第2Rー
カタナが、軽く首を傾げる。
「とりあえずそれ、どうにかしたらぁ?」
視線は、カレンの身体と頭を交互に行き来する。
当たり前のような口調。
だが、その言葉にカレンは小さく息を吐いた。
「妾はこのままでもない良いのじゃが……主様が戦えぬか」
ゆっくりと、カレンの身体が歩み寄る。
ベルの手の中にある頭部へと手を伸ばし、受け取る。
迷いなく、それを本来あるべき場所へと戻す。
ぴたりと。
何事もなかったかのように。
そして、軽く首を回した。
「よっし、良いぞ」
カタナが、にっと笑う。
「それじゃ……やりますか!」
二人の姫神が、前へと並び立つ。
その後ろで、ベルがゆっくりと立つ。
傷だらけの身体。
それでも、目だけは死んでいない。
前方――
タブラスカが、両手の剣を構える。
始剣アルファリア。
終剣オメガニス。
その周囲で、十の魔王核が一斉に輝きを強める。
赤い光が、脈動する。
そして、低く問いかける。
「準備はできたのか?」
ベルは、静かに息を吐く。
そして、前を見据えた。
「あぁ、第2R開始だ!」
タブラスカが、低く嗤う。
「そうこなくては。今度こそ、最期にしよう」
一歩、踏み出す。
その瞬間――空気が裂ける。
両の剣が、同時に振るわれた。
速さと重さ。
相反する暴力が、同時に襲いかかる。
だが――
その軌道に、二つの影が交差する。
カタナが前へ出る。
両腕から伸びる刃が、閃く。
視認できないはずの軌跡を――読む。
かわす。
流す。
受け止める。
始剣アルファリア。
光速を超えた斬撃が、初めて“止められる”。
火花が散る。
刃と刃が、空間を削り合う。
同時に――
カレンが踏み込む。
終剣オメガニスの重撃を、真正面から迎え撃つ。
落とす。
叩く。
払う。
その一撃ごとに、大地が砕ける。
重さが、ぶつかり合う。
止まる。
押し返す。
完全に、拮抗する。
その一瞬の均衡。
そこへ――
ベルの声が走る。
「イバラキ!仕掛けるぞ!」
失った左腕の断面から、何かが蠢く。
茨。
黒い蔦が、うねるように伸びていく。
絡み合い、組み上がり――
腕の形を成す。
ベルはそれを握る。
確かめるように、強く。
痛みすら、力に変えるように。
そして――前へ。
「アカリ!抉れ!」
両の拳に、光が宿る。
熱を帯びる。
脈動する。
ベルは、踏み込む。
カレンとカタナが切り開いた、ほんの僅かな間隙へ。
振るわれ続ける両の剣の、その内側へ。
一直線に――タブラスカの懐へと迫る。
ベルの茨の拳が、一直線に突き出される。
狙いは、鳩尾。
深く、鋭く――突き刺さる。
だが。
タブラスカの巨体は、わずかに揺れただけだった。
手応えはある。
しかし、決定打には程遠い。
間髪入れず、右の拳を叩き込む。
重ねる。
さらに踏み込む。
その勢いのまま、茨の左拳が振り抜かれる。
顔面へ――叩き込む。
鈍い音。
だが、タブラスカは退かない。
「その程度か!」
吐き捨てる声。
ベルの歯が軋む。
「まだまだだ!アカリ!」
応じるように、右膝へと光が集まる。
熱が、集中する。
次の瞬間――
踏み込みと同時に、膝が跳ね上がる。
鳩尾へ、叩き込む。
衝撃が、内部へと沈む。
「ぐっ」
わずかに、声が漏れる。
初めての、明確な反応。
ベルの目が、鋭くなる。
「効かないわけじゃ、ねぇな!」
タブラスカの両腕が、再び振るわれる。
速さと重さ。
相反する二つの剣が、同時に牙を剥く。
だが――
そのすべてに、応じる影がある。
カタナの刃が閃く。
視認不能の斬撃を、読み、合わせ、逸らす。
わずかなズレも許さず、アルファリアの軌道を封じ込める。
一方で、カレンが踏み込む。
オメガニスの重撃を、真正面から叩き落とす。
受け、流し、押し返す。
大地が砕け、空気が軋む。
それでも――止める。
完全に。
その一瞬。
剣が止まる、ほんの僅かな“隙”。
そこへ――
ベルが踏み込む。
拳が突き刺さる。
光が炸裂する。
衝撃が、タブラスカの内部へと叩き込まれる。
だが、それだけでは終わらない。
次の瞬間には、再び剣が振るわれる。
カタナが受ける。
カレンが弾く。
そして――ベルが撃つ。
繰り返される。
何度も。
何度も。
三者の連携が、寸分の狂いもなく回り続ける。
止める。
逸らす。
撃ち込む。
その攻防が、途切れることなく重なり合う。
だが――
決定打には至らない。
タブラスカは崩れない。
赤く脈打つ核が、輝きを保ち続ける。
それでもなお――
三人は止まらない。
限界の中で、ただひたすらに打ち込み続ける。
少し離れた位置。
激突を続ける三人とタブラスカの攻防を、ミリィたちは固唾を呑んで見守っていた。
視界の先では、光と衝撃が絶え間なく交錯している。
止めて、撃って、また止める。
その連携は、もはや芸術の域にあった。
ミリィが、小さく呟く。
「いけ……ますよね?」
アダラが頷く。
「あぁ、あの双剣を見事に押さえ込んでる」
ビビが明るく声を上げる。
「これは〜いいと思う!」
三人の間に、わずかな高揚が生まれる。
だが――
その空気に、ひとりだけ乗らない者がいた。
ハーミットが、無意識に爪を噛む。
視線は鋭く、戦場を射抜いたまま。
「あれは……あぁいうものなの?」
ミリィが、首をかしげる。
「あれ……姫神ですか?」
ハーミットはゆっくりと頷く。
だが、その表情は晴れない。
「ええ、あれだけの力が、あんなに……際限のないもの?」
ミリィは一瞬言葉に詰まり、それでも答える。
「詳しくはわかりませんが……際限はある、はずです」
ハーミットが、小さく息を吐く。
「そうよね。あんな力が……当たり前のように使えるわけがないわ」
アダラが低く問う。
「どこかで綻びが出るってのか?」
ハーミットは視線を外さず、静かに言い切った。
「そう考えるのが妥当というものよ」
ベルが一歩引く。
間合いを外す。
呼吸を整える暇もなく、叫ぶ。
「リューナ!叩き潰せ!」
次の瞬間。
空間が歪む。
目に見えない圧が、タブラスカを押し潰す。
高重力。
その場一帯が沈み込み、地面が悲鳴を上げる。
タブラスカの巨体が――
ほんの一瞬。
本当に、刹那だけ。
動きを止めた。
ベルの目が見開かれる。
「カレン!カタナ!今だ!詰めろ!」
即座に、二人が応じる。
防御から攻撃へ。
一気に距離を詰める。
カレンが踏み込み、重撃を叩き込む。
カタナが滑り込み、連撃を重ねる。
その間隙――
ベルが踏み出す。
「行くぞ!アカリー!ふきとば――」
その瞬間。
意識が、揺らぐ。
視界がぶれる。
力が抜ける。
鼻から、血が伝う。
遠くで、ミリィの声が響いた。
「あれは……ベルさんの時と同じ」
ハーミットが鋭く問い返す。
「どういうこと?」
ミリィの声は、かすかに震えていた。
「おそらく……体力の限界が、近い、かと」
ベルは、頭を振る。
意識を、無理やり引き戻す。
倒れるわけにはいかない。
ここで止まるわけにはいかない。
歯を食いしばり、叫ぶ。
「アカリ!吹き飛ばせ!」
突き出された両手。
その先に――
光が、集束する。
次の瞬間。
解き放たれる。
莫大な光の奔流。
二筋の輝きが、すべてを呑み込む勢いで前方へと迸る。
カレンとカタナが、咄嗟に跳び退く。
光が、視界を塗り潰す。
地も空も、境界すら消し飛ばすような圧倒的な奔流が――
タブラスカへと直撃する。
「いっけぇー!!」
広間を呑み込むほどの光が、タブラスカを包み込む。
壁が砕け、天井が吹き飛び、空間そのものが崩壊していく。
逃げ場はない。
すべてを押し流す奔流の中で――
タブラスカの声が、わずかに漏れた。
「おぉ……っ」
ベルは、歯を食いしばる。
両腕を突き出したまま、叫ぶ。
「タブラスカ!もう諦めろ!英雄は伝説の中にいるから英雄なんだ!」
光がさらに膨れ上がる。
周囲を、背後を、すべてを巻き込みながら破壊し尽くし――
やがて。
収束していく。
残光が、ゆっくりと薄れていく。
静寂が戻る。
ベルの身体から、力が抜ける。
膝が折れる。
そのまま、両膝をつく。
荒い呼吸。
限界は、とうに越えている。
左腕を形作っていた茨が、崩れる。
さらさらと、塵となって消えていく。
カタナが駆け寄る。
「主ー大丈夫?」
その声に、ベルはゆっくりと顔を上げる。
かすかに笑う。
「あぁ……なんとか大丈夫、だ。とりあえず――」
言葉が、止まる。
違和感。
何かが、おかしい。
視線が、落ちる。
自分の胸へと。
そこに――
静かに、突き立っていた。
始剣アルファリア。
いつの間にか。
音もなく。
確かに、そこに在った。
ベルの呼吸が、止まる。




