認識とは言われて気づく
しっかりと相手を認識しているつもりでも実際は出来てないんですよね。
言われるまで相手のことを知ることが出来ない。
ただただ見守るだけだった。
2人がその炎を燃やしそれを掻き消すようにシウバは対していた。
これは彼女らの問題なんだと割り切り見守ることにした零蒔には違和感があった。
何故彼女たちは彼を殺しきれないのか。確かに彼女たちは憎しみという負の感情の渦中にいるのに迷いが生じているように思えた。
それは恐らく自分たちの獲物の先に彼によって失われた大切な何かを重ねて見ているから。
彼を殺ったところで返ってくる訳でもない。私がやろうとしていることはほんとに望まれていることなのか。
彼女たちは戦闘の最中、この終わらない疑問の解を見つけようと紛争していた。
彼女たちに降りかかる終着点のない疑問に対する答えを探そうとしている。そのせいでシウバを殺しきることが出来ない。自分たちの迷いを押し殺し切ることも出来ていない。
シウバは2人を薙ぎ払うように杖を振るうと「絶叫なる風の子」の魔法を唱え、2人を地に伏せさせた。
「あまりにも脆い。私にあれ程までに憎しみの顔を晒しておきながら、いざ、目の前にすると怖気付き、迷いを生じさせるとは!」
2人に蔑みの目を向け、これ以上戦っても無意味だと言わんばかりにシウバは俺に礼をしてきた。
「実に不愉快です。あなたのような至高な方が何故このような俗物と共にいるのか…とても醜く不愉快です!ですが…もうこれでいいのです。あなたの目からは、ふふふふふはははは!」
シウバは俺の表情から現状況を読み取ったのか不敵な高笑いをし始めた。
恐らく、今の俺の顔はとても酷い。過去の俺であれば、シウバに対して憎しみしか残らないだろうが、今の俺は違う。
地面に倒れているかろうじて息がまだある2人の少女に失望のような表情だろう。2人には単なる失望であって希望を抱くことを本能が拒否していた。
「はっ?安心しろよ、シウバ。俺は元よりこいつらと共に行動しようとは思ってもいない」
自身の冷徹さに俺は苛ついてた。
本来、この感情は芽生えることは無かった。
否、自分が『あの声』を聞くまで絶対に有り得るはずがなかった。
彼女たちを痛めつけるシウバに激昂して今にも飛び掛る。俺はシウバを許しはしなかっただろう。
なのに、今の俺にはシウバに対して飛び掛ることもなければ、感情が昂ることもなかった。
そして、俺には『記憶を取り戻す前』と『記憶を取り戻した後』のふたつの感情を持ち得ているための結果だった。
『過去』と『現在』のふたつの矛盾を俺は知っている。
だからーー
「お前らに対して俺は何も思わないし、貴様に対しては単なる嘲弄だよ」
ーーこう述べることしかできなかった。
彼女たちを蔑むことはやめた。彼女たちは我々とは違うのだからと。だが、それは彼女たちだからだ。
シウバは違う。少なからず彼は我々と同じ位置にいようとしている。
しかし、自分達が頂点であるかのように自慢げに話を進める。それがなんとも愚行であり憐れだと感じた。
零蒔にこの世界の事情がどうだとかは全くわからないからこそ彼は目の前にいる滑稽な姿を晒す者達に何も思うことが出来なかった。
「なんです?何故、私が馬鹿にされる必要があるのですか?あなた…さては自らの立場を理解していないのでは?」
シウバは先程まで戯けるような口調で場を制していたが、零蒔の言葉を聞いて少し声音を落としあくまで平然を装いつつも威圧を込めた。
しかし、零蒔にはそれが阿呆らしく思えた。
何故俺はこんなにも巫山戯た狂人とまともに会話しているのか。
「なぁ、表情が出てるぞ?これじゃあお得意の手品も手元が狂って失敗してしまうな」
零蒔はさらに煽るように嘲りながら挑発した。
シウバはついに怒りを抑えきれなくなったのか全身から邪悪なオーラを出し始めた。闇黒属性のマナを自身の周りにガスのように出し始めた。特にそんな害があるわけでもなく。
「どこまでどこまでどこまで!この私を馬鹿にすれば!あなたは強者たる余裕を見せてるみたいですが、所詮それは見せかけ。
この場で1番強いのはこの私です。決してあなたではないのです!
所詮私よりもゴミな人間如きが何故、高貴な私を屈辱させるのですか!」
あ〜あ、目の前にいる狂人ついに本性駄々漏れじゃないですか。
これどうすっかな。明らかに敵意剥き出しだよな。これを死亡フラグと言わずしてなんて言う。
まぁ巫山戯てる場合じゃないな。この状況を作り出したのは俺だし、わざと作ったことに後悔なんてすることはない。
「屈辱…ねぇ。別にそいつらの肩を持つ気もないが、弱き者は弱者を陵辱し自らを強者であるということを誇示したがる。
昔、俺に戦う意味を教えてくれた恩人が言っていた言葉だ」
「つまり、私が弱気者だと?ははは!笑わせてくれる!
私は強者であるがために自身より遥かに弱い屑共を調教して何が悪い!虚勢を張るのも大概しろ!」
普段の戯けるような丁寧口調がなくなっちゃってるよ。てか、調教って虐待の間違いではなくって?
それにここはあくまで強者だと言い張るのね。
「虚勢か…虚勢ね。確かにこれは虚勢なのかもな…
「だったら!」
…でもよ、俺にはお前を馬鹿にできるほど虚勢を張る余裕がある」
「んな馬鹿な。所詮私に恐怖して絞り出したようにしか思えませんがね」
あぁ、確かに最初は怒りとともに恐怖という感情が蠢いていたように思える。だけど、さっき漸くはっきりした。
「俺は確かに恐れはしたが、それは決して畏怖では無い。逆に俺のこの余裕の態度を見て1番畏怖しているのは貴様自身だろ?」
「ち、ちg「いーや、違わない」…?!」
「お前は自分が畏怖していることを知っていて見て見ぬ振りをしている。この場合感じ感じぬ振りかもしれんが。
それを認めてしまえば、お前にとって弱者だと思っていた勇者のハズレである俺に負けたことになってしまうから。
ひとつ、いいことを教えてやる。
恐怖には様々な要因がある。その要因のひとつとして『敗北』がある。戦う前から敗北という恐怖に犯されてしまえば、誰しもが意欲を削がれる」
俺とシウバがこの場で相対した時点でシウバの敗北は決定的であった。
己を強者と自負する者達がどれほど脆かったかなんて零蒔の『現在』からの記憶からいくらでも知ることが出来た。そしてそういう者達に限って弱者を虐める行為をしたがる。
自身より弱い者を虐めなければ自らを誇示することが出来ない憐れな人間の出来上がりだ。
俺はそんな奴らが当然のように息を振りまく行為が途轍もなく気に食わない。
恐らく、俺が『過去』の記憶のままであってもそれは許されない行いだ。
「お前は狂ってはいるが戦いの根本を知っている。己が敗北してることを既に理解していてもそれを認めたくない。
認めてしまえばお前には逃げる選択肢しかないんだからな。
ただ、さっきのでお前は冷静さを取り戻してしまった。既に貴様は、逃げるという選択肢をもう使っちまってるんだよ。
故に貴様にはだいぶ前に気付かず放棄してしまった戦うという選択肢しか残されていないんだよ。
嫌でも戦わないといけない相手が目の前にいるんだけどよ…気分はどうだろうか?」
素人にとっては暴論だ。意味わからない。とでも言うのではないかと思われる弁ではある。
しかし、彼《零蒔》の歩んできた世界と、狂人の歩んできた世界では、
【世の理に辿り着こうとする意志があるのであれば逃避か戦闘かの違いを理解しなければならない】
と幾度となく言葉による継承ではなく伝統による継承でもなく、自然による継承により受け継がれる意思を自覚せず無意識に植え付けられている。
零蒔は神秘を追求し、シウバは人の感情の神秘に嫉妬し憧れそして狂ったように求めた。
2人はそれぞれの己の世で各々の理を目指した。無論、この2人だけに限ることは無い。
理を目指す者達は誰もが生死の区別を理解出来る。完璧にとは言わないが、少なからず生死の区別が出来ないのであれば、理を目指す権利を得られない。
だから、シウバは既に敗北していることを知る余裕も逃げる余裕もなかった。
シウバは目の前にいる死神に狩られる恐怖をどう脱するか、その狂った脳で更に狂わせる様に模索した。
それでもシウバには戦う以外のカードはなかった。冷静になって周りが見えても分からなかった。
そして敗北という恐怖の別に零蒔には畏怖した。
彼は、零蒔には自分に勝てるはずもないのにそれを知っている私は怯えてしまったのか、ということに。
ここで初めて自分が零蒔という存在について誤認していたことを理解した。
シウバには目の前にいる八鍵零蒔という人間が果たして、あの火山の頂上で出会った弱者であったのだろうか。今自分の目に写っている人間はほんとに八鍵零蒔であるのかシウバには分からなかった。まるで覇気が違った。
自分があの時見たあの存在は覇気というものが全く持ってなかった。だが、今自分が見ている存在はまるで別人のような雰囲気を纏っている。
シウバは纏まらない思考のまま野性的のような本能的のような何かが無意識に働き相対する八鍵零蒔という存在に対しての認識を導き出した。
『彼は八鍵零蒔ではあるが全くの別人である』
正確には八鍵零蒔ではあるがレイジ・ヤカギでは無いが正解だろう。
話を戻すとしよう。
シウバがなぜ彼を畏怖していたのかということだが、それは零蒔という存在が明らかに前回までとは異質すぎた故だ。
火山では王都に危険が迫っていると聞くと明らかに焦ったように憎しみのような感情をシウバに向けていた。しかし今では、レナウラやアリアが目の前で痛めつけられましてや長老は死んでいる状況にも関わらず顔には焦りを見せず、言動には冷静さを欠かさず、行動には冷酷さがあった。それはまるで目の前で起きている悲惨な状況がなかったかのように無関心を貫いていた。
レナウラやアリアが必死にシウバに攻撃している中、零蒔はただその光景を眺めていた。
シウバに失望したかのような眼差しを送りさらに煽ってきた。
そんな異質な光景を目の当たりにして恐れるものが居ないはずがない。
シウバはそう認識せざるを得なかった。
本来ならばレイジなど本気を出さずとも勝てるような存在であった。しかし目の前に戦闘に関して明らかにシウバより上位に立つ零蒔がいる。
シウバ自身、彼の言っていた逃げる選択肢はないという言葉が真実だとわかっていた。
誤認して初めて理解した。自分の思考は全て彼には読まれている。先程までの焦りも全て計算のうちだろう。
「ははは…実に不愉快ですよ。私は気づかないうちにこれほどまで追い詰められていたとは…」
シウバは乾いた声で続けた。
「あなたは私がこうなると分かっていたんですか?」
自分の考えがあっているかのように零蒔に尋ねた。自分があの場面で自分が冷静さを取り戻した段階で逃げておけばよかったと後悔した。
あの時は冷静であったのか否かと言われたら冷静ではあったのだろうが、適切な判断を下すことが出来るほど深刻に考えられるほどの思考ではなかった。
本心では薄々感づいていたのだろう。零蒔の雰囲気が違うということに。その違いを理解する以上に「零蒔は自分より弱い」という考えの方が強く現れていたから逃げることをせず彼に向き合ってしまった。その時既に彼の思惑通りにことが進んでいるとは知らずに。
「知っていたからといってどうするんだ?俺としては知っていなかったらこんなことしないだろ。それにどっちみち俺が俺として確立した時点でお前は俺には勝てないよ」
零蒔は冗談笑いで応えた。
それを聞いたシウバはどこからか自前のステッキを出すと臨戦態勢に入った。
シウバは戦いたくないけど戦わなくてはいけないと操作されたようにシウバはステッキを手にした。それは愚かにも絶対に勝てる筈もない敵を目の前にいるかのように、勝つ望みが無いとしても戦わなくてならない考えが頭の中を埋め尽くしていた。
「私はあなたを見くびっていたようです。無謀でも私は戦います。あなたを殺して私は生き延びてあなたの脅威を意味はなくても彼女らに伝えなくてはならない」
俺は勝てる希望がなく絶望に打ちひしがれ無理に戦おうとする臆病者はあまり好きではない。(強制的にではあるが)逃げずに戦う時点で嫌いでは無いが嫌々戦う者を好意することはしたくない。逆に無謀でも戦う意味がはっきりとし生きようとする者は本物の武人だと思っている。
俺はそんな武人を好きでいたいしそれがどんな人格を持っていても俺はそんな奴らの行いを否定することもしない。
勝てないと知ってても勝とうとする愚か者には手は抜きたくもない。
「俺はあんた以上に狂っている人間を何人も見てきたし戦っても来た。狂人ランキング的にはあんたは最下位だよ。良かったな!」
「こんな時でも余裕を見せますか!私はもうあなたを舐めてかかることなんてしません。
『ウル・ドーラ・ヴォルグ』
最初からあなたを潰しにいかさせてもらいます」
シウバは無詠唱で魔法を唱えると零蒔の上空周囲に100本程の黒い炎の良いな槍を顕現させた。
槍が全て顕現したあとそれは無差別に零蒔に降り注いだ。
零蒔は最初戸惑いはしたもののこの魔法の欠点を着くために動いた。
この魔法は100本の槍が全て振り落とすまでにその槍を追って手を翳している必要がある。
槍が顕現するまでその場所に手を翳しそれを降り注ぐ座標に手を向けている必要があり、もしその途中で辞めると槍は空気中に露散する。
この槍が降り注ぎ終えるまで手の位置は固定しなければならない。そしてこの槍は同時に全て座標に落とせない。
見た感じこの槍に当たるとその場所から発火して対象を焼き殺すって感じか?黒い炎から察するに対象が焼かれるまで消えないかシウバが消すまで消えないのどちらか。掠りでもしたら致命傷だぞ。対象から外れても追ってこないというのがもう一つの弱点かな。
この槍は座標を目標としていて実体を目標としていない。
零蒔は態勢を低くしつつシウバに向かって素早く駆けた。
シウバは零蒔が槍から逃げると思っていたが万が一ということで、自分に直接攻撃してくると予想していたのか槍を零蒔を追尾するように変更した。
零蒔は後から迫ってくる槍を躱しながら腰に下げた黒刀に手を掛けた。
「抜刀」
シウバとの間合いを即座に詰めた零蒔は刀を横に薙ぎシウバを横に引き裂いた。
「ああああッ!」
斬られたシウバは悲鳴をあげながら地面に倒れた。
シウバは辛うじて息があるのか瀕死の状態で零蒔にぼそぼそと聞いた。
「なぜ…ゴフッなぜ!私を…ごろ、じはし…ながった…でずか!」
今のは完全に自分を殺せた!と言わんばかりの剣幕で零蒔に聞いたがそれに対して返ってきたセリフがあまりにもひどいものだった。
「お前なんか殺して俺に何の利があるのか」
零蒔はシウバを蔑みながら続けた。
「俺はお前らを殺す道理もない。お前らを殺したいと1番思っているのはあいつらだ。それを赤の他人である俺が殺すの間違いだろう?」
零蒔は後ろで無残にも倒れているレナウラとアリアを見ながらシウバの疑問を無くした。
零蒔はレナウラをおんぶし今は亡き長老を抱えてアリアの元に向かいアリアに治癒を施し歩けるか?と問う。アリアはそれに頷くと零蒔に支えてもらう形で立ち上がる。アリアは朦朧とした意識の中、零蒔に肩を貸してもらいながら零蒔に促されるままラントに向かって歩き出した。
零蒔はふと途中で歩くのをやめ、後ろで血を流して倒れている狂人に一言述べた。
「そんなに死にたきゃ勝手に死ね。それが嫌なら…この2人の復讐が終わるまで後悔しながら生きていろ」
「ふふふ…それは…いいですねぇ」
狂人が静かに答えたことは既にこの場にはいない4人には聞こえていなかった。
そこに残っていたのは戦いの呆気ない終着を知らせる美麗な森によって奏でられた風音だけが響いていた。
データで人を判断して外見をそれに付け加えるだけで人というものを推し量れるのであれば、この数千年はまるで無駄だったのかのように思えますね。




