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秤のない街

この街の恩恵――あるいは呪い――である「審判秤」は、すべての場所に均等に存在するわけではない。街を網の目のように覆う監視網と、あらゆる建築物の基礎に埋め込まれた高精度の重量センサー。それらは文明の象徴として中央区を支えているが、その支配が及ばない空白地帯が、地図の端には確かに存在していた。


 街の北端、かつて工業地帯として栄え、今は錆びた鉄骨と崩れたレンガが積み重なる廃墟と化した「無重力区」と呼ばれるスラム街。そこには、行政の管理が行き届かず、椅子の下にも床の下にも、あの冷徹なデジタル表示の秤は一台も設置されていない。

 かつては蒸気と油の匂いに満ちていたこの場所も、今では法から零れ落ちた者たちが身を寄せる吹き溜まりだ。人々はそこを、嘘が重さにならない唯一の楽園と呼び、あるいは真実が価値を失った地獄と呼んだ。重力という名の倫理から解放されたその場所では、言葉は質量を失い、吐き出された瞬間に虚空へと消えていく。


 私がその場所に足を踏み入れたのは、一人の男の死体が発見されたからだ。

 被害者は、この街で最も「軽い」ことで有名だった高利貸しの老人。彼は無重力区の路地裏で、頭部を鈍器で殴打され絶命していた。

 現場には三人の容疑者がいた。老人に借金があった酒場の女、老人の地位を狙っていた若い部下、そして老人に住処を追われそうになっていた浮浪者。


 取調室であれば、ものの数分で解決する事件だ。椅子に座らせ、「お前が殺したのか」と問えばいい。だが、ここには秤がない。

 容疑者たちは、秤のない解放感からか、あるいは法が届かない万能感からか、皆一様に不敵な笑みを浮かべていた。「刑事さん、無駄ですよ。ここでは何を言っても『ゼロ・グラム』だ」

 若い部下が、挑発的に足を組んで言った。

「俺たちがどんな嘘をつこうが、この地面は俺たちを押し潰しはしない。あんたの信じる『重力』は、ここではただの物理法則に過ぎないんだ」


 確かに、彼らの言う通りだった。秤のないこの場所では、言葉はただの音に過ぎない。真実を語るインセンティブも、嘘を恐れる理由もない。

 私は死体の周囲を歩き、地面を観察した。無重力区の地面は、長年の煤煙と油で黒ずんでいる。

 ふと、違和感を覚えた。被害者の老人の死体だ。

 彼は「軽い」ことで有名だった。その遺体は、本来ならこの汚れた地面に沈み込むこともなく、ふわりと横たわっているはずだ。しかし、彼の頭部の下にある地面は、まるで巨大な鉄球でも落とされたかのように、深く、鋭く陥没していた。


「……おかしいな」

 私は呟き、三人の容疑者を順番に見た。

「秤がないからといって、嘘が重くならないわけじゃない。ただ『表示されない』だけだ。この街に住む人間である以上、理からは逃げられない」


 私は酒場の女の歩き方を見た。彼女の足取りは軽やかだ。

 次に浮浪者を見た。彼は栄養失調でふらついているが、その足跡は浅い。

 最後に、若い部下を見た。彼は椅子に座り、余裕の表情を崩していない。だが、彼が座っている木箱の角が、じわじわと地面に食い込んでいるのが見えた。


「君だね」

 私が指差すと、部下は鼻で笑った。

「証拠は? 秤もないのに、どうやって俺の嘘を証明するんだ?」

「秤なら、そこにあるじゃないか」

 私は彼の足元の地面を指差した。

「無重力区の地面は柔らかい。君が『やっていない』と嘘をつくたびに、君の自重は増え、その木箱を通じて地面を押し潰している。デジタル表示はなくても、この泥が君の罪を記録しているんだよ」


 部下の顔から余裕が消えた。彼は立ち上がろうとしたが、その瞬間、彼の足が泥の中に深く沈み込んだ。

「な、なんだ……体が、急に……」

「嘘を自覚したな? 秤がない場所では、人は自分の重さに無頓着になる。だが、一度『自分が重くなっている』と意識してしまえば、あとは取調室と同じだ。君の脳が、君の罪を質量に変換し始める」


 部下は必死にもがいたが、泥沼にハマったかのように足が抜けない。彼はそのまま、自分の重みで泥の中に膝をついた。

「……あいつが、あいつが悪いんだ! あんなに軽いフリをして、裏では俺たちを搾取して……!」

 彼が罪を認めた瞬間、泥に沈み込む勢いが止まった。


 私は彼に手錠をかけながら、死んだ老人の陥没した頭部を見つめた。

 老人は死ぬ間際、犯人である部下を指差したのだろうか。その「真実」の重みが、死の瞬間に彼の頭部を地面に叩きつけたのだ。

 秤があろうとなかろうと、真実は常にそこにある。

 無重力区に吹く風は冷たかったが、私の足取りは、解決した事件の数だけ、また少し重くなったような気がした。




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