↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/209

第26話 死刑

 俺は洞穴の近くまで戻り、両目を瞑って、俺の中の祖と向き合った。俺は祖を通して、アルルの闘いを見た。俺には彼女を止めることはできなかった。


 酒場の奥で笑いあう男たちが五人いた。いずれも地元の名士であり、同時に侠客だった。コイツらは死ぬ――吸血鬼の前には名声も悪名も問題ではなかった。力のみが吸血鬼を退けることができる。

 アルルは娼婦の真似をして胸元が見える服装になり、最年少の男を酒場の外へ誘い出した。酒場の外、暗闇のところにある厠《かわや》を通り過ぎて、虫の音が鳴る草むらで男に抱きついた。

「良い女だな」

「知っているわ」

 両腕に筋が浮かび上がり、死の抱擁が骨を砕いた。キュッ、と肺が押し潰されて、喉から鼠のような声が漏れた。

「なっ……」

「これが人間?」

 アルルの疑問は自分の力強さに驚いたからだ。今までどんな本気に抱きしめてもこんなことにはならなかった。男を締め上げた時に、彼女は完全に力に溺れてしまった。今まで太刀打ちできない、苛め抜かれていたのに、その男が子どものように捻り潰されようとしている。

 体の内から熱が這い上がってきて、脳に快楽物質が注ぎ込んで、心も体も絶頂を迎えていた。彼女は完全に快楽に溺れて、息継ぎすらできなかった。

 アルルは男の首に牙を突き立てて、血の中から記憶を吸い取った。吸血鬼は魂を吸うとも言われているので、血を吸う量の分だけ相手の記憶を見ることができる。

 若い男の数だけは多い性衝動の犠牲になったのは、見知った顔だった。それが、彼女の恋人だった。縛り付けられて、悲鳴をあげている恋人の姿を見たときに、彼女の理性は決壊した。

 こんな酷いことを同じ人間がするなんて……。

 彼女は吸血鬼の自覚が無いようだ。

「た、助けてください」

「お前は殺すだけでは生温い……」

 若い男の死体が見つかったのは騒動が終わった後だった。店の庭には大型犬が三頭飼われていたが、美味そうにしゃぶっていた骨は男の物だった。可哀想なことに大型犬は人間の味を覚えてしまったため、後日処分されたそうだ。

「あとは、四人」


 次の犠牲者は、若い男が戻ってこないのに気付いた髪を剃った――禿頭男だ。アルルは出入口の陰に隠れて、出てきた瞬間に首をつかんで近くの森まで引きずりこんだ。両足が車輪の轍のように残して、必死に抵抗したのを物語っていた。

 森に入ってから禿頭は反撃をした。アルルは胸を短刀で刺された。だが、まったく意味が無い、危険信号の痛みすらなかった。痛みは危険信号だ――つまり、死の危険が無いなら痛まないのだ。それは俺も忘れている感覚だが、血を飲んだ不老不死の吸血鬼には当然の感覚だ。

 アルルは禿頭を掴み、親指で眼球の表を撫でながら聞いた。眼球の裏にある脳が、圧迫されて頭蓋を割って出そうだった。

「私の恋人をどうした?」

「俺は……知らん」

「お前は私たちの村の名士だろ。あの男色野郎に売ったのか?」

「お前は、アルルか」

「そうだよ。もう、人間は止めたけどね」

「やめ、やめて……」

 推測でしかなかったが、この男も殺すに値した。村の者達が文字を読めないことを利用して、不等に搾取して私腹を肥やしていた。

 復讐には関係なかっが――。

「お前には死が似合っている」

 アルルは首筋に牙をたてて、血を吸い続けると、案の定、記憶には何も無かった。あるのは、薬を飲み続ける日々の記憶だ。精神を高揚させる薬は吸血鬼の精神も高揚させた。

 アルルは歌っていた。

 それは豊饒を願う村の歌だった。

「残りは三人だ」


 だが、いくら待っても残りの三人は外へ出てこなかった。アルルは窓から中を覗き込んで、誰もいないのを確認して建物内へ入った。

 隣部屋の扉に手をかけたときに、後ろから蹴り飛ばされた。すぐさま立ち上がると、短銃を持った老人二人が待ち構えていた。

「女か」

「女だよーん」

 一発しか撃てない銃から煙が上がり、アルルの心臓を貫いた。片手で構えていたが、狙いには自信があったのだろう。アルルは吸血鬼になって初めて痛みを感じながらも、後ろから蹴り付けて来た男に飛びかかった。

 これは用心棒ではない、勇敢なる男は愛妻家の剣豪――侠客の一人だった。銀の剣をアルルの脇腹に刺し貫き、払って真っ二つにしようとしたが、吸血鬼の膂力が銀の剣を掴んで止めた。

「無駄だ」

「く、くそっ」

「汚い言葉だ」

 刃を持ったまま、男の手から剣を奪い取って、剣の握り手で男を横殴りにした。殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、中身が飛び出した。アルルは銃に何度も撃たれながら、剣豪の血を吸った。吸い取った記憶には、家族と楽しむ美しい光景が広がっていた。

 アルルが得られなかった景色だ。

 美しくとも許せなかった。

 美しさは、醜い者にとって劇薬にも等しかった。

「残り、二人」


 枯れ枝のような老人が二人――どちらもこの地域を牛耳る侠客だ。

「吸血鬼がいったい何のために俺たちを殺す」

「何のため?」

 アルルが語った恋人の名前を老人たちは聞き流した。

「若造に玩具にされた男の名前など覚えていられるか」

 やはり、この二人の老人は恋人殺しに絡んでいた。命を玩具にして、アルルの恋人だけではなく、子どもから老人まで男女関係なく弄ばれていた。

 万死に値する。

 絞首刑は首が折れれば幸いだが、窒息の状態になれば最悪である。苦しみがいつまでも続いて、早く死にたいと願うことになる。アルルは一人の老人を、建物の梁から縄を垂らして吊った。アルルが立ち去るまでいつまでも苦しんでいた。

 もう一人の死に様は、恋人と同じようにした。剣豪の死体を屍人化して、老人に仕返しをした。死にたいと言っても殺さず、舌を噛み切ったので、傷から流れ出る血で窒息するように、仰向けに頭を固定して死ぬまで眺めた。

 死刑執行を終えて、彼女は泣いた。


 アルルは復讐を終えて、恋人の墓まで飛び立とうとした。

 報告をしよう。

 復讐は終わって、五人を地獄へ叩き込んだことを伝えよう。

 だが、扉を開けて外へ出ても、反対側の扉から、部屋に入ってしまった。興奮しすぎて頭がおかしくなったのだろうか。アルルの間違いは、また扉を開けて外へ出ようとしたことだ。美しい女が目の前に現れて、後ろから心臓を刺された。

「誰だ」

「誰でもない」

 俺と祖には名前が分かった。

 俺の義母、ミナ・ヴォルデンブルグが教団の執行官の姿をして、そこに立っていた。幻術使いのミナは、すでにアルルを手玉に取っていた。

「……プレスターの匂いがする」

「プレスター・ジョン様は、私の主だ」

 ミナの笑いは、喜びに満ちていた。

「良かった。生きているのね」

「あっ」

「だが、お前はどうでもいい」

 だが次の瞬間、殺人鬼の表情へと変わった。そして、何人ものミナが現れて、次々にアルルに切りかかってきた。幻術なら当たれば痛まないはずなのだが、ミナの幻術は関係なかった。

 俺の推測はこうだ――この世界は、脳が見せている。

 脳に幻影だけではなく、幻痛すら与えており、幻の斬撃は実物のような傷をつけさせた。

「いや……」

 アルルは翼を広げて、飛びだった。

 ミナが攻撃をやめたのは、最後の台詞が懇願だったからだ。

「お願い、最後はあの人のところで」

「……」

 闇を飛び、記憶が途切れ途切れの中、ミナは恋人の墓に辿り着いた。太陽が昇ったときに、彼女は塵に生まれ変わった。その顔は満足感で溢れていた。

 だが、彼女はまた生まれ変わる。

 永遠の螺旋に、また一人追加された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。