名前が中二すぎて泣きそう……
レナとの酷い邂逅を果たした後の俺に起こった五日間の出来事を話そう。
ま、そんなすごい話でもなければ悲しい話でもないけれども。
零蒔が王都に着いて4日ほど経ち、零蒔に気づいた市民らは「おぉ!英雄様ありがとうございます」と讃えられ街ゆく人に同じような言葉を掛けられながら歩いていると冒険者ギルドに辿り着いた。
ギルドに入ると中は祭り騒ぎのようにうるさく昼になってないのに酒を飲んだりギルドのカウンターに群がっていたりいつも以上に酷い光景が見て取れた。
するとその中で偶然ギルドに入ってきた零蒔に気づいたのか「冥王が戻ったぞ!」とギルド内に充満していた喧騒を一掃し、散乱としていた意識を零蒔に集中させた。
カウンターに群がっていた人達が零蒔の方を向くと一瞬驚いたような顔をした後、足早に零蒔の周りに集まり「この度は助けていただきありがとうございます」「娘を助けてもらいありがとう」など感謝の気持ちを零蒔に伝えていた。
恐らく零蒔に助けてもらった一般市民の人達だろう。
「レイジ!ちょっといいか?」
零蒔が賞賛の声を浴びているとギルドの奥から近づいてきたギルマスのシリカが声を掛けた。
その顔からは神妙な表情で零蒔は何かあるのだろうと緊張を感じながらシリカの後ろに付いて行った。
ギルドマスターと書かれた扉を開けて中に入ると、そこには資料のようなものが山積みになってしまったデスクを中心に地面にまで紙が散らばっていた。脚の踏み場もないような場所にシリカが魔法でそれらを一纏めにして片付けた。
俺にソファに座るように促したシリカは紅茶を淹れ、菓子と共に対面のソファに腰掛けながら間に置かれた長机にそれらを置いた。
目の前に置かれた紅茶はとてもいい匂いがしたからなんの紅茶か香りで楽しんで考えているとシリカが「私の淹れたものは飲めんか?」と訝しげに口を尖らせて聞いてきたから匂いを楽しんでただけだよ、と伝え答え合わせをするために一口喉に流し込んだ。
「美味いな」
たった一言簡潔に紅茶の感想を述べるとシリカはそれを聞いて満足したのか自分も紅茶を飲んだ。シリカは嬉しそうに「練習したかいがあったよ」と伝えてきた。
これはもしかしてフラグなのだろうか?
だとしたらいつ立ったのだろうか。
紅茶をもう一口飲んで今度はゆっくりとそれを味わった。そしてその味はとても懐かしく感じた。
「これはもしかしてアールグレイか?」
「うむ、よく分かったな。紅茶はよく飲むのか?」
どうやらアールグレイであってたみたいだ。
「よく飲むっていうか地球ではアールグレイばっか飲んでたからね。アールグレイか否かなら味で見分けはつくよ。ただ…それ以外の紅茶はさっぱりだけどね」
バツが悪そうな顔で零蒔は自分がアールグレイ以外の味がさっぱりだと伝えるとシリカは「もったいないな」と煽るようにニヤッとしながら答えた。
(事実俺はアールグレイっていう名前に惹かれてアールグレイ以外の紅茶をあまり飲まないおかげで味の違いがわかるようになった。ただアールグレイが何なのかは正直わからん)
「紅茶の話はいいが…そろそろ本題に入ってもらってもいいか?」
2人しかいない空間故に元より静けさはあったのだが零蒔の提言によりさらに場の静けさはより一層増した。
余談だが、ちょうどこの部屋の前を通り過ぎようとした受付の娘が運悪くその時に通ってしまい部屋からの冷気によって固まってしまったことに2人は気づくことは無かった。
「紅茶を飲ませたかっただけだと言ったら?」
「仮にそうだとしたらわざわざこんな部屋で飲ませたりはしないだろ?それにシリカのことだ、王都がこんな状態でゆっくり紅茶でもいかが?なんて無粋な真似しないだろ?」
俺の返答を聞くとシリカはカップを置きながら声を出して笑い「からかっただけだ。許してくれ」と言ってきた。俺自身そんなに怒ってるわけでもなかったから気にしてないことを示すために紅茶を一口飲んだ。
「そうだな、本題に移るとしようか。まず見ての通り王都は甚大な被害に見舞われて国自体が破滅寸前にあることは君の目からもわかるだろう。そこでだ。
五日前まで起きていた地獄のような蹂躙をたった数時間で終結させ王都に蔓延る魔物をたった一人で逆に蹂躙したSSランカーの少年がいた。
それは君で間違いないよね。まぁ否定してくれても構わないのだが、既にこの国では多くの証人がいるために意味は無いのだけど」
え?!俺そんなに知られてんの?ちょー有名人になっちゃったよ。まだ駆け出しなのに…。
八方塞がりな状態にある俺は仕方なく「恐らくそれは俺だな」とシリカにYESと示した。
「それで今この国で君がなんと呼ばれているか分かっているかな?」
ん?それはさっきも言われてたみたいに英雄様じゃないのか?俺自身そんな呼ばれ方嫌なんだが。
「わからないって顔ね。あなたは『冥王ゼロ』って言われてるのよ」
……いやいやいやいや待て待て待て待て!冥王ゼロって何?!百本譲って冥王は分かる。実際そう言われてたから分かりたくはないがまだ分かる。だが、ゼロって何?!完全中二だよね?新しいいじめかな?俺にそんな要素ないのにどっから取られた単語だよ!
「な、なぁゼロってなんだ?」
「ゼロはほんとに一部の人間しか呼んでないみたいだけどその人たちがいうには、あなたの名前のレイジのレイから取ったものらしいわ。
レイ、これは別の表記で表すならゼロってことになるからと言われたわ」
零蒔の零だけ見たら確かに数字表記では0ではあるけどなぜゼロって付けた?いや、元よりこんなことに頭を抱えるほどに問題ではない。
その一部の人間しか呼んでないってのが肝だ。
「その一部の人間ってのはなんなんだ?いじめの主犯か?」
「いじめなのかよく分からないけどその人達はいわばあなたの信者みたいな人たちよ。なんか元はどっかの宗教の人みたいだけど、
今では「冥王ゼロはエリス様の使徒だ!」と狂気じみた感じで布教してたわ。
あーでも安心してあなたの評判が下がったり変なことにはならないから」
え?俺変なのに絡まれたりするかも知んないじゃん!意味わからん。てかエリス教って何?!
「冥王ゼロ…なんか嫌だけどこれはこれで好都合かな」
「ん?というと?」
「俺が冒険者になった理由はこの世界を自由に旅したいから。だけど、SSランクの俺にとっては何をしても目立ってしまう。絶対とは限らないけど、少なからず旅をして行くうちにいずれあいつらと再会する場面は出てくる。そうなってしまっては枷が出来てしまう。だから俺としては異名が欲しかった。俺の名前ではなく異名として有名になれば名前を知るものは少なくて済む」
「そういえばそうだったな。
ふむ、そうだな。再登録するってのはどう?
冒険者カードにはレイジ・ヤカギとして登録はしておく。ただそれは登録者名がレイジ・ヤカギであって冒険者名はゼロとして動けばいい。
別にこれは偽造ではないから安心してくれ。登録者名と冒険者名の違いくらい分かるだろ?」
登録者名はギルドに登録する時にする人間で「冒険者になる人間の責任者」みたいなものだ。冒険者名は単に「冒険者になる人間」で、ギルドに登録する際、責任者と冒険者が同じ場合もしくは冒険者が責任者を立てる場合のどちらかを選ぶ必要がある。
それぞれ別々に立てる時に多く使われるのは恋人持ちや家族持ちが適任とされている。責任者を立てることによって冒険者が依頼中に死んでしまった場合、それを責任者に自動的に知らせることができる。
ただしこれのデメリットとしては、依頼を達成出来なかった場合、責任者にその責務を問われることになる。冒険者が絶対に払う規律ではあるが冒険者に払う余裕が無い(無銭、死亡の)場合、責任者が代わりに払う必要がある。
話を戻すとシリカは俺にこれを実行するということか。違う名前でそれを登録したところで結局は責任を負う人間が一緒なだけであって犯罪ではない。
冒険者の個人情報はギルドが徹底管理していていかなる理由であろうとギルマス、冒険者、登録時の受付嬢以外の閲覧禁止、外部に漏洩禁止しているから大丈夫だろう。
実際表沙汰になるのは冒険者名であって責任者名はギルド内のみが知ることになる。
「では冒険者名をゼロ、責任者名をレイジ・ヤカギという形で再登録お願いします」
「うむ、承った」
それにしてもこの人がこんな理由のために紅茶まで用意して呼び出すだろうか?どうせこの人のことだからまだ他にあるはずだ。俺の直感がそう告げている!
シリカは零蒔の再登録の了解を得たことを部屋の外で硬直状態にあった受付嬢に伝えた。
硬直状態にあった受付嬢は偶然零蒔のことを受付したミルだった。
ミルはシリカがいきなり扉を開けたことにびっくりしたのか一瞬ビクッとしていたが要件を聞いてすぐに仕事顔になり下へと戻っていった。
シリカは扉を閉めると凛とした態度でそのまま元の位置に腰掛けた。
ちょうど零蒔も紅茶が飲み終わってしまいカップが空になっていることにシリカは気づき、なぜかドヤ顔でカップに注ぎ入れながら話し始めた。
「さてと、遅くなってしまったがこの国の危機を救ってくれたことを心から感謝するよ。
緊急だったために正規の依頼として発行している訳では無かったがこういう時は例外でね。それ相応の働きをしてくれた冒険者や市民には相応の報酬が払われるようになっている。
その中でも君は今回に関して最も貢献してくれているのは言われずともわかっているだろう?」
貢献したくてやった訳でもなく単なる八つ当たりだったんだけど…。それにしてもなぜ今なのだろう?そういうことならもっと早くやってもらっても良かったのでは?
「その顔からするとなぜ今?って感じか。詳しい話はまた後でされるんだが一応伝えておこう」
え?なに、また連れてかれるの?なんで後で話があるって…今話してよ。それにシリカが話すことじゃないのね。
「あなたに贈られる報酬というのはギルドだけじゃないのよ。あなたに贈られる報酬は全部で3種。
1つは、もちろんギルドから。2つは、あなたに助けてもらった国民の方々から。最後は、シッカ王国から。
それで先に挙げた2つはお前には渡そうと思っていたのだが、レイジが街の復興のために力を貸してるおかげでギルドに顔を出すことをしなかっただろう?それに日に日に量が増えていくし」
あー確かに王都に戻って4日間一回もギルドに寄ってないな。とりあえず俺が魔物の殲滅をしてる時に壊してしまった場所を見つけた限り修復しまくってたら、それが楽しくなってもう壊れてるところも直してあげようという優しさが芽生えたからやったまでだが。どうやらそのお礼とやらが沢山あったらしい。
そりゃこの大変な状況下にあるギルドにさらに面倒事が増え、さらにすぐに消化できるものもそう簡単に上手くいかず困ったもんだと愚痴られるのは仕方ないが…なぜかこう釈然としない。
「まぁその2つは申し訳ないと言うしかない。だけどその王国からってのはなんなんだ?俺自身全く身の覚えもないのだが?」
確かにこの国の危機を救ったことで称賛されるのであれば分かるが、俺は別に国を守る兵士たちの前で何かやった訳でもない。
焔龍を撃ち落としたのはもちろん俺だけども疲労困憊状態にあった騎士が俺をはっきりと見たようには思えない。まぁ確かに撃ち落とされた後にクラッゾの前に現れて颯爽と消えたのを見ればそう判断するのもおかしくないのかもしれないが。
「三日ほど前にアリアとクラッゾが戻ってきたのは知っているね?」
「街の人達が噂していたのを小耳に挟んだ程度だけど」
「あの二人は現国王やこの国の貴族様のお気に入りでね。帰還してすぐに王城に呼ばれたのよ。もちろん私も一緒にって命令で。
そこでエルフの森、つまりラントはどういう状況か教えて欲しいとの話があってね」
ーーー三日前、王城にて
国王シュバルツは広間より数段高くなった場所にある玉座に腰掛けそれを広間の中心に引かれている赤い絨毯の真ん中らへんにいるアリアとクラッゾを横から見るように横列している貴族がいる場所には重い空気が流れていた。
アリアとクラッゾは国王シュバルツを見て冷や汗を垂らしながら顔を引き攣らせていた。
二人の視線には玉座に腰掛ける王がいる。
ただその見た目は二日ほど前に見た煌びやかな王族衣装ではなく大剣を持つと似合いそうな冒険者が切るような服だったのだ。その服から露出した筋肉質な体躯はとてもシッカの国王ではなく屈強な戦士にしか見えなかった。それも身体に複数の傷があった形で。
「あ、あの…陛下?」
「仕方ないだろ!俺も充分に焔龍との闘いについて作戦をベッカムと考え、ウォーミングアップを済ませいざ戦場へ!という気持ちで現在交戦中にあったジニエの元に駆けつけてみると既に焔龍は消滅していた。一体我々の苦労の意味は?!」
シュバルツは玉座に八つ当たりするように踏みつけていた。
それを誰も止めるわけでもなくただ苦笑いしてすますしかなかった。
「ま、まぁそんな話は今はいいんだ。確認だが、俺が着く前に偽の焔龍を倒したのはほんとにクラッゾではないんだな?ジニエたちから聞いたが偽とはいえほぼ本物に近いものだったらしいな。そんな魔物を一体誰が一瞬で倒したのだ?」
クラッゾはその時の状況を戦場で後から来たシュバルツにはある程度伝えていた。焔龍が偽であったこと、焔龍と共に仮面をつけた狂人がいたこと、そしてアリアがそれを追いかけてラントに向かっていったこと。零蒔が焔龍を倒したことを除いて。
ただそれはその時の状況で判断したことで今の状況ではそれは伝えてしまっても構わないのではないかとクラッゾの頭の中でその選択肢が思い浮かんだ。
「あまり言い難いことではあるんだが、それをやったのはレイジだ。あの偽焔龍をたった一撃で倒した。俺にはあれが神に見えたよ」
クラッゾは自分の力では到底及ぶことが出来ない領域にいるのだと自身に対して皮肉を交えて当事者を教えた。
クラッゾの話を聞いて周りの貴族は有り得ないといった顔をしているのに対して、大方その事を分かっていたような顔で考え始めたシュバルツは答えのピースを集めるように今度はアリアに問いただした。
「アリア、その狂人について教えてくれないか?狂人は死んだのか、生きているのか」
「あの男は生きています。私は逆に殺されかけました。ただあの男は何かを狙ってやったとは言っていました。私は…何も出来ず一方的にやられ、ラントの長老であったホォトル様は命を絶たれレナも窮地まで追い込まれました」
「使いから聞いた通りの話ではあるがそれはにわかに信じ難い話だとは分かっているな?お前が仮に何も出来ないとしてもホォトル様が死ぬということまでなるはずがないんだが」
「最終的にホォトル様はレナを庇って命を奪われました。レナが今精神的に困難な状況に陥っているのは知っていますよね?」
「それはもちろんのことだ。あぁ、そういうことか。まぁその話は君たちが隠したがってた本人に聞こうと思っている。異論は認めない。現にシリカ、彼に対する国民からの評価はどうだ?」
「端的に申し上げますと鰻登りです。レイジに贈られる物は既にギルドでは管理できるほどの量を超えてます。同じ人からの贈り物は断ってはいますが、それでも恐らくこの国一番の人気者になっているのは一目瞭然です」
「どうだ、お前ら。俺ら国からもレイジという男に報酬を払わねばならん。その時に詳しい話を聞こうではないか」
ーーー時は戻り
「ということになってだな、レイジを王城に連れていかねばならん。とにかく今から行くぞ。既にアリアとクラッゾが待ってる。ん?どうした早くしろ」
「…...…はァァァァァァァァ?!長老の名前ってホォトルだったのぉぉぉぉお?!」
「そっちぃぃい?!」