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一転




それから朝ご飯を食べて着替えると、何だかんだ丁度良い時間に家を出ることが出来た。


いつもの通学路を2人して歩く。何回か、家に遊びに来ては泊まっていくなんて事もたまにあったため、新鮮味はまるで無い。



ただ、無言が続く。今日に限って、いつも饒舌(じょうぜつ)な春介が口を開かない。返事を返すときも何か上の空で、起きてからずっと何かを言い(よど)んでいるようだった。


本当にどうしたんだ?



雰囲気を変える為に口を開こうとした瞬間、


「なぁ、照夜。俺らが最初に会った時のことって覚えてるか?」


それを制するように、先に春介がそう尋ねてきた。


「え?急になんで……まぁいいけど。えーと、確か俺が他校の人に絡まれてる時に、春介が助けてくれたのが最初だったよね?」


そう、確かそのはずだ。


「いやいや、俺はあの時お前のことを助けてなんていないぜ?なんたってお前は、助けなんてこれっぽっちも必要としてなかったからな」


覚えてないか?と聞いてくる春介だったが、残念ながら覚えていない。何となく春介が助けに来てくれたのは覚えているんだけど。


「ごめん、あんまり覚えてないや」


「まぁそうだろうな。半年前のことだし。でも俺は覚えてるぜ?お前にとっては取るに足らないことかも知れないが、俺には衝撃的だったからな」


「俺、そんな変なことを言った?」


「言ったんだっての」


「う〜ん?」


俺、そんな変な事をやらかしたんだったか?そう思い、頭を抑えて考える。


「で、ちょうどその頃からだったんだよ」


「ん〜……ん、何が?」


「俺がお前を監視し始めたのが」


「ふーん……へ?」


それは、いやにあっさりと告げられた。嫌な予感が募る。額に汗すら浮かぶ。


「春介、それって本当のことなの?」


俺の表情を見てか、その顔を苦々しいものに変える。


「……ああ」


「そんな、まさか……そんなことって」


そんな事実、到底受け入られるものじゃない。


「今まで黙っていて悪かった!でも俺も異能の存在をお前に悟られるわけにはーーー」


「し、春介にそんな趣味があったなんて……」


「いかなーーーは?」


「人の趣味なんてそれぞれだし。俺も口は出したくないよ?」


「え、は?いや、ちょっと待て」


「でもさ、監視はマズイよ春介。しかも、その……俺をなんてさ」


「待て待て待て!!違う!照夜お前、何か勘違いーーー」


「せめてストーカーするなら女生徒にしなきゃさ。男をストーカーは流石に、なんだろう……そう!健全じゃないよ!」


「いやいやいや!ストーカーしてる時点で健全じゃねぇだろ!てか、健全か不健全とかの前に犯罪だろうよ!いや、あれ?待ってくれ。俺がやってたことって犯罪じゃね?」


「その通り!反省しなよ?」


そこでお互いに、何となく顔を見合わせる。そして、住宅街のど真ん中で2人して大笑いした。それこそ、腹がよじれるほどに。笑う所も意味も無かったのに、どうしようもなく笑いが止まらない。結局、そのまま数十秒ほど笑い転げて、ようやく落ち着いた。


「あぁ、可笑しかった」


「本当にな」


そうだ、俺たちは初めからこうだった。春介とはこうでなきゃ。俺と春介の間でシリアスなんて、そんなものは似合わない。



「全く、こっちはどうにかしてサラッと言えないものかって考えて、それでようやく言ったっていうのによ。全部ぶち壊しやがって」


「まぁ、何が言いたかったかは理解出来てるからさ。俺が異能を持っていると分かっていたから、保護観察みたいなことをしていたんだろう?成瀬さんにも同じ事を言われたよ」


「マジで? 成瀬がそう言ったのか?」


「うん、成り行きでそんな話になった」


「へぇ、成り行きとはいえあの成瀬が、本人には言うなといわれていた事を自分から言ったのか。ほぉん?」


「……何か含みのある言い方じゃない?」


現に春介の顔もニヤついている。というか、この話は俺にしてはいけない件だったのか。通りで成瀬さんの態度が少し変だったわけだ。


「いやいや、別にそういう訳じゃねぇって。気にすんな気にすんな」


「そんな言い方されたら余計に気になるじゃないか」


「……そんなことより早く学校行こうぜ!!」


「春介はそんなキャラじゃないだろ!?」



先程までとは打って変わり、実に騒がしく学校に向かうのだった。



*******



教室は、あいも変わらず賑やかだった。別に当たり前の、見慣れている光景であるはずなのに、どうしてか特別なものに見える。


まだ、俺はここにいていいんだと。そんな夢の続きでも見ているかのような感覚だった。実に大げさだとは思う。


それでも何故だか、そう思えるんだ……。


それに、何故だろう?何だか妙に懐かしいようなーーー




「照夜?」


「……ん?」


「お前、急にどうした?ドアの前で呆けられると俺が入れねぇんだが」


「ん、ああ……すまん」


春介に不思議そうな顔でそう言われ、再び歩みを進める。そういえば、今日の1限目は数学か。だとすると先生は沢渡先生か……。うーむ、何となく複雑なーーー


「おい、照夜」


「え、何? 」


後ろから再び春介に声をかけられ後ろを向くと、手を中途半端に伸ばしたまま、訝しげにこちらを見ていた。


「ーーーいや、何でもねぇ。多分気のせいだ」


その表情を明るくしてそう言うと、自分の席へと戻っていった。もうすぐでHR(ホームルーム)になってしまうから、こっちで喋ったりするのは止めたのだろう。


というか、春介が前から沢渡先生の事を苦手に思っているのって、恐いからとかじゃなくて単純に沢渡先生が上司みたいなものだったからか。そんな人と学校でも"向こう"でも会うんじゃ、春介もさぞかし心休まらないことだろうな。



そんな事を考えていると、教室のドアが開く。


「あ……」


何気なく視線を寄せたドアから入ってきたのは、成瀬さんだった。



成瀬さんは、俺を一瞥(いちべつ)すると、ドア側の一番端、その1番後ろである自分席に座り、おもむろに単行本を取り出して読み始める。


その姿を見て、クラスの女子におはようと声を掛けられることは多いが、そこからの会話はない。男子に至っては、転校当初こそ多くの男子が話しかけてきてはいた。しかし、あまり反応の薄さに声をかける者は居なくなっていた。


「………」


そんな姿を盗み見る。綺麗な横顔。時折見せる髪を耳にかける所作すら洗練されているように見える。彼女の周りだけは、彼女1人だけで完成されているような空間にさえ思えた。


でも、それは少しーーー


「ーー寂しそうだ」



そんな俺の呟きに被せるように、HRの鐘が鳴る。その音とともに沢渡先生が教室の中に入ってくると、HRが始まった。




*******




「ということだ。これで、連絡事項は終わりだ!1限目は数学だからな!各自準備しておけよ!」


「「「はい!」」」


相変わらずの統率力……。


そんな統率された空気の中、教室から一度出て行こうとした沢渡先生が、此方を振り返る。正確には僕の方を。というか目が合った。


「瀬乃!お前、放課後は何か外せない用事などはあるか?」


「え!?えーと、いえ、無いです!」


何で俺が? と一瞬思ったが、多分捕食者の件だろうなと当たりをつけた。


「なら、悪いが放課後はこの教室に残っていてくれ。少し用がある」


「は、はい!分かりました……」


俺の返事に頷きで返すと、教室を出ていった。


一体、俺になんの話があるんたろう。




「結局、何の話があるのかが気になって、午前の授業は身に入らなかったよ」


「あーらら」


午前の授業が終わり、その昼休み。俺は春介と一緒に、屋上で昼飯を食べていた。今日は鐘月はいない。どうやら、クラスの女子と一緒に食べるらしい。だから俺と春介だけかと聞かれれば、そうではない。何というか、俺としては意外だったのだけど……



「だけど、珍しいことではあるわね。沢渡さん、学校では私達とあまり干渉しないもの。一体どういう用件なのかしら」



成瀬さんがこの場にいることだ。いや、いるの自体は別に良い。というかむしろ俺としては喜ばしことなんだけど、春介と違って、成瀬さんは純粋に俺の動向を観察する為だけに接近していた筈なのだ。


だから、俺が異能者として解放した今、こうしてお昼を一緒に食べること自体、もう意味の無いことだと思うんだけど。


その成瀬さんだが、2つあるベンチのうち俺達が座っているものの隣、その端っこに座って木で編まれたお弁当箱を広げている。中には自作であろう色鮮やかなサンドイッチが、どれもひと口サイズで敷き詰められていた。


俺がジッと見ていたことに気付いたのか、成瀬さんが視線をこちらに向ける。


「何かしら?そう見られると、少し食べ難いのだけれど」


成瀬さんは訝しげにそう言うと、お返しとばかりにこちらを少し睨むように見てくる。


えーと、ここはストレートに返しても良いのだろうか?でも、何でまたここで一緒にお弁当食べてるの?なんて聞けないよなぁ……。側から見たって、どう考えても意地の悪い質問だ。


ど、どうしよう。気になるけど、あまり触れない方が良いのか……そんな2択を頭の中で迫られていると、


「……何でも良いけどよ。成瀬、お前ってこういう風に誰かと飯食ったりするのってあまり得意じゃなかったよな?どういう風の吹きまわしなんだ?」


春介も同じようなことを思ったようで、パックのバナナ豆乳を飲みながら聞く。


「……別に何もおかしくはないわ。私の"仕事"はまだ終わっていないもの」


「いやいや、仕事ってあれだろ?照夜が異能者として解放するまでの保護と経過の観察のことだろ?それならもう終わってるじゃねぇか」


「組織としての仕事のことじゃないわ。私"個人"としての仕事」


「はぁ?それでどうして俺達と飯を食う事になんだよ」


「別に、あなたには関係ないわ」


そう言うと、成瀬さんはサンドイッチを口に入れる。


「なぁ、照夜。この女、マジでぶん殴りてぇんだが……いいよな?殴っても俺は悪くねぇよな?」


「いやいや、落ち着いて春介。どう足掻いても社会的に終わるのは目に見えてるから!」


けど、個人的な仕事?というのは確かに気になる。俺達とこうしている事が仕事というのはどういう事なんだ?全く見当もつかない。かといって探りを入れるのも、あまりしたくは無いし……まぁ、気にしないようにしよう。


そう結論づけると、買ってきたパンたちの処理に入っていく。





そうして、午後の授業に入ると、あれよあれよと言う間に放課後になってしまった。


「取り敢えず、本でも読みながら待ってるかなぁ」


そうぼやいていると、唐突に軽く肩に手を乗せられる。


「ん?」


春介かな?と思い、その手を辿るように見上げると、クラスメイトの潮田君だった。その体格の良さは制服の上からでも分かる。確か、彼は野球部だった筈だ。接点はあまり無い。一体何故?


「潮田君?どうかした?」


そう聞くと、彼は下を向いてフルフルと震え始めた。


「し、潮田君!?」


そんな彼の姿に驚いた俺が思わず立ち上がると、彼は顔を上げ、震える唇を開いた。


「生きて……帰ってこいよ!」


「………は?」


こ、この人は一体何を言っているんだ……。


「えと、誰かと間違えてないか?」


「馬鹿野郎!現実逃避をするな!いいか!俺だから分かる!奴の拷問とも呼べる"補習"を受けた俺だから分かるんだ!……あれは、地獄だ」


「いや、俺はーー」


「皆まで言うなッ!大丈夫だ、分かってる」


不味いな、段々と腹立ってきた。


「ーー悔しいが、俺からお前に言えることは1つだけだ瀬乃……耐えろ。クソッ!じゃあな!」


「え!?ちょっと!?」


言うことだけ言うと、潮田は去っていった。残されたのは、何とも言えない雰囲気に包まれたクラスメイト達、それと雰囲気を察して笑いを堪えているのか、机に伏して痙攣しているような奴が一名いる。


あいつは忘れた頃に思い切りぶん殴ってやる。


この空気をどうするか考えていると、肩を軽く叩かれる。後ろを向くと、


「……頑張れよ」


そう言って、また一人去っていった。それが皮切りだった。俺に向かって応援メッセージが続々と送られる。


「頑張って……」


「前向きにな……」


「が、頑張っーーぷふっ!……て、くれよな」


ねぇ、今笑ったよね!?君の名前と顔、知っているんだからな。夜道には気をつけろよ……。




程なくして、何ともノリのいいというか悪ノリというか、そんなクラスメイト達は帰っていった。春介も、「説教は食らいたくねぇからな、帰るわ」とか言って帰っていった。


春介も、そういう話じゃないって分かってる筈なんだけどなぁ。というか、そろそろ試験じゃん。色々あってすっかり忘れてた……勉強しないと。


「すまん、待たせたな」


ドアの音と共に入ってきたのは、待ち人たる沢渡先生だった。


「いえ、大丈夫です。それで話というのは、何でしょう?」


「いや、別になんてこともない用事だ」


「そうなんですか?」


「ああ。そういえば瀬乃。お前は気づいていないようだから言うとだな。異能の力というのは不思議なものでな、日常生活では特にその影響を感じない。超人的な力も、固有の異能もな」


「へ?は、はぁ。そうだったんですね。気付かなかったです」


確かに気付かなかった。あの戦いの後で使うような機会もなかったから、すっかり失念していた。


でも、何故それを今?この場所に待たせて言うような事でもないような気がするけど。


沢渡先生は語るように、授業でもしているかのように、尚も話し続ける。


「異能には意思が必要だ。戦う為の意思が。だからこそ、お前はあの場を"生き延びた"」


何故だか、冷や汗が頬を伝う。得体の知れない不安が膨らんでいく。否応無しに警戒してしまう。相手は沢渡先生だというのに。


「だから、何だっていうんですか?」


「……なるほど。見知っている相手であっても、それほどまでの警戒を抱けるのは良いことだ。なら、"もう準備は良いな?"」


「え?」


と、いう言葉が出る前には、沢渡先生の姿が"消えていた"。その瞬間、全身の毛が逆立つような寒気が身体を走る。


そして、それを感じ取った瞬間にはもう、俺は横に跳んでいた。机や椅子が派手な音を立てて重なり合う。しかし、そんな事には構っていられなかった。


横から繰り出されていたその豪腕は、俺が先程まで立っていた場所のちょうど、こめかみの辺りに振り抜かれていた。


つまり、本気で俺の事を……。


俺が戦慄する中、沢渡先生は振り抜いた拳を戻し、俺を見下ろした。


「おい、本気を出せ。死に物狂いで立ち向かえ。そして足掻いてみせろ。……でなければ多分死ぬぞ?」



見下ろすその相貌には、いつもの沢渡先生とは違う……別のなにかが視えた気がした。








































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