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「え!!オーバリ様と付き合うことになった?!」
「い、一応そういうことになりました」
カテリーナ家のお店のお手伝いしている最中、お客さんがいなくなったタイミングで報告すると、彼女は溢れんばかりに大きく目を見開いた。
「ほ、本当に?!」
「う、うん」
「きゃー!やったじゃない、ジゼル!貴女鈍すぎて永遠に進展しないかと思ってたけど、心配要らなかったみたいね」
頬を上気させたカテリーナにバンバンと勢いよく背中を叩かれた。
「もうデートとかはしたの?!」
「な、何回か」
デートと言っても普段のお出かけとあまり変わりは無いが。
「いいわね!告白はどっちからしたの?いつ自分の気持ちに気づいたの?」
目を輝かせるカテリーナからの怒涛の質問攻めにたじたじになりながらも答えていく。
正直、今まであまり現実感が無かったのだが彼女に話しているうちに少し実感が湧いてきた。
そうか、私はルカと付き合ってるのか。
心の中でポツリと呟いてみる。無性にむずむずとして、心が浮き足立った。
時々カテリーナの惚気けとボリスのリハビリの様子の話を挟みつつ問われるがままに答えていると、入口の方からカランっとベルの音がした。店にお客さんがやってきた合図だ。
「いらっしゃいませー……って、あ」
「こんにちは」
店にやってきたのはルカだった。カウンターから出て、彼のもとに駆け寄る。
「ルカ、どうしてここに?今日って午前中は仕事だって言ってたよね、早く終わったの?」
「ええ。待ち合わせ時間にはまだ少し早いですが、ここで手伝いをしていることは知ってたのでちょっと遊びに来ました」
柔らかく微笑むルカを見て、カテリーナが「あら!」とやけに嬉しそうに手を叩いた。
「もしかしてこの後デートなんですか?」
「ええ。一緒にご飯を食べようと思いまして」
「それならジゼル、もうあがっちゃっていいわよ」
「え、でもまだ予定の時間より早いのに……」
「大丈夫、大丈夫。この時間はそんなに混まないだろうし、いざとなったらお父さん呼ぶから。その代わり、デートの話とかまた今度聞かせてよね」
カテリーナがきゅっと片目を瞑って、そう言った。
おちゃめで可愛らしい。
「ありがとう、それならお言葉に甘えさせてもらうね。今度なにかお礼する」
「お礼なんていいわよ。こうやってお店のお手伝いしてもらってるだけで有難いんだから。デート楽しんできてね」
「うん」
カテリーナはああ言っていたけど、今度彼女が好きなケーキでも買っていこう。
ブンブンと大きく手を振る彼女に手を振り返しながら、そんなことを考えた。
◇◆◇
「前々から思ってましたけど、ジゼルは良い友達を持ちましたね」
お昼までまだ時間があるので街をぶらぶらと歩いていると、ルカがそんな事を言った。
「カテリーナのこと?えへへ、そうでしょう。私の自慢の友達よ」
好きな人が好きな人をそう評価してくれるのが嬉しくて顔をゆるめると、突然鼻をつままれた。
「ぷぎゃ。な、なに突然?」
「鼻が膨らんでましたよ」
「え、本当?!」
嬉しいことがあると鼻が膨らむのは今も昔も変わらない私の癖だ。あんな不細工な顔を晒していたなんて、お恥ずかしい。
「僕はその癖可愛らしくて好きですけど、貴女は昔から気にしてたでしょう?恥ずかしいから嫌だって」
「かっ、可愛くは、ないと、思います」
どこの世界に鼻を膨らませて可愛い人がいるんだ。
突然の蜜語に動揺しつつも、反論を試みる。
「可愛いですよ。身内を褒められるとすぐにその顔をするじゃないですか。いつも自分の事よりも喜んで、嬉しそうにしている貴女が僕は可愛くて仕方がありません。抱きしめたくなります」
「るっ、そっ、なっ」
「ルカったら外で突然なんて言うこと言い出すのよ」と言おうとしたのだが、真っ赤な顔で鳴き声のような音を出すことしか出来なかった。
最近、私はこれに困っている。
あの日――誕生日パーティの一件からなんというか、ルカの雰囲気がとても甘いのだ。どれくらい甘いかと言うと、チョコレートドーナツに蜂蜜をかけて砂糖をまぶしたくらい甘い。
以前から時々私の心臓に悪い行動はされていたが、付き合うようになってからはそれが日常と化している。
あまりの甘さに一度それとなく抗議してみたことがあったのだが「それが恋人というものでしょう?」と言われた。至極まともなご意見である。が、しかし。「それにもう逃げないでしょうから」とやけに含みのある笑みを浮かべていたのは一体何だったのか。色々と墓穴を掘る気がして、言葉の意味を聞けずにいる。
「あ、そう言えばモニカから魔道具が完成したから受け取りに来て欲しいという手紙が来てましたよ」
「えっ、もう出来たの?!随分と早いわね?!」
「テンションが上がっていつもより作業か捗ったそうです」
「そ、そうなの」
モニカは私とルカが付き合っていることを知っている。と言うか、まだ何も言っていない段階で何故かバレた。
ルカの誕生日パーティの翌日、何だかやけに視線を感じるなと思っていたら皆が帰った後に突然モニカがやってきて「もしかして、ルカ兄の告白受け入れた?」と聞かれたのだ。
まず、ルカが私に告白したことを知っていることにも驚いたが、この短い時間でその結論に至ったことにも驚きだ。その日はあまりルカとは言葉を交わしていなかったのだが、そんなに浮かれた雰囲気が漂っていたのだろうか?
誤魔化す余裕もなくて素直に頷くと、彼女は喜色満面といった様子で私たちの関係性が変わったことを祝ってくれた。
密かに私とルカが付き合うことをどう思うか心配していたのだが、あまりに喜んでくれるので拍子抜けしてしまった。
それどころかお祝いにお揃いの魔道具を作ってくれることになったのだが、どうやらもう完成したらしい。
「モニカの作る魔道具か。どんなものを作ってくれたのか――」
「見つけた!バ……イェルダ!!」
楽しみだね、という言葉は突如聞こえてきた怒号のような声によって遮られた。
覚えのあるシチュエーションと声に辺りを見渡すと、前方から途轍もない勢いでこちらへ迫ってきているラミロが見えた。
街中で思いっきり叫ばれたので周囲の人が何事かと一斉に視線を向ける。
「ラ、ラミロ、おはよう」
非常にいたたまれない気分になりながら、取り敢えず目の前にやってきたラミロに挨拶をする。
「お前、あのクソと付き合うのか?!」
が、挨拶は完全にスルーされ、代わりに両手でガシッと肩を掴まれた。
「モニカから聞いたんだが、デマだよな?」
「あ、あのクソがどのクソを指してるのかは知らないけど、実はルカと、その、付き合うことになりまして……」
あの子ったらもう他の人に話しちゃったの、と内心混乱しながらも返答すると、ラミロは数秒ポカンと呆気に取られた後、突然真面目な顔になった。
「イェルダ」
「は、はい」
「別れろ」
「はい?」
「それで俺と付き合え」
「……はい?」
「おい、低能。戯言も大概にしとけよ」
何を言われたか理解出来ずに固まっていると、ルカが私の腕を引いた。ラミロと僅かに距離が空く。
「……あ"?いたのかお前。勝手に人の話に入ってくんな、黙っとけ」
「横槍入れてきてんのはお前の方なんだよ。そんなことも分からないのか、猿」
「はいはいはい。喧嘩しないで。落ち着いて」
なんだかいつかの王宮のようになりそうだったので慌てて間に入ると、二人は不満げにしながらも言い合いを辞める。
また声に魔力を込めたせいで魔力欠乏になった、なんてことになれば、女医さんに怒られるのは間違いないので、すぐに止まってくれて良かった。
「えっと、まず話を整理したいんだけど、どうして貴方はルカと別れて自分と付き合えなんて言ったのかしら?」
痛む頭を抑えつつ、問いかけてみる。
「俺と付き合った方が得だから」
「……詳しく説明して」
「こいつは性格クソだし、立場もめんどくせぇ。付き合うなら絶対に俺と付き合った方が幸せになれる」
突然何を言い出すかと思ったが、これはルカに張り合ってる感じなのだろうか。
「あー、色々と突っ込むのは後にするとしてそもそも私と付き合っても貴方に得はないでしょう?」
「ある」
しかし、その考えは本人によって否定された。
「俺は昔みたいにお前と過ごしたい。付き合えば一緒に住んでも何の問題ねえし、外野もとやかく言わねぇだろ。会う頻度も今より増える」
「あ、あのねラミロ。付き合うって言うのはそういう感じじゃなくて……」
「お前の近くに居れるなら俺はなんでもいいし、なんでもする」
思いがけない言葉に一瞬呼吸を忘れた。
「今までは付き合うって言う選択肢が思いつかなかったから口にしなかっただけだ。クソ野郎でいいなら、俺でもいいだろ」
「――いいわけないだろうが」
低い平坦なルカの声が聞こえたと思った次の瞬間、私の身体は何かに引き上げられ、宙を飛んだ。思わず叫び出しそうになったが、ルカに手を繋がれていることに気づき、悲鳴を飲み込む。
ルカは私と手を繋いだまま人が決して届かない高さまで舞い上がった。
「も、もしかしてこれも魔術?」
「はい。僕が開発した飛行魔術です」
「す、凄い……」
「すみませんが、また移動します。少し掴まっていて下さい」
言うやいなや、ルカは私を抱き込むような体勢になる。
「え、移動するってラミロは――」
質問を言い終える前にルカが魔術を発動した。
周囲の景色が瞬きひとつの間に凄まじい勢いで変わっていく。
「ひ、ひゃああああああぁぁ!」
空を飛ぶ、という大変貴重な経験をしながら、私ってこんな声出るのか、と他人事のように思った。
◇◆◇
人生初飛行は人気のない丘の上へ着くまで続いた。
「いきなりすみませんでした。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫」
声を出しすぎて喉が痛いだけだ。
「でもどうしよう。人の多い場所であんな話になって挙句空まで飛ぶなんて、もう明日から街を歩けない……」
きっと噂になってるはずだ、と今から震えてしまう。
「安心してください、ジゼル。あそこから去る前にあの男以外の周囲の人間に記憶が曖昧になる魔術をかけたので貴女の顔はもちろん、あの出来事自体もぼんやりとしか思い出せないと思います」
「有り難すぎる!!」
「いえ。あいつ関係でまた貴女のことを噂されるのが嫌だっただけですから」
そう言うと、彼は表情を曇らせた。
「ルカ、どうしたの?」
「今は魔術師長なんてやっていますが、貴女の事件も解決しましたし、僕は近々この席をゆずるつもりです。だから貴女に余計な迷惑や手間はかけさせません。貴女が望むことは極力叶えます。絶対に幸せにします。……だから、僕以外を選ばないでください。他の人のものにならないでください」
「……もしかして、さっきのラミロの言葉を気にしてるの?」
ルカは俯いたまま、何も言わない。
「ルカ」
大きな背に腕を回して、抱きしめる。彼は僅かに身を強ばらせた。
「私は貴方を好きになったんだよ。貴方だから好きになって、隣に居たいと思った」
もちろんラミロを含め子供たちのことは全員大好きだ。愛しているし、かけがえのない家族だと思っている。
だけど、それでも、やっぱり今の私がルカに感じているそれとは少し形が違う。どちらに優劣があるとか言うことでは決してない。だけどやっぱり、違うのだ。
初めて自分から触れた唇はやっぱり柔らかかった。
水色の瞳が驚きに見開かれる。
「ル、ルカへの好きはこういう好きだよ。そこのところ、ちゃんと分かってる?!」
自分からしたくせにやっぱり恥ずかしくなってやけっぱちで叫ぶ。
「そ、それと、魔術師長の座を退くっていうのはちょっと無理があると思うよ!周りが絶対に認めないと思います!」
「でも魔術師長のままだとジゼルをこちらの世界のくだらないゴタゴタに巻き込んでしまうかもしれない」
「大丈夫!そこら辺は案外図太いから。貴方と一緒に私も戦うわ」
ポンポンとあやす様に背を叩くと、彼の身体から少し力が抜けた。
「……それと万が一、魔術師長を本気で辞めようと思ってるなら、辞める前にちゃんと自分が何をしたいのか決めてから辞めてね」
「え?」
「ルカが十六年前の事件のために魔術師になったこと、私はまだ全てを受け入れたわけじゃないから。想っていてくれたことは嬉しいけど、私は貴方の人生は貴方のために使ってほしいと思ってる」
「肝に銘じておきます」
「よろしい」
頷いて身体を離す。
なんだか顔を見るのは少し恥ずかしくて何気なく目を逸らした先にあった景色に、私は目を奪われた。
「……ここって」
眼下に広がる街の景色。
それは、かつて私がルカを連れてピクニックに来た時に見たものと全く同じものだった。
動転していて気づかなかったが冷静になって周りを観察すると、確かにそこはあの時と同じ丘の上だった。
「覚えてますか、この景色。外を恐れて篭ってばかりいた僕も貴女はここへ連れてきてくれた」
「もちろん覚えてるよ。ここは私のお気に入りの場所だったし、あのピクニックはとても大切な貴方との思い出だから」
「……あの日、貴女がここに連れてきてくれたから僕は今ここにいます。それから、なにかある度にここへ来ては勇気を貰っていました」
「私と同じだ」
私も度々ここへ来ては、明日を生きるための活力を貰っていた。
何の変哲もない街の景色だけどなぜだかここへ来ると、また頑張ろうと思えるのだ。
「……まずは後でラミロの所へ行かないとね。話の途中で消えちゃったから謝らないと」
「行く必要ありますか?」
「あります。お付き合いのこともちゃんと断らないといけないんだから。それともルカはこのまま曖昧にさせて良いの?」
「行きましょう、今すぐに」
調子の良いことをいうルカに笑みが零れる。
節くれだった大きな手を取る。
いつもは恥ずかしくて手を繋ぐことなんてないが人も少ないし、たまには良いだろう。街に出るまでの間だ。
チラリと横目で様子を伺うと、嬉しくて仕方がないという顔でルカが笑っているのが見えた。
そんな彼を見ていたらなんだかこっちまで嬉しくなってきて、私はまた笑った。
その後、話していた通りラミロに謝罪と付き合うことは出来ないことを伝えて、無事に事態は解決――とはいかなかった。
それは何故か。ラミロが全く納得しなかったからである。
「いつも一緒にいるへばりついてるコイツに比べて、俺といる時間が短いから不利だろうが。もっと俺とも出かけろ」と反論され、気づいたら今度出かけることになっていた。
更に数日後、なんと期間限定ではあるものの、アベルが王宮の医務室に派遣されることが決まったことで、一緒にお茶をする機会が増えた。またなんの偶然か、丁度それと同時期にマルコとマリアが営む薬屋も新しい店舗を王宮近くで開店することになったらしく、これまた会う機会が増えた。
それとこの前約束した通り、レベッカの師匠ともお会いしたのだが、何故かその方が私の事をいたく気に入ってくれて、レベッカを連れて度々会いに来るようになった。
他にもそれを知ったモニカが「皆ずるい」といじけてしまったのでやはり会う機会が増えたり、「最近あんまりオレと遊んでくれない」とマレナから可愛らしい抗議があってこちらも遊ぶ機会が増えたりと、忙しくも賑やかな日々を送っている。
これまでも色々なことがあったし、きっとこれからも様々なことが起こるだろう。
時は止まらない。日々は目まぐるしく変化し続ける。
それならば私達に出来ることは精一杯生きることだけだ。
今度こそ、悔いを残さず笑って死にたい。
「愛してます、ジゼル」
――あの日、一人悔いを残して亡くなった日からは到底想像出来なかった未来に幸せをかみ締めながら、私は愛しい人からの口付けに目を閉じた。
以下、本編で語りきれなかった登場人物のプチ情報です。
お読みいただいた全ての方、ありがとうございましたorz
モニカ
イェルダの跡を継いで魔道具屋を営む。イェルダのことは魔道具技師としても非常に尊敬していて、目標としている人物の一人。マザコン。なんだかんだ言ってブラコンでもあるのでルカがジゼルと付き合っていると知ってその日は一人で祝杯をあげた。
アベル
王宮の医務室が医者を探していると聞き、イェルダに会う時間を増やしたくて即刻希望した。マザコン。幼い頃にイェルダに勉強の楽しさを教えてもらい、気づけば医者になっていた。普段は温和だが、怒るとかなり怖い。
マルコ、マリア
男女の双子にもかかわらず、顔立ちが瓜二つだったことが理由で忌まれ捨てられたところをイェルダに保護される。薬屋の新しい店舗をどこにしようか決めかねていたが、ジゼルに沢山会いたかったので王宮近くに店をかまえた。マザコン。二人ともちゃらんぽらんな性格をしているが、意外と色々考えている。
レベッカ
昔イェルダに「素敵な絵だね」と褒められたことから画家を目指すようになる。マザコン。イェルダをモデルにした女性の絵ばかり描いていたのだが、最近になってジゼルの面影を感じさせる絵に変化した。実はかなり注目され始めている画家のたまご。数年後に爆発的人気を博し「モデルの女性に似ている」という理由からジゼルが街でよく声をかけられるようになる。ジゼルに会いにいく度に着いてくる師匠が邪魔。
ラミロ
一番の問題児でほとんど本能で生きている。イェルダが亡くなってから自分がどれほど彼女を大切に思っていたのか自覚する。マザコン。昔から隙あらばイェルダを独占しようとするルカのことが大嫌い。そもそも馬が合わない。しかし他の兄姉のことは普通に家族だと思っている。思うようにジゼルと会う時間が作れずイライラしていたのだが、彼女がルカと付き合ったと聞き、その手があったかと自分も告白した。




