第99話 九頭竜
病葉のような狼に乗り、痩せ衰えたゴブリンが向ってきた。両目は力なく、何かに取り付かれたように動いていた。手綱をピンと張り、馬の体重を乗せながら槍で脳髄を貫いた。
殺した――だが何か感触が違っていた。
数千、数万、数億の生き死にを見てきた魂が、全身がヌルリとした粘膜に覆われたように奇妙な感覚に陥った。
槍に何かが巻きついた。
蛇のような生物が破損した肉体から飛び出してきて、俺の小指に噛み……つけなかった。まあ、無理なのである。俺の小指は赤い糸に導かれるように、蛇のようなモノの口蓋を刺し貫いた。
「ぎゅぴっ!」
俺はもう片方の手で頭を握り、蛇のようなモノを睨んだ。それは奇怪な形状だった。蛇のように手足がなく、頭から尻尾まで一続きで、それでいて人間のような頭部を持っていた。頭蓋を粉砕して圧殺すると、殺害の臭いに懐かしさを感じた。
屍人の臭いだ……なるほどコレがEaterか……。
「プレスター様、我々も殿を……」
ゴブリンを殺した後に、別のゴブリンが現れた。ゴブリン王の傍らにいるはずのジノの孫に当たる男で、ジースと言う名だ。他にも兄弟がいるはずだが、俺の傘下に入ったため血族の者と敵対することになってしまった。
だが、それはそれで仕方が無いのかも知れなかった。
乱世が起きれば親子や兄弟と言えど殺し合わねばならぬ……それは一つの面だけを見ているに過ぎない、ジノの一族は誰が勝っても血脈が生き残れるように各戦力に味方についただけだ。それは歴史の転換点の回避方法である。
それを攻めるわけにはいかないし、ジースもそう言うつもりで俺に味方をしている訳ではないだろう。
「敵兵の勢いを殺して、本隊の尻に食らいつかせるな」
ジース率いるゴブリンたちが、亜人たちの本隊から突出してきた連中と戦闘を始めた。
「敵の中には肉の中に蛇を飼っている者たちがいる。止めを刺す時に十分に注意しろ」それで被害が抑えられるか分からないが、言わないよりはマシだろう。
レッドが粛々と率いて軍を移動させており、ゴブリン王が繰り出した軍隊は粉砕したようだ。徐々に軍の殺意がゴブリン国の首都へ向い、やがて殺害の坩堝《》と化すだろう。首都へ突入後、市街戦に入るが、俺達は暗渠をつかって一気にゴブリン王の命を狙う手はずだ。
ゴブリン王の勢力だけなら十分に勝算はあるが、後ろから亜人たちに噛まれたら一気に形成は逆転する。今までの一体的な動きを考えると、亜人たちの混成軍はゴブリン王と繋がっている恐れがあるので、絶対に挟撃は回避しなければならなかった。
「ちっ!」
ジースは馬を解体するような刀でオークの首を刎ねた。小さい体ながらオークを殺して、次々と無造作に肉体を断っている。人間……吸血鬼から見れば醜い姿をしているが、ジースの鎧は実用性に程遠い金をふんだんに使っており豪華な装いだった。身分が高いのが一目で分かり、乱戦の中でも勇名を馳せることができるだろう。
俺は太陽から身を守っているように見せかけていた鎧を脱いだ。金属と金属を繋いでいた革を千切り、下半身だけを残して、上半身を裸にした。
部下たちも陽を浴びても平気なのを知らなかったので唖然としていたが、敵兵も唖然としていた。俺が吸血鬼なのを知っていたので、鎧に僅かでも穴を開ければ殺せると考えていたはずだ。それが全くの徒労だったわけで、攻撃の手も躊躇するかに見えた。
だが、亜人たちは止まらなかった。
勢いもバラバラ、攻撃手段もバラバラの波状攻撃は、戦争の方法としては愚策だが、勢いが止まらないのが不気味だった。俺達は軍を再展開させた開けたところまで引いた。
「勢いが止まりません」
「だが、十分に本隊は離すことができた」
「やはり道の影響が大きいですね」
ゴブリン国内でハロハルハラは舗装工事を行い続けていた。そのお陰で移動速度は格段に変わり、亜人たちが悪戦苦闘しながら行軍しているうちに随分と距離を取ることができた。ついでに言うと、相手が波状攻撃になったのも舗装されていない道の移動速度が種族や実力ごとに違うから、自然と愚策になってしまったのだろう。
「よし……そろそろ俺たちも合流するか」
俺がそう言った時、広場に騎馬隊が現れた。
ジースが弓を引いて、瞬時に射ると、次々に倒れたが、それは繋がっていた。
「なっ……」
「先に行け……あれは変だ」
ジースを退かせて、俺は馬を走らせた。
数十人の騎馬隊と思われた集団は密集して、それぞれ磁石のように繋がっていた。
「お前らがEaterか?」
「懐かしいことを」
俺が馬の上にたち、馬を跳ねさせた。
落ちると同時に、先頭を吹き飛ばすつもりだった。
槍は確かに集団の先頭を潰した。
脳漿は飛び散り、血が煙と化した。
だが、壊れた肉体は、別々の肉体とつながり――それは現れた。肉体を刳りながら、Eaterは殺到してきて、宙に浮いていた俺の体に殺到してきた。その数――九体。俺は拳でEaterの頭を叩いて、勢いで後ろに飛びながら、馬を蹴り飛ばして逃がした。俺は回転して地面にたち九体のEaterを見た。
それは先ほどのEaterよりも奇怪な姿だった。
死体を掻き集めて球体になり蛸のようで、それぞれ九つの頭が伸びており触手のように見える。その大きさは巨人よりは小さいが、十分に怪物と言っていい姿で、人間の死体を集めた手が連なって巨大な腕を作り、鳥人の羽を集めて巨大な翼となっていた。
まさに化物。
悪ふざけが過ぎる造形だった。
「お前がプレスター・ジョンか?」
男とも女とも子供とも老人とも思える不思議な声だった。
「そういう名もあるな」
「我は九頭竜だ。お互い因果な名を持ったものだな」
俺は唇を思わず舐めてしまった。
ベルゼブル、スヴェントヴィトに続く、地球の神の出現だったからだ。




