第27話 善意
俺は久し振りに吸血鬼というものを思い出してしまった。色々な人間が不老不死を望んで、吸血鬼へと変貌したが、だいたいの人間はアルルのようになってしまう。短い間だけしか知らないが、彼女は善良な人間だった。だが無限の力を得て、彼女は化物になった。吸血鬼だから化物なのではない、無限の力を得たことによって化物になってしまったのだ。
祖から伝わったアルルの最後は悲しかった。
それは俺の未来の光景のように見えたからだ。
いや、それは過去の光景かも知れない。
前世での最後の記憶は消えてしまったが、似たようなものだったのだろう。
レッドがユニコーンのバロンに抱きついて寝ていた。ユニコーンは処女を好むとされているが、アルルもそうだったのだろう。バロンにはアルルが死んだことを言っていないので、告げなければいけないのを考えると気が滅入った。
私には分かっているぞ。
祖の声が俺の中で呟いた。
お前があの赤髪の少女を助けたのは、お前が一目惚れをしたからだ。
何を馬鹿な事を。
嘘をつくな。お前は少女の気高さに触れただろ。あの少女が殺されるときに、聖書の一節を歌っていた。気高い反抗心を汚したいと思ったのだろう? 分かっているさ。聖なる物を汚したいと思うのは、私たちの習性だ。
黙れ……。
神が悪魔を産みだした。
……そんなのは知っている。
この世の神――悪魔は我々だろ? 他の連中も山ほどいるが、そいつらは人間に簡単に淘汰されるような愚か者ばかりだ。私たちは強い、果てし無いほどに。
ああ……。
我々の存在理由を思い出せ。
嫌だ。
言え。
嫌だ。
なら言ってやろう。悪魔は――私たちは人間の正義を試すために存在する。人間は悪魔の試験を通過しなければいけない。お前はアルルの所業に戦慄しているようだが、それほどまでに腑抜けたのか? 私の隣にいた唯一の吸血鬼が、それほどまでにクダラナイとは思わなかったぞ。彼女は、彼女なりに、人間の正義を試したのだ。
……俺は吸血鬼になりたくなかった。
嘘をつくな。私は覚えているぞ。お前はアルルと同じように……。
黙れ。
祖はしばらく黙っていた。
その殺気は狂おしいな。私が好きになっただけある。
そんな想いはどうでも良い。
傷つくなぁ。
祖は笑っていた。本当に楽しそうだった。
私たちは人間を試すために存在しているのに、お前は存在理由から逃れるつもりか?
俺はそんなことは知らない。
私は神と会っているからな。知っているんだよ……。
そんなのは嘘だ。
それは証明できないな。神の証明は誰にも出来ない。
神なんて嘘っぱちだ。
それは耳にタコだな。
神様がいるなら、世の中はもっと正されている。
神は善ではない。この世の目的が何だと思っているんだ。この世界が何故生まれたと思っているんだ。なあ……?
……それは。
俺は答えられなかった。
この世の中は、神様が遊ぶために作ったんだよ。だから――私たちが神様を楽しませないでどうするんだ? 神は死を望んでいるんだよ。誰かが死ぬのは楽しいだろ?
俺の体は無理矢理動かされて、レッドの両脇を抱えさせられた。レッドは眠そうにして、欠伸をしていた。俺は首を口で咥えて、牙を突き立てそうになった。だが、俺は祖に抗うことができた。
「首がくすぐったい!」
俺は祖を封じ込めて、レッドから離れた。だが、バロンが前足で俺の頬を打ち抜いてきたので、翌朝まで俺は気絶していた。
血を吸われると思って蹴ったらしい、クリーンヒットだった。
朝起きた時に頭痛が酷かった。俺はバロンにアルルが死んだことを説明すると、主人の墓に戻るといって出て行ってしまった。
「戻るのか?」
「……気が晴れたら戻ってくる」
ユニコーンは優雅に足を運んで、姿を消してしまった。
アルルが侠客を皆殺しにしたので工事は一時中断された。荒くれ者たちの中には去るものもいて、再び作業員を集めて統率するのに時間がかかりそうだった。犯人探しも行われて、俺のところに侠客の手下たちが来た。俺とバロンの大立ち回りを見て、人間ではないと判断されたためだ。だが日光の下を歩く吸血鬼はいないので見逃された。そして逆に良い目が出た。俺は橋を山賊から守ったので、地元の警察に俺が怪しいとは伝えなかったようだ。侠客らしく筋は通す男たちだった。
俺たちはユーリの場所で働いていたが、
「橋の方の影響で、資材の確保も滞っているよ」
とユーリから言われたので、俺たちは石垣の作成の続きをした。両脇から引っ張った紐にあわせて、石垣を斜めにしていき積んだ。
イメージ的には、
一段目『\\\\\』
二段目『/////』
三段目『\\\\\』
と永遠と重ねていくだけである。
石垣の裏と、裏側の地山の間に小石を敷き固めて、隙間無く固めていった。あとは、これを上まであげていくだけだ。まあ、それが時間がかかるのだけど、そこは吸血鬼パワーである。日に日に積まれて行き、資材の確保に目処が立った時には完成していた。
「……完成だー!」
「やったー」
レッドと手をつないで万歳した。
「良い子良い子」
「えへへ」
レッドの小石集めのために、一輪車――猫車を作った。大きな金属の器に車輪をつけて、両手を持つ部分をつけた代物だ。工事現場や農家でよく見られる道具だけど、これを発明できたのは中国だけだそうだ。使い勝手が良いのに、誰も思いつかなかったのは驚きだ。レッドは小石集めぐらいにしか役に立たなかったけど、手伝ってくれて偉いので頭を撫でてあげた。本気で照れているので、褒めるこちらも嬉しくなってくる。
こうして石垣が完成して、レッドは久し振りに学校へ戻り、俺はユーリと一緒に家を建てるために、コンクリートの基礎を考えていた。
「コンクリートか」
「うん……」
俺はアルルが死んだことをユーリに告げることができなかった。何故知っている? と問われたら返す言葉が無いからだ。それに祖がしたとは言え、俺の血でアルルは吸血鬼になった。俺の責任でもあった。だからだろうか、建物作りに身が入った。




