― 二人で一人の旅立ち ―
※プロローグです。
入れ替わりと旅立ちの物語。
夕日が、静かに墓地を橙へと沈めていた。。
小さな石の墓標。豪華ではないが、苔ひとつなく、白い花が丁寧に供えられている。誰かが、こまめに手入れをしているのだと分かる。
その前に、黒髪の少女が立っていた。
背中まで伸びた髪が、春の風に揺れる。首には真っ赤なスカーフ。黒のノースリーブに、少しぶかぶかの黒いパンツ。腰の太い赤いレザーベルト。ブーツも、わずかに大きい。
少女は胸の前で花を抱きしめるように持ち、そっと墓前にしゃがんだ。
手に持っていた花束を墓前に添える。小さく儚げな白い花。
「この花、好きだったよね。」
「……シスターアリス」
声は明るく、けれどどこか揺れている。
「今日でしばらく来れなくなるから、挨拶に来たよ」
墓石に触れる。指先が、ゆっくり縁をなぞる。
「今のままじゃ、私やっぱり嫌だもん」
「私たち、こんなにずっと一緒にいるのにお互いの顔も知らないんだよ? それってやっぱ変だよね」
一度、息を吸う。
「それに恋だって、してみたいじゃない……」
少しだけ視線を落とす。
「私ね、普通になれる方法を探しに行くの。……ちゃんと、私自身が納得できるまで」
「そのままでいい、って言ってくれたけど……でも、やっぱり知りたいの。どうして私たちはこうなのかって」
少しだけ笑う。
風が吹く。花弁が揺れる。
「心配しないで。ちゃんと帰ってくるから」
夕陽が傾く。
光が橙から赤へと変わる。
少女はまだ何かを言いかけ――
言葉が、途切れた。
沈黙。
長い影が墓石に伸びる。
視界が揺れる。
髪が、色を失う。
背中まであった黒髪が短い銀髪へ。
華奢だった体躯が、すらりと高く引き締まる。
呼吸のリズムが変わる。
肩がわずかに落ちる。
服は同じ。だが身体にぴたりと馴染み、赤いベルトも自然に腰へ収まる。
同じ場所に、別の存在が立っていた。
銀髪の少年は、ゆっくり墓を見下ろす。
「……長ぇよ」
低い声。
ただ顎をわずかに引き、
「よぉ、久しぶり」
「好きにやれって言ったの、あんただろ。シスター」
視線を花へ落とす。
「俺も旅に出ることになったからよ」
しばらく無言。
やがて、一輪だけ抜き取る。
「あんたの好きだった花。もらってくな」
乱暴ではない。
それを胸元――心臓のあたりへ差し込む。
指先で軽く押さえる。
ふと、墓石へ視線を戻す。
声が落ちる。
「あんたに教わったこと、何一つ忘れてねぇからさ」
夕陽が沈みきる。
銀髪が闇に溶ける。
短く息を吐き、
「またな、シスター」
それだけ言って、少年は墓に背を向ける。
夜へ歩き出す。
振り返らない。
⸻
翌朝。
柔らかな朝日が差し込む。
黒髪の少女が、ゆっくりと目を開けた。
「……ん」
伸びをする。
胸元に違和感。
「あれ?」
黒いトップスの胸元に、一輪の花が差してある。
昨夜、供えたはずの花。
少女はそれをそっと指先で整えた。
すぐに察する。
「……あいつ」
少しだけ、笑う。
「本当にシスターアリスのこと、好きだよね」
責めるでも、からかうでもなく。
ただ、優しく。
花を抜かない。
そのまま立ち上がる。
真っ赤なスカーフを結び直しゆっくりと結び直す。
指先で布を引き締め、首元にきちんと固定する。
「……よし」
小さく呟く。
それは決意の合図。
風がスカーフの端を揺らす。
少女は腰に手を伸ばし、小さな袋を取り出す。
中から――
十本の指輪。
一つずつ、形が違う。
金属が朝の光を受けて静かに反射する。
右手から。
一本目。
指にはめる。
小さな音。
二本目。
三本目。
順番に。
迷いなく。
指に金属が重なっていくたび、空気がわずかに震える。
最後の一本。
ゆっくりと左手の小指へ。
はめた瞬間、指輪がかすかに光る。
両方の手のひらを広げて見る。
十本。
全て装着。
「……準備、かんりょ」
腰の赤いベルトを軽く叩く。
黒いブーツが、地面を踏みしめる。
「行こうか」
墓標には、朝日がまっすぐ差している。
そこにはただ、
Alice
とだけ刻まれていた。
少女は振り返らない。
花を胸に、歩き出す。
二人で一人のまま。
次回から本編になります。




