第100話 神々の黄昏
天にあるか。
地にあるか。
生の果ては何処に在るのだろうか。
そんなことは誰にも分からない。
その時を迎えるまでは、誰も分からない。
死んだ者にしか――それは分からない。
だから――死んだ経験の無い者が、死を語ることは決して出来ないのだ。
俺も死んだのだろうか……転生をすると言うことは死んだと言えるのだろうか。
そんな疑問を吹き飛ばすような威圧感が目の前に降臨していた。
俺は天国も、煉獄も、地獄にも辿り着けず、再び生を得て、偽神と対面していた。前世の時は一度も対面したことの無い神々が溢れる世界で、数万の空想の中で膨れ上がった救世主――プレスター・ジョンが神と出会うのは何か理由があるのだろうか。
まあ、無い。
この世に理由など無いように、出会いには理由は無い。
無い、確かに無いが……偶然は必然へと変貌する。
偶然の出会いが、最果てにある終結地点へと続いているのだろう。
「お前は選ばれてこの世界へ来たのか?」
「エ、ラ、バ、レ、テ、?」
その言葉を噛み締めて、俺は思考した。この世界に来た――転生したことに理由があった――そういう事を言おうとしているのだろうか。この世界に来た転生者は三人しかいない、俺、ナユキ、ハロハルハラだけだ。その三人に何か共通点があるのだろうか。
「魂が呪われた者たちは浄化のときが終わるまで、永遠に死に続ける。だが、お前は選ばれたのでは無いのか? 東方王を想って死んだもの達の魂が、此処にお前を降臨させたのでは無いのか?」
……何を訳の分からないことを。
たしかに――伝説のプレスター・ジョンは何千万の魂に思慕されただろう。
だが、俺は違う。
俺は名前を貰って、修羅の道を行き抜いた人外だ。
俺の道程には憎しみの雪が積もり、赤い雪原が広がっている。
お前は……何を言おうとしているんだ……。
「神々の黄昏――ラグナロク。お前は我が此処にいる理由を勘付いているのでは無いか?」
「ああ……だが、俺はそれを拒否する」
亜人たちが俺たちを通り過ぎて、レッドが率いている本隊へと向っていった。俺達は亜人たちを無視してお互いを睨みあっていた。
「……何故だ? 他の神々を殺せば、この世界の神となれるのだぞ?」
九頭竜はゆっくりと肉を拡げた、折られた紙を徐々に開くように、蜘蛛の巣が分裂して増殖するように、白い筋肉繊維が伸びてきた。地を覆い、足に絡みつくように、大地は肉布団を敷かれた。
「お前は此方の世界へ導かれる前に、運悪く死んでしまった。代わりに選ばれたのは我だ」俺は肉布団を蹴りながら後退した。「同じ人間の空想上の神として我は選ばれたのだ。だが、我もお前と同じように紛い者だった……。その負い目から、我はベルゼブルのように堂々とラグナロクに参加はできなかった。おかげで我は、同士達と今まで潜伏するはめになった。だが、お前が居るのを知った。だから我は此処に来た。お前の代用品としてこの世界に来た我が、偽神であり、模倣品である我が、本当に神々の黄昏に参加して良いのかどうかを確かめるために」
「生憎だが、さっきまで俺がその資格があるとは知らなかった。それに……それを知らなかったと言う事は、俺は意図して此処に行かされた訳ではなく、魂が呪われていたので此処へ来たのだろう……ということにならんか?」
こふーっ、と深く息を吐き、烏賊の腐敗した臭いが漂った。
「お前は元々資格があったのだ。ならば、僅かな望みを持ち、神々を殺そうと思わないのか? 殺せば、誰もがお前に到達できない、さすれば唯一神となれるのだ」
神々の黄昏――ラグナロク。
ベルゼブルも、スヴェントヴィトも、九頭竜も唯一神になるために此の世界に来たのだろう。他にも神々はいた――そして居るのだろう。あちらの世界の神が、多くの神々を追放して、残酷で美しい此の世界を供物としたのだ。
それが、此の世界。
救世主を削除した聖書を流通させたのはベルゼブルなのだろう。アチラの神に対立する存在としての――悪魔……悪を認識させるための小細工だ。その結果が橋で戦ったときの、無尽蔵の力だ。
ラグナロクはアブラハムの宗教が優勢を極めているようだ。
「俺は地を這うものだ。神は神同士で乳繰り合っていろ」
俺は舌を出して、九頭竜を挑発した。見事に成功して、地に敷かれていた肉布団が餃子を包むように、俺に向って包まり、筋肉繊維も殺到した。
「紛い者よ……お前が偉大であれば代用品である我の心も救われたのだろうが」
「俺の脳は偉大では無いが」俺は砂煙の中で堂々としていた。肉の動きを見切り全て避けて、攻撃を終えた肉布団の上に肘を付いて横に転がっていた。「俺の肉体は四方世界見渡しても、俺以上に優秀な存在は無いだろうねぇ」
ぎゅむむ、と九頭竜は呻き声をあげて、俺を捕縛しようとしたが、俺の動きについてこられなかった。糸のように殺到する筋繊維も、足場にされてしまい、辛うじて肉の壁を展開して俺の進撃を防いだ。
俺は壁を蹴り、肉の射程圏外に逃れた。
「お前――その能力――見覚えがあるぞ」
「分かるか? 当然だろうな」
「何故、祖の――アイシャの能力を使っている?」
地鳴りが起きたかと思った。だが、それは間違いだった。九頭竜が笑って地面が鳴り響いているのだ。だが、そんな声量では無かった。俺の戦闘経験が、後ろからの殺気を感じ取らせた。
俺たちの周りを通過していた亜人たちが、地面から伸びた筋繊維に貫かれていた。触手に貫かれるように、全身を脈打たせ、全方位から亜人が飛んできた。
俺は油断していた。
九頭竜は地中に肉を潜行させていて、全方位からの攻撃に備えていたのだ。だが――全方位同時攻撃はその場所にいなければ不成功に終わる。
俺は突進した――九頭竜へ向けて、槍を強く握り締めていた。
真っ直ぐ心臓と思われる場所へ刺そうとした。
だが――頭が槍を受けた。
苦悶で歪み、強靭な力で頭蓋が歪んだ。
殺――苦悶の叫び声を上げ、俺の我武者羅に吹き飛ばした。俺は地面を転がりながら立ち上がり、追撃に備えたが九頭竜は泣き喚いていた。
「あああっ……、我の兄弟が……なんて酷い奴だ……あの冷たい場所から、この世界まで一緒に来た兄弟を殺すなんて……なんて、なんて……」
俺は槍を回転させて、筋繊維受けて、弾いた。
「答えを聞いてなかったな――なぜアイシャの能力を使っている?」
九頭竜は化物の姿に関わらず、顔と言う顔から涙を流していた。あれでは体が乾いて死んでしまうだろう。
「何故? 何故だと? プレスター・ジョン、聞きたいなら教えてやろう。……我はお前の娘が度重なる人体実験を犯して生まれた生物兵器だ!」




