。


名残もなく。


ただ静かに、消えていく。


指が、軽くなっていく。


そこにあったはずの存在が、確かに失われていく。


やがて。


九つ目が、崩れた。


残されたのは――ひとつ。


ただひとつだけ。


最後の指輪が、そこにある。


他とは違う。


消えない。


揺らがない。


微かに――


それだけが、静かに光を宿していた。


残された、ただひとつの指輪。


静寂の中で、それだけが確かにそこにあった。


微かに――震える。


まるで、何かに応えるように。


あるいは、抗うように。


次の瞬間。


光が、灯る。


淡く、しかし確かな輝き。


指輪そのものが、内側から光を帯びていく。


脈打つように。


呼吸するように。


震えが強まるたび、光もまた増していく。


やがて――


その輪郭が、揺らぐ。


崩れるのではない。


ほどけるように。


形を保ったまま、光へと変わっていく。


金属の質感は消え、ただの輝きへ。


純粋な光として、そこに在る。


そして。


ふっと。


その光が、上へと浮かび上がる。


ゆっくりと。


迷いなく。


浮かび上がった光が、ふと止まる。


空中で、静止する。


揺れることもなく。


落ちることもなく。


ただ、そこに“在る”。


次の瞬間。


光が、歪む。


ゆっくりと。


輪郭を持つように。


細く、小さな形へと収束していく。


人の形を、なぞる。


頭が、肩が、腕が――


淡い光の中から、ひとつの影が現れる。


やがて。


光が、ほどける。


静かに。


音もなく。


そこに立っていたのは、小柄な少女だった。


肩までの黒髪。


黒い瞳。


黒いセーラー服の上に、大きめのコートを羽織っている。


ぼんやりとした目で、ただ前を見ている。


何も考えていないようで。


すべてを見ているような、その瞳。


しばらくの沈黙。


動かない。


ただ、立っている。


そして――


ゆっくりと、口が開く。


「……ベル」


タブラスカの視線が、ゆっくりと向けられる。


その存在へ。


見たことのないもの。


理解できないもの。


わずかに、眉が寄る。


「なんだ……貴様は」


問いかけ。


だが――


少女は、何も答えない。


ただ、倒れたベルを見下ろしている。


視線は、そこから一切動かない。


無関心とも、執着とも取れない。


ただ、“見ている”。


その態度に、タブラスカの苛立ちが滲む。


剣が、持ち上がる。


「なんだと聞いている」


次の瞬間。


始剣アルファリアが振るわれる。


横薙ぎ。


光速を超えた斬撃。


不可視の一閃が、空間を薙ぐ。


――はずだった。


だが。


何も起きない。


手応えがない。


そこに“あったはずのもの”を、斬った感覚がない。


タブラスカの目が、わずかに見開かれる。


視線を巡らせる。


そして――


気づく。


少女は、そこにいなかった。


剣の間合いの外。


ほんの数歩分。


だが、確かに届かない位置に、立っている。


いつ、どうやって移動したのか。


一切の過程が、存在しない。


ただ“結果”だけが、そこにある。


タブラスカの声が、低く漏れる。


「なんだと……?」


黒髪の少女は、倒れたベルから視線を外さないまま口を開いた。


「ボクは時の姫神、キザミ」


一拍。


ゆっくりと視線だけが、タブラスカへと向けられる。


「キミは、ボクには勝てないよ」


淡々と。


断言。


「……と言っても」


かすかに肩を揺らし。


「ボクも、キミには勝てないけどね」


タブラスカの眉が、わずかに動く。


「なんだと……」


静かに、しかし確かな圧を込めて。


「貴様が……この中の誰よりも」


剣がわずかに揺れる。


「この英雄タブラスカよりも、強いと言うのか」


問いかけに対して。


キザミは――


ゆっくりと瞳を閉じた。


そして、静かに答える。


「強いか弱いかで言うなら」


一度、言葉を切る。


「ボクは弱いよ」


淡々とした声。


「他のみんなみたいに、戦う力なんてないもの」


小さく、吐息。


まるで事実を確認するだけのように。


キザミは、ゆっくりと歩き出した。


音もなく、ただ確かに一歩ずつ。


再び、ベルのもとへと近づいていく。


その足取りには迷いがない。


だが――


その瞳だけが、わずかに揺れていた。


黒い瞳が、倒れ伏すベルを静かに見つめる。


何も言わず。


何も動かず。


しばらくの間、ただそれだけが続いた。


やがて。


小さく、声が漏れる。


「……ベル」


呼びかけは、どこか不安定で。


それでも、確かに届く距離で。


キザミは、静かに口を開いた。


「キミが今日ここで死ぬのは」


一拍。


「ずっと前から知っていたけれど……」


言葉が、わずかに途切れる。


その間、視線がかすかに揺れた。


「こうして目の前にすると」


小さく、息を吐く。


「やっぱりクるものがある……ね」


その瞬間。


ほんの一瞬だけ。


キザミの瞳に“何か”が宿る。


冷たいはずの視線が、わずかに温度を帯びる。


それはすぐに消えかけるほどの、小さな揺らぎ。


だが確かに、そこにあった。


キザミは視線をベルから外さないまま、静かに言葉を紡ぐ。


「ベル、ボクの役目を果たしに来たよ」


その声は静かで。


淡々としていて。


それでもどこか、決意だけがはっきりと残っていた。




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