第26話 死刑
俺は洞穴の近くまで戻り、両目を瞑って、俺の中の祖と向き合った。俺は祖を通して、アルルの闘いを見た。俺には彼女を止めることはできなかった。
酒場の奥で笑いあう男たちが五人いた。いずれも地元の名士であり、同時に侠客だった。コイツらは死ぬ――吸血鬼の前には名声も悪名も問題ではなかった。力のみが吸血鬼を退けることができる。
アルルは娼婦の真似をして胸元が見える服装になり、最年少の男を酒場の外へ誘い出した。酒場の外、暗闇のところにある厠を通り過ぎて、虫の音が鳴る草むらで男に抱きついた。
「良い女だな」
「知っているわ」
両腕に筋が浮かび上がり、死の抱擁が骨を砕いた。キュッ、と肺が押し潰されて、喉から鼠のような声が漏れた。
「なっ……」
「これが人間?」
アルルの疑問は自分の力強さに驚いたからだ。今までどんな本気に抱きしめてもこんなことにはならなかった。男を締め上げた時に、彼女は完全に力に溺れてしまった。今まで太刀打ちできない、苛め抜かれていたのに、その男が子どものように捻り潰されようとしている。
体の内から熱が這い上がってきて、脳に快楽物質が注ぎ込んで、心も体も絶頂を迎えていた。彼女は完全に快楽に溺れて、息継ぎすらできなかった。
アルルは男の首に牙を突き立てて、血の中から記憶を吸い取った。吸血鬼は魂を吸うとも言われているので、血を吸う量の分だけ相手の記憶を見ることができる。
若い男の数だけは多い性衝動の犠牲になったのは、見知った顔だった。それが、彼女の恋人だった。縛り付けられて、悲鳴をあげている恋人の姿を見たときに、彼女の理性は決壊した。
こんな酷いことを同じ人間がするなんて……。
彼女は吸血鬼の自覚が無いようだ。
「た、助けてください」
「お前は殺すだけでは生温い……」
若い男の死体が見つかったのは騒動が終わった後だった。店の庭には大型犬が三頭飼われていたが、美味そうにしゃぶっていた骨は男の物だった。可哀想なことに大型犬は人間の味を覚えてしまったため、後日処分されたそうだ。
「あとは、四人」
次の犠牲者は、若い男が戻ってこないのに気付いた髪を剃った――禿頭男だ。アルルは出入口の陰に隠れて、出てきた瞬間に首をつかんで近くの森まで引きずりこんだ。両足が車輪の轍のように残して、必死に抵抗したのを物語っていた。
森に入ってから禿頭は反撃をした。アルルは胸を短刀で刺された。だが、まったく意味が無い、危険信号の痛みすらなかった。痛みは危険信号だ――つまり、死の危険が無いなら痛まないのだ。それは俺も忘れている感覚だが、血を飲んだ不老不死の吸血鬼には当然の感覚だ。
アルルは禿頭を掴み、親指で眼球の表を撫でながら聞いた。眼球の裏にある脳が、圧迫されて頭蓋を割って出そうだった。
「私の恋人をどうした?」
「俺は……知らん」
「お前は私たちの村の名士だろ。あの男色野郎に売ったのか?」
「お前は、アルルか」
「そうだよ。もう、人間は止めたけどね」
「やめ、やめて……」
推測でしかなかったが、この男も殺すに値した。村の者達が文字を読めないことを利用して、不等に搾取して私腹を肥やしていた。
復讐には関係なかっが――。
「お前には死が似合っている」
アルルは首筋に牙をたてて、血を吸い続けると、案の定、記憶には何も無かった。あるのは、薬を飲み続ける日々の記憶だ。精神を高揚させる薬は吸血鬼の精神も高揚させた。
アルルは歌っていた。
それは豊饒を願う村の歌だった。
「残りは三人だ」
だが、いくら待っても残りの三人は外へ出てこなかった。アルルは窓から中を覗き込んで、誰もいないのを確認して建物内へ入った。
隣部屋の扉に手をかけたときに、後ろから蹴り飛ばされた。すぐさま立ち上がると、短銃を持った老人二人が待ち構えていた。
「女か」
「女だよーん」
一発しか撃てない銃から煙が上がり、アルルの心臓を貫いた。片手で構えていたが、狙いには自信があったのだろう。アルルは吸血鬼になって初めて痛みを感じながらも、後ろから蹴り付けて来た男に飛びかかった。
これは用心棒ではない、勇敢なる男は愛妻家の剣豪――侠客の一人だった。銀の剣をアルルの脇腹に刺し貫き、払って真っ二つにしようとしたが、吸血鬼の膂力が銀の剣を掴んで止めた。
「無駄だ」
「く、くそっ」
「汚い言葉だ」
刃を持ったまま、男の手から剣を奪い取って、剣の握り手で男を横殴りにした。殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、中身が飛び出した。アルルは銃に何度も撃たれながら、剣豪の血を吸った。吸い取った記憶には、家族と楽しむ美しい光景が広がっていた。
アルルが得られなかった景色だ。
美しくとも許せなかった。
美しさは、醜い者にとって劇薬にも等しかった。
「残り、二人」
枯れ枝のような老人が二人――どちらもこの地域を牛耳る侠客だ。
「吸血鬼がいったい何のために俺たちを殺す」
「何のため?」
アルルが語った恋人の名前を老人たちは聞き流した。
「若造に玩具にされた男の名前など覚えていられるか」
やはり、この二人の老人は恋人殺しに絡んでいた。命を玩具にして、アルルの恋人だけではなく、子どもから老人まで男女関係なく弄ばれていた。
万死に値する。
絞首刑は首が折れれば幸いだが、窒息の状態になれば最悪である。苦しみがいつまでも続いて、早く死にたいと願うことになる。アルルは一人の老人を、建物の梁から縄を垂らして吊った。アルルが立ち去るまでいつまでも苦しんでいた。
もう一人の死に様は、恋人と同じようにした。剣豪の死体を屍人化して、老人に仕返しをした。死にたいと言っても殺さず、舌を噛み切ったので、傷から流れ出る血で窒息するように、仰向けに頭を固定して死ぬまで眺めた。
死刑執行を終えて、彼女は泣いた。
アルルは復讐を終えて、恋人の墓まで飛び立とうとした。
報告をしよう。
復讐は終わって、五人を地獄へ叩き込んだことを伝えよう。
だが、扉を開けて外へ出ても、反対側の扉から、部屋に入ってしまった。興奮しすぎて頭がおかしくなったのだろうか。アルルの間違いは、また扉を開けて外へ出ようとしたことだ。美しい女が目の前に現れて、後ろから心臓を刺された。
「誰だ」
「誰でもない」
俺と祖には名前が分かった。
俺の義母、ミナ・ヴォルデンブルグが教団の執行官の姿をして、そこに立っていた。幻術使いのミナは、すでにアルルを手玉に取っていた。
「……プレスターの匂いがする」
「プレスター・ジョン様は、私の主だ」
ミナの笑いは、喜びに満ちていた。
「良かった。生きているのね」
「あっ」
「だが、お前はどうでもいい」
だが次の瞬間、殺人鬼の表情へと変わった。そして、何人ものミナが現れて、次々にアルルに切りかかってきた。幻術なら当たれば痛まないはずなのだが、ミナの幻術は関係なかった。
俺の推測はこうだ――この世界は、脳が見せている。
脳に幻影だけではなく、幻痛すら与えており、幻の斬撃は実物のような傷をつけさせた。
「いや……」
アルルは翼を広げて、飛びだった。
ミナが攻撃をやめたのは、最後の台詞が懇願だったからだ。
「お願い、最後はあの人のところで」
「……」
闇を飛び、記憶が途切れ途切れの中、ミナは恋人の墓に辿り着いた。太陽が昇ったときに、彼女は塵に生まれ変わった。その顔は満足感で溢れていた。
だが、彼女はまた生まれ変わる。
永遠の螺旋に、また一人追加された。




