第91話 母子相殺
百舌の早贄の如く意味が無く、沸騰する殺意による串刺にされた老人は、投槍をされて血飛沫をあげた。生きる価値を失せし者の断末魔が闇を穿ち、狂えし戦人の魂魄を揺さぶった。武士道、騎士道、正義、大義、神の意思、色々な仮面があるが、それは全て内側から起こりし殺戮衝動を粉飾する化粧道具に過ぎなかった。神懸りし医者が肉体に整形を施したとしても、性根を矯正できるものではない、ましてや相手が殺すべき相手ならば内側に潜みし悪魔は露出する。
俺は短槍に串刺しされた老人が、シェリダンの刀で抜き打ちされ、槍ごと真横に切断された。切断面から血が噴出して、包まれた麺が溢れるように内臓が地面に落ちた。恐慌を起こしたのはシェリダンの取り巻きだ。シェリダン以外に教団の執行官の姿は見られなかった。
殺せるっ……!
「お前は俺に殺されるべきだ」
シェリダンは鼻で笑い、滴る血を払った。
「んな訳あるかぁ……」
「此処で会ったのが、その証拠だ」
崖の下は森閑とした樹海が広がっている。シェリダンも同じような崖の上にいて、彼我の崖をつなぐ橋があれば往来は非常に簡単になるだろう。お互いが此処を要所と考えたのだろう。だから此処で会ってしまった。
「そう簡単に死ねないんだがねぇ」
俺は崖を飛び下り、自由落下する前に断崖絶壁を蹴りつけて、シェリダンへ向けて突撃した。空中に浮いている間は一方的に攻撃されるだろうが、シェリダンに接近できるなら安い怪我だった。
シェリダンは俺の動きを人差し指で指しながら、蛸の様に唇を尖らして「スーッ」と空気が漏れるような音を出して「貴様が死ねやっ! 放てっ!」と呟いた。矢と剣と銃弾が殺到して勢いを殺そうとしたが、俺はそのまま飛翔を続けて帝国軍の前に降り立った。二十三箇所に傷が出来たが、軽い傷だった。
シェリダンは自ら威力偵察を行い、僅かな兵で此処に来たのだろう。百名にも満たずに、よくぞ俺の前に立った。褒めてやろう、褒美に死ねや……。
「久し振りだね。お母さん」
兵士たちは魂消て、俺の悪辣な笑い顔を眺めている。
「久し振りだな、糞息子」
「久し振りついでに……死んでくれない?」
シェリダンは一撃で殺す他無し、糞ったれドM女は痛めつければ痛めつけるほどに強くなる。
だから周りの兵士を殺そう。
さっきまで寝ていた身体を殺戮で温めて、一撃必殺を繰りだせるまでに身体を練り上げよう。
「Uraaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
親指を立てて眼窩を突き刺し、地面に叩きつけた。
地面を両手で押して、膝を股間へと叩きつけた。
潰れた股間を持ち投げ、人体を爆ぜさせた。
顎を掴み取り、首を一回転させ、締め付けて鎧ごと圧殺した。
「死ねやっ!」
「荒々しいなぁ。封印されたのが、そんなに屈辱的だったのか?」
「当たり前だ! 糞ガッ!」
俺は鎧を剥ぎ取り、周囲の兵士に金属片を叩きつけた。肉を殺ぎ、白身と赤身が月夜に映え、殺戮の嵐が巻き起こった。シェリダンは鼻歌混じりで退き、死線の渦巻きから遠ざかろうとしていた。
様子がおかしかった。
何故――攻撃してこない?
「ここで無駄に命を散らすことも無かろう」
そう言う事か?
「私の命は、此処にいる百の魂より重い」
そう言う事か?
シェリダンは手近にいた兵士を掴んで、こちらへ向けて放り投げた。頭蓋から真っ二つに殴り壊すと、シェリダンは一目散に逃げ始めた。有利な場所へ逃げようとしているのか、それとも逃走しようとしているのか、だが俺は追いかけるしか無かった。
近づかなければ、シェリダンを殺せないからだ。
開けた場所に出た、瞬間――人間が二体飛んできた。
俺は奪った剣で、右に払い、返しの刀で二体目を切断すると、シェリダンの姿を見失っていた。
ぞくりと、殺意が俺を射抜いた。
絶対の勝利を確信した後の、訳の分からない状況――コレこそが死合いの醍醐味だ。
「いひぃっ」
俺が思わず笑ってしまうと、姿を現すと同時にシェリダンは笑った。シェリダンは人間を二体投げた後に、その下側を潜り抜けて下から上へ切り上げようとした。
「聞き分けの悪い息子は、親が躾をしないとなぁ」
刀の軌道は心臓目掛けてだ。
俺は咄嗟に足で刀を踏みつけようとした。靴裏は切られ、足の裏に侵入、骨を砕きながら侵入して、膝関節までゆるりと切り上げた。そこから先が止まったのは俺の腕力のお陰だ。俺は刀を握り締めていた。
「おしいなぁ。もう少しで息子の息子を切断できたのになぁ」
「良い趣味をしているなぁ」
状況は酷いものだった。このままでは逆襲もままならない、左手の自由が利くとしても一撃必殺の打撃を与えることはできない、シェリダンのどM能力が発動して余計に不利になるだけだった。
「どうした? 母さんの腹に冷たくて長い物を捻じ込んでくれよ?」
「てめぇ、本当に聖職者か?」
「見ての通りだ。私が聖職者の代表だぁ」
……強い。
監獄を出た時にシェリダンにも負けないと思っていたが、それは祖がいた時の話だ。それ以後もベルゼブルと戦ったりもしたが、あれは戦闘技術の玄人ではなかった。圧倒的な身体能力を駆使する戦法よりも、圧倒的な殺人技術を駆使する戦法の方が戦い辛かった。刀の押し合いでも微妙に力加減を変えて押し切ろうとしてきた。
「ところで……イーターには会ったか?」
「はあ?」
「そうか、まだ会っていないか。ベルからお前に会ったら聞いてみろと言われていてな」
帝国側はイーターの存在を知っているのか。ゴブリンの王が指摘したとおり、フィオナたちの一族の前にイーターと言う存在はいたそうだ。
……そうなると、話がおかしくなる。
暗殺教団を送ってくるなど、フィオナを利用しようとしていた帝国側が、イーターの存在を知りながらフィオナを利用するだろうか。
「しかし」
シェリダンが額を俺の鼻にぶつけてきて、口付けしてきた。
「男前になったなぁ。親子関係だが、身体は別々だから良いかも知れないなぁ。最近男日照りでな。どうだ、クソガキ?」
「おえっ」
俺は吐く真似をして、閃いた。舌を口中で蠢かして、剥ぎ取った。
「ぷっ」
外したのは、やったことの無い攻撃方法だったからだ。俺は自らの歯を抉り取って、口に含んで高速で吐き出した。白い歯は左目を貫き、シェリダンに苦痛を与えた。俺は両手で刀を掴んで、握力で粉砕して、死んだ兵士から刀を奪って、シェリダンに飛びながら打ち下ろした。シェリダンは呻きながら頭をずらして、刀を鎖骨で受けた。
狙いは外したが、心臓を切断する。
俺は体重を使い、下まで切り下げようとしたが、掴まれて止まってしまった。
「もう無理だ」
シェリダンの能力が発動して、刀がまったく動かなくなった。
俺は腹を蹴られて、勢いに任せて間合いから脱出した。
「一撃が余計だったな」
シェリダンは左目に指を突っ込み、
「ふふふっ、もう痛くない」
すぽんと抜き取って地面へ捨てた。俺が殺害を諦めたと分かっていたので、上着に手を突っ込んで胸のサラシを取って、左目に撒いて血を止めた。
「吸血鬼化はしたくなかったからな」
なにドMなことをしてんの? と思ったら、そう言う事だった。
「もうヤラないの? お母さん、寂しいなぁ」
「殺せるならしている」
シェリダンは笑いながら兵士の死体を探って、俺に投げて寄こした。それは教団の聖書だった。
「改訂されたんだ。読むが良い」
「誰がこんなのを」
「お母さんの言うことは聞いたほうがいいぞ」
シェリダンは背を向けて去ろうとした。
「お前は俺を殺さないのか?」
「聖遺物がなければ、お前を殺し尽くせないのでな」
アッサリとスタスタと歩いていく、
「そうだ。その兵士たちを埋めてくれないか。私たちの軍はもう少し遠くに駐屯しているんだ。戻ってくるまでに獣に食われてしまう」
「ああ、良いよ」
「また会おう」
一旦戻り、太陽が昇ってから殺した兵士を埋葬して、夜を迎える頃に、レッドが教えてくれた。その手にはシェリダンから貰った聖書が握られていた。
「分かったよ。何が変わったか」
「何?」
「ベルゼブルの名前がルシファーに変わっている」
……だから? 最初の印象はそれだった。




