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 お昼過ぎにお姉様からお茶に誘われた。お姉様の私室にお邪魔して、久しぶりに姉妹水入らずでゆっくり午後のティータイムを楽しむ予定なのだ。

 部屋にはマリーしか侍女はおらず、他の者達は下げられているようだった。

 お姉様は相変わらず8歳とは思えないほどに美しい所作で、紅茶とお菓子を一口ずつ食べてから、私へ勧める。


「今日はイリアの好きなロッテント領の茶葉に砂糖控えめの果実クッキーよ」


 どんなときでも貴族令嬢として恥ずかしくないよう、姉妹でお茶を共にするときにも、マナーはきっちりと守られる。

 本来主催者側が先に食べるのは、毒はありませんという意思表示なのだが、皿が分けられている以上は毒なんていくらでも盛りようがある。形骸化したものではあるが、れっきとしたマナーだ。


「いただきます」


 まずはロッテント領で採れた茶葉を使用した紅茶を一口。

 爽やかでくどくないロッテント領の茶葉は、度々我が家で振る舞われる。

 我が領地の隣にあるロッテント領は、代々の付き合いで、穏やかな気風の方が多い。

 我が家には珍しく騎士のように強かったお祖母様と、実際に騎士であったロッテント領の先代はとても仲の良い友人で、自分達とは違う方向に育った子供達に呆れつつも、家族ぐるみでの付き合いがある。

 故に、ロッテント領から仕入れている特産品の1つとして茶葉があるのだが、私がこの紅茶が好きなので、家族は積極的に振る舞ってくれるという訳だ。

 その後に、クッキーに手を出す。


「美味しいです~!」


 ほっぺを押さえて堪らず声を上げれば、にっこりとしたお姉様と視線があう。

 おかしい。笑っているはずなのに、なぜか背筋がぞくりとする。

 お姉様は私と違って、とても美容に気をつかっていらっしゃるし、どんな授業でも卒なくこなせるとても凄い方なのだ。今私が師事している家庭教師の先生方は、お姉様を教えてきた方々で、彼らは口を揃えて「この程度ならばお姉様は簡単にこなしましたよ」というのだ。

 そんな凄いお姉様は、声を荒げたことはない。

 けれど、私に叱るときは、こうして静かに冷たい笑みを浮かべる。


「……大変、美味しゅうございます」

「そうね。とても美味しいわ」


 言い直せば、よく出来ましたとお姉様の笑みが柔らかくなって、一先ずほっとした。

 怒ったお姉様は行儀作法の先生なんて比じゃないほど怖い。キーキー獣のように喚くよりも、お姉様のように冷ややかな視線というのは、心にくるものがあるからだろうか。

 でも、私のことを思ってくださっているのはわかるから、反発なんてしない。反発なんてしたが最後、敬愛するお姉様から無いもののように扱われると想像しただけで背筋がぞくりとする。


 貴族令嬢は、大きな口を開けてものを食べない。とても嬉しくても、悲しくても、常に控えめに表現して、感情をうまく制御する。そうして、周りを自分の思う通りに動かすのだと、そうお母様やお姉様から教えられているのだが、うまく出来た試しがない。

 感情がすぐに出てしまう私はよくお母様やお姉様から注意されてしまう。

 注意されれば、思い出すのだけれど、考えるよりも先に行動に出てしまうのはとても危険なのだと。先月まで意味がわからなくて、2人が怖かったから合わせていたのだが、気付かれてるかな。……今お姉様がため息を吐いているのを見る限り、考えてることも含めて全て気付かれてる気がする。

 夢の中の私も、感情を隠すのがうまくなかったと思う。

 だって、1度目はドルトンに殴りかかろうとしていたわけだし。4度目も夜会で怒鳴った記憶あるし。5度目はとても悲鳴を上げたし。


「そう。以前言っていた夢の話を覚えているかしら」

「夢ですか?」


 お姉様の切り出した話題に、首をかしげる。

 うーんと、考えて、そういえば現実では1ヶ月ほど前にお姉様に伝えた1度目の夢のことを思い出した。

 確か、ドルトンという名前の子息を探して、本当にいれば2人で対策を練ろうという話だったはずだ。


「あぁ。あのお姉様に失礼な夢ですか」

「ドルトンという子息がいないか調べてもらったのだけれど──残念なことにいたみたい」


 誰にも伝えてないので、1度目とは言わず、失礼な夢といえば、お姉様が悲しげに瞼を伏せた。


「ねえ。イリア。なにか変わったことはない?」

「変わったことですか?」


 質問に質問を返してしまって、あっと私は声を上げる。

 お姉様は苦笑して、怒りはしなかったものの、他所ではしないように言われてしまった。

 質問を質問で返すのはマナー違反。相手の意図を計り兼ねて質問で返すときは、「質問を返してしまうのですが」と一言つけることが必要だ。


「初めて貴女が夢を視たと言ってから1ヶ月の間。夜中々寝付けないことも、夜中に悲鳴を上げて飛び起きたことも聞いているわ。今までそんなことがなかったのに、授業の途中で居眠りしているのですってね。それに、喋り方も少し変わったわ」


 何度も断罪される夢を視たせいか、たしかに夜は寝付けなかったし、悲鳴を上げて飛び起きたところを見回りの侍女に見られてしまったこともある。16年を立て続けに5回も繰り返したのだ。16歳の1日ではなく。16年を。時々、現実の6歳である私と夢の中の私の区別がつかなくなるときさえある。喋り方どころか、考えだって変わっているはずだ。

 夢の中の話をするか迷った。視線を彷徨わせると、1度目の話をしたときと同じように、お姉様と信頼できる侍女のマリーしかいない。これは、お姉様の配慮だ。


「……覚えているだけで、あれから4度ほど。お姉様が断罪される夢を視ました」


 ぎゅうっと、ドレスが皺になりそうなほど強く、握りしめる。

 1度目の夢を伝える時、あんなにも無邪気に報告できたのに。


「何度やっても、どうやっても、お姉様が断罪されてしまう夢を」


 夢の中のお姉様は、3度めからは断罪されないように一緒に考えてくれていた。

 なのに、私はなにも結果を残すことなどできなかった。

 喉がひどく乾いた。けれど、お姉様に申し訳なさすぎて、顔を上げることはできない。

 気味が悪いと言われてしまうだろうか。化け物と言われるだろうか。夢の中のお姉様は一度だってそんなことを私に言ったことはない。けれど、現実のお姉様に言われてしまったら、私は立ち直れない。

 それでも、口にしなければ気がすまなかった。


「そ、それどころかっ。5度目なんて、私をかばってお姉様が──」

「イリア」


 お姉様の声に、私はノロノロと顔を上げる。

 黄金色の髪は毎日マリー達が丹精込めて手入れをしているからか、私とは比べ物にならないほど一級の絹糸のように美しく、日差しが柔らかく照らす。

 お父様似の空色の瞳が細められて、とても慈愛のこもった色をしていた。

 お姉様は綺麗。私は、改めてそう思えるような、まるで天使のようなお姉様。


「苦しいのなら、それ以上はいいわ……そう、言ってあげられたら良かったのだけれど」


 椅子を降りて、お姉様は私のすぐとなりにまでやってくる。

 そっと握りしめた手に、お姉様の手が重なる。


「ただの夢ではない。そうよね」

「おかしいと思いますか」


 力なく笑えば、お姉様は首を振った。

 思えば、夢の中で共にいた3度目からのお姉様は、おかしな夢を視たと言う私の話を聞いても、今のお姉様のようにとてもよく理解していた『記憶』がある。何かを知っていて、その確信のもとに私を信頼している。そんな『記憶』が。


「イリア。5度も私がいながら、だめだったのよね」

「実際には3度目からですが、そうです」


 お姉様の質問に頷けば、お姉様は少し瞼を伏せた。

 何かを考えている時、お姉様はこうやって瞼を伏せる仕草をする。

 決して声を荒げることはなく、暫くそうしていると、お姉様は伏せた瞼を上げて、私の目をしっかりと見つめた。


「どうあっても変えられないのなら、利用なさい」

──イリア……次は、どう、あっても……変えられない、のなら。利用、なさい。


 それは、5度目の夢で『お姉様』がおっしゃった言葉。

 話したわけでもないのに、お姉様は『お姉様』と同じ結論に至ったようだった。


 

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