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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第7章ー姫神奪還作戦ー
199/331

ブリジット姫神召喚ー

ブリジットが、にやりと笑う。


ゆっくりと両腕を持ち上げ、肘をまっすぐ立てて見せた。


右手の中指にひとつ。

左手の人差し指と薬指にふたつ。


――三つの指輪。


血に濡れたベルの視線が、それを捉える。


「姫神召喚――ターニャに出来たなら、吾輩に出来ない道理なし」


「てめぇ……!」


低く、怒りを滲ませた声。


ブリジットは楽しげに目を細める。


「来い」


その一言。


途端に――


指輪が、震えた。


かすかな振動がやがて強くなり、淡い光を帯びる。


空気が変わる。


甲板に落ちる影が、ゆらりと揺れた。


波紋のように広がり、歪み、膨らむ。


まるで、そこに“何か”が潜んでいるかのように。


ベルの背筋に、冷たいものが走る。


(……なんだ、これ)


圧が、違う。


これまで感じてきた姫神のそれとは、決定的に。


影が、震える。


揺れる。


そして――裂けた。


音もなく、影の奥から“それ”が這い出てくる。


黒。


ただの黒ではない。


光を吸い込むような、底の見えない闇。


人の形をしている。


だが、人ではない。


輪郭は曖昧で、揺らぎ続け、存在そのものが不安定に歪んでいる。


まるで“影”そのものが立ち上がったかのように。


それが、甲板の上に立つ。


音もなく。


気配だけを濃くして。


ブリジットが、愉悦に満ちた声で呟く。


「なるほど……こういう形で現れるか」


その目が、細くなる。


「いい……実にいい……!」


握りしめていた拳から、ふっと力が抜ける。


血が滴り落ちる。


だが、その視線だけは、まっすぐに“それ”を捉えていた。


(……あぁ……お前は……)


ベルの目が、細くなる。


懐かしいものを思い出すように。


遠い記憶の奥底に沈んでいた“かつて”を、そっと掬い上げるように。


揺らぐ影。


歪な闇。


形を持たなかった頃の――


まだ何者でもなかった、あの頃の姿。


(……ミカゲ)


声には出さない。


だが、その名は確かに胸の奥で響いていた。


甲板の上、闇と少年が静かに向き合う。


戦いとは別の“何か”が、そこに生まれようとしていた。


「さぁ、影の姫神よ! 吾輩に従え!」


ブリジットの声が、甲板に響く。


その足元――影の中から生まれた人型の闇。


その“顔”に、ぽつりと瞳だけが浮かび上がる。


ゆっくりと、開く。


だがそこに光はない。


ただ、何も映さない――死んだような目。


ベルはそれを、静かに見つめていた。


「ミカゲ……」


かすれた声。


「そうだ……お前、初めて会った時は、そんな目してたな」


次の瞬間。


影が、蠢く。


人型の闇の背から、いくつもの黒い触手が持ち上がる。


ぬらりとした質感のそれが、一斉にベルへと伸びる。


絡め取るために。


締め上げるために。


だが――


ベルは、動かなかった。


避けない。


構えない。


ただ、そのまま――受ける。


「――ッ!」


触手が身体に巻き付く。


腕に、脚に、胴に。


締め上げる。


骨が、軋む。


ぎし、ぎし、と嫌な音が鳴る。


圧力が増していく。


呼吸が潰される。


「ぐっ……」


ベルの唇の端から、血が伝う。


それでも――


目を逸らさない。


ただ、真正面から、その“瞳”を見続ける。


まるで、戦う相手ではなく。


かつて出会った誰かを見るように。


優しく、静かに。


「なるほど……」


ブリジットが、わずかに首を傾ける。


ミカゲの影に締め上げられたままのベルを見下ろし、その片目が冷静に細められる。


「姫神を顕現させると、吾輩自身はその能力を使えなくなる、か……」


キリキリ、と義肢が鳴る。


だがその口元は、むしろ愉悦に歪んでいた。


「まぁよい」


軽く肩を竦める。


「これはこれで――使える」


影がさらに軋むように締め上げる。


「ぐっ……!」


骨が悲鳴を上げ、ベルの身体がわずかに震える。


それでも視線だけは逸らさない。


ただ、目の前の“ミカゲ”を見続ける。


「そのまま締め上げていろ」


命令が落ちる。


影が応えるように、さらに強く絡みつく。


その一方で――


ブリジットはゆっくりと右手を持ち上げた。


「剣の姫神よ――現れよ」


振り上げられた指輪から、光が漏れ出す。


淡い光は脈打つように膨れ上がり、やがて空間を歪めるほどの密度を帯びていく。


それはやがて、人の輪郭を形作る。


細い腕。

小さな身体。


そして――銀の髪。


ふわりと、光が収束し、一人の少女がそこに立った。


短く切り揃えられた銀髪。

小柄で、どこかあどけなさの残る姿。


だがその手には――剣。


いや、その存在そのものが剣であるかのように、空気を張り詰めさせている。


その目は開いている。


だが――何も映していない。


光はなく、感情も、意思も感じられない。


ただ“在る”だけの存在。


ブリジットが満足げに目を細める。


「ほう……これが剣の姫神か」


その声には、明確な興味と支配欲が滲んでいた。


闇に囚われたベル。


無機質な影のミカゲ。


そして、感情なき剣――カタナ。


三者が並ぶその光景は、もはや戦場というよりも――


歪んだ実験場のようだった。



「カタナ……お前も……か」


黒い触手に全身を締め上げられながら、ベルが絞り出すように呟く。


ぎしり、と骨が軋む。


呼吸は浅く、血が喉の奥に込み上げる。


それでも――その視線は、まっすぐにカタナへ向けられていた。


感情のない瞳。


何も映さない、空虚な目。


かつて自分の隣にいたはずの少女の面影は、そこにはない。


ただの“剣”。


ただ命令に従うだけの存在。


「くくっ……いい顔だ」


ブリジットが喉を鳴らして笑う。


「自らの力に殺される気分はどうだ?」


キリキリ、と義肢が鳴る。


「影に縛られ、剣に断たれる……実に美しい構図ではないか」


ゆっくりと、カタナへと視線を向ける。


「やれ」


短い命令。


その瞬間――


カタナが、一歩踏み出した。


音もなく。


揺らぎもなく。


ただ、まっすぐに。


その手にした剣が、わずかに持ち上がる。


狙いは――ベル。


拘束されたまま、動けない標的。


振り下ろされれば、終わり。


それでもベルは、目を逸らさなかった。


ただ静かに、その瞳を見つめたまま。


ゆっくりと――


カタナが、ベルの目の前まで歩み寄る。


足音は、ほとんどしない。


ただ静かに、確実に距離を詰めてくる。


その手に握られた片刃の剣が、持ち上がる。


そして――


ベルの左肩に、触れた。


冷たい刃。


押し当てられる。


ゆっくりと。


ほんのわずかに、力が込められる。


抵抗はない。


肉が裂ける。


皮膚が、静かに切り開かれていく。


じわり、と血が滲む。


「く……あぁっ……」


ベルの喉から、押し殺した声が漏れる。


だが刃は止まらない。


ゆっくりと。


確実に。


深く、深く――


肩へと沈み込んでいく。


その一部始終を見つめながら、


ブリジットの顔が、歪む。


恍惚。


歓喜。


「良い……良いぞ……」


吐息混じりの声。


「その顔……あぁ、たまらない……」


身体を震わせ、愉悦に浸る。


キリキリ、と義肢が鳴る音さえ、甘美に響く。


一方で――


カタナの表情は、一切変わらない。


目は開いている。


だが、何も映していない。


感情も、意思も、そこにはない。


ただ命じられた通りに。


ただ“斬る”という行為だけを遂行している。


ゆっくりと。


ゆっくりと。


刃は、さらに深く沈んでいく。


まるで、そこに痛みなど存在しないかのように。


「良い……良いぞ……」


震える声。


ブリジットの表情が、さらに歪む。


「さらに上を目指そう……快楽の極みへと」


ゆっくりと、最後の指輪へと視線を落とす。


そして――


「光の女神、来い」


その言葉と同時に。


ブリジットの前に、光が灯る。


小さな球。


だがそれは瞬く間に膨れ上がり、眩く輝きを増していく。


闇を押し退けるように。


影を焼き払うように。


甲板の上に、強烈な光が満ちる。


ミカゲの黒と、カタナの無機質な存在の中で――


ただひとつ、異質な“光”。


その光は脈打ち、形を持ち始める。


輪郭が浮かぶ。


人の姿。


腕が。

脚が。

髪が。


やがて――完全な“人”の形へと収束していく。


その輝きは、あまりにも強く。


だが同時に、どこか歪で。


ただ美しいだけではない、何かを孕んでいた。


ブリジットの口元が、大きく吊り上がる。


「さぁ……見せてみろ」


愉悦に満ちた声。


「光の姫神よ」


闇と剣と光。


三つの異なる“姫神”が、同時に存在する異常な戦場。


その中心で――


血に濡れたベルは、なおも立たされていた。


眩い光が、ゆっくりと収束していく。


甲板を満たしていた輝きが、ひとつの形へと凝縮される。


人の輪郭。


細い腕。

小さな身体。


そして――長い髪。


やがて光が消えた時。


そこに立っていたのは、一人の少女だった。


腰まで伸びた、まっすぐな黒い髪。


全身は、水晶のように半透明。


だがそのすべてが、光を失ったように黒く濁っている。


本来なら柔らかく光を透かすはずのその身体は、今はただ、光を吸い込むだけの“黒い結晶”となっていた。


そして――その顔。


表情は、ない。


無表情。


感情の揺れは一切なく、微動だにしない。


目は開いている。


だが、そこには何もない。


光を映さず、意思も宿さず、ただ“開いているだけ”の死んだ目。


生きているはずなのに、生きている気配がない。


静かに、そこに立っている。


それだけで、空気が冷える。


ブリジットが、ゆっくりと息を吐く。


「……いい」


その声は震えていた。


「実にいい……!」


愉悦に満ちた笑みが、さらに歪む。


「闇と剣、そして光……完璧だ」


キリキリ、と義肢が鳴る。


その視線が、ベルへと向く。


「どうだ? 貴様の姫神たちだ」


嘲るように。


愛でるように。


「すべて、吾輩のものだ」


ベルは、答えない。


血に濡れ、締め上げられ、刃を受けながら。


それでも――


その目は、三人を見ていた。


ミカゲ。


カタナ。


そして――アカリ。


奪われたのではない。


歪められているだけだ。


その確信だけが、胸の奥で静かに燃えていた。


闇。


剣。


そして――光。


三つの姫神が、同時にそこに在る。


本来なら。


影の中で寄り添い、気だるげに微笑むはずのミカゲ。


無邪気に笑いながら刃を振るうカタナ。


柔らかく微笑み、穏やかに力を貸すアカリ。


だが今、そのどれもが――違う。


ミカゲは影のまま、人の形を保ちながらも感情を持たない“闇”となり。


カタナはただ斬るためだけの“剣”となり。


アカリは光を失った“黒い結晶”として、そこに立っている。


ベルは、三人を見ていた。


血に濡れ、締め上げられ、刃を食い込まされながら。


それでも――


その目だけは、逸らさない。


(……違ぇだろ)


胸の奥で、静かに言葉が落ちる。


ミカゲは、あんな目をしない。


気だるげでも、冷たくても。


あの奥には、確かに“感情”があった。


カタナは、こんな風に斬らない。


まっすぐで、不器用で。


誰かを傷つける時は、いつもどこか迷っていた。


アカリは――


こんな、何もない顔で立っている存在じゃない。


(……全部、違う)


ぎしり、と骨が鳴る。


締め付けが強まる。


刃が、さらに食い込む。


血が流れる。


それでも。


ベルの目に宿る光は、消えない。


「……返してもらうぞ」


小さく、だが確かに。


その声は、三人へ向けられていた。


命令でも、願いでもない。


ただの“断言”。


ブリジットが、その言葉を聞いて笑う。


「はは……いいなぁ」


キリキリ、と義肢が鳴る。


「その状況で、まだそんなことを言えるか」


恍惚とした表情。


「ならば――」


ゆっくりと、三つの姫神へと視線を巡らせる。


「どこまで壊れれば、その目が絶望に変わるのか……見せてもらおうではないか」


次の瞬間。


闇が蠢く。


剣が動く。


光が満ちる。


三つの力が、同時にベルへと牙を剥こうとしていた。


闇が蠢き。

剣が食い込み。

光が、無機質にそこに在る。


その中心で――


ベルは、目を閉じかけて。


わずかに、思い出す。


ミカゲ。


足元の影に溶けるように現れて、気だるげにこちらを見上げる女。


「主様……わたくしがいつでもおそばに」


抑揚の薄い声。


けれど、その奥には確かに“感情”があった。


重く、絡みつくような。


逃がす気など一切ない、歪なほどの愛情が。


影の中で、静かに寄り添う存在。


今、目の前にいる“それ”とは――あまりにも違う。


カタナ。


くるりと剣を振って、無邪気に笑う少女。


「主! 次はどこから出す!? ここ!? それともここ!?」


楽しそうに。


少し拗ねて。


それでもまっすぐに、自分の力を振るっていた。


その刃には、いつだって“意思”があった。


今みたいに、何もないわけじゃない。


そして――


アカリ。


柔らかく微笑んで、少しだけ首を傾げる。


「主様、お怪我はありませんか?」


穏やかな声。


優しく包むような、光。


触れれば安心するような存在。


それが――


今は。


黒く濁り、何も映さない目で、ただそこに立っている。


(……なんだよ、それ)


ゆっくりと、目を開く。


視界に映るのは、壊された三人。


感情も、意思も奪われた姿。


ベルの中で、何かが静かに燃える。


「……ふざけんなよ」


かすれた声。


だがその奥には、確かな怒りがあった。



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