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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅢ ~代償は、血と痛み~
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16 模擬戦

 日本空軍の新型GDである〈飛燕〉に試乗したいというジュダの申し出を、北極星は断ることができなかった。政府は〈スコンクワークス〉側に新型GDの試乗も含めた徹底的な情報開示を約束していたのだ。迷惑千万であるが、今さら現場の判断でひっくり返すことは不可能である。


 とりあえず準備が必要なので、試乗は午後ということになった。それまで昼食休憩である。準備のために越智は別行動となり、進、北極星、ジュダはぞろぞろと食堂に向かった。


 休憩といってもジュダの監視は継続しなければならない。体育館程の広さがある食堂の一角をパーテーションで仕切り、食事はこちらで用意した。外食したいなどと言い出されたら面倒だったが、ジュダは大人しくついてきた。


 進は基地の給養員に余分に作らせたカレーを一気にかき込む。早飯は武士のたしなみだ。戦いの最中にはのん気に飯など食っていられない。食事の時間はどうしても隙になってしまうのだ。


 給養員はジュダの分もカレーを差し出すが、ジュダは手をつけなかった。


「私は自分以外が用意した食事を口にしない主義なので」


 そう言ってジュダは持参してきたと思われるカロリーメイトをもそもそと囓り始める。思わず進は尋ねた。


「それ……おいしいのか?」


 こんなカレーの臭いが充満している場所にいて、カロリーメイトなどでどうして満足できるのだろう。心底疑問である。疑問に思いすぎて、不覚にもタメ口で尋ねてしまったくらいだ。


 実年齢はともかく見た目でいえばジュダだって相当若く感じられる。男装をしているせいで、中学生くらいの少年が無理してスーツを着ているように見えるのだ。女だと思って見てみても、とても自分より遙かに年上だと認識できない。


 進のタメ口を注意することもなく、ジュダは普通に答えた。


「グラヴィトンイーターである我々には味など関係ない。必要な栄養が摂取できればいい。そうでしょう、ミスター・カガヤキ?」


「いや、俺はそう思わないけど……。グラヴィトンイーターである前に、俺たちは人間だから……」


 ごく当たり前のことだと思って進は言ったが、ジュダは自嘲気味に笑った。


「ハハハ……私たちが人間? 私たちが人間なわけないでしょう? では聞きますがミスター・カガヤキ、あなたは何人の人間を殺しましたか?」


「それは……」


 進は口籠もる。何人殺したかなんて、数えたことはない。しかし確実に万を超えているだろう。荷電粒子ビームカノンを使ってアメリカ陸軍の機甲部隊を壊滅させたのは進なのだ。


「ミスター・カガヤキ、私たちは化け物です。だってそうでしょう? 私たちは何千、いや何万もの人間を殺しているのですから。私たちが人間のふりをする意味なんてありませんよ」


 どこか投げやりなジュダの言葉を、進ははっきりと否定した。


「それは違うと思う。俺たちは確かに人殺しだ。でも、人のために人を殺してるんだ。だから俺たちは、自分が人間であることを忘れちゃいけない」


 熱く語ってから進は気がついた。進は今、目上に対してかなり生意気な態度をとっている。途端に進は穴があったら入りたい気持ちになるが、ジュダはフッと笑みを見せ、進の考えを認めた。


「そうですね……。私たちは人のため、世界のためになら殺すことを厭わない。人のために戦っていること自体、私たちが人間である証明なのかもしれません」


 進は誰かを守るために戦っている。どんな強い力を持とうとも、その信念は変わらない。変わってはいけない。進はジュダの発言を強く肯定した。


「そうだよ。俺たちは人間として戦い抜かなくちゃいけないんだ」


「ふむ、ミスター・カガヤキ、あなたの考えは立派です。私はあなたのことをマーシャル・ホムラの金魚のフン程度にしか思っていませんでしたが、少し見直しました。私は長い戦いの中で、初心を忘れていたのかもしれない」


 ジュダはイカルス博士に次いで二番目に長く生きているグラヴィトンイーターだ。正確な数字は知らないが、ジュダは現在四十歳台だと言われている。十代の頃からパイロットだったという話だから、実に二十年以上も第一線に立ち続けてきた計算だ。長い戦いは、ジュダの心を摩耗させていたのだろうか。


 そしてジュダは言った。


「私は人の理性を信じています。いつか人が理性によって平和に暮らせる世界を作るためなら、私はいくら血を被っても構わない……!」


「……」


 進はジュダの言葉に賛同できなかった。ジュダの「理性による平和」という理想には、自分以外が目に入っていないような気がしたからだ。


 だからといって、進の「守るためなら殺す」という主義が、ジュダの理想を否定できるほどすばらしいものだとも思わない。結局進は守る対象に順番をつけ、進にとっての成恵である南極星を殺しているのだ。いくら多くの人を守ることができたといっても、進のあやふやな感情で選別したというそしりは免れない。


 また進は、力を持つことでかえって周囲の人々を危険にも晒している。力が危険を呼び込むが、力がなければ何も守れないという矛盾の解決策を進は持っていなかった。


 北極星は澄ました顔で食後のコーヒーを楽しんでおり、進とジュダの会話に入ってこようとはしなかった。ジュダが悪だとはいえないし、正義とも断定できない。同様に進を悪と断じることはできず、正義だと持て囃すこともできない。自分が犯した罪を背負い続けるのみである。


 北極星はグラヴィトンイーターがどうあるべきかという議論自体が、無駄の極みだとわかっているのだ。黙って己の信念を貫き通すのみで、余計な言い訳はしない。進は北極星らしいと思った。


 結局、ジュダは出されたカレーを食べなかった。



 さて、午後からはジュダが〈飛燕〉に試乗するのだが、ただ乗るだけでは面白くないと越智が言い出し、〈疾風〉で進が模擬戦の相手をすることとなった。


「……なんで俺なんですか?」


 進が尋ねると、越智は即座に答える。進が考えていることなど、越智はお見通しなのだった。


「だって、進君が〈飛燕〉の凄さを全然わかってないみたいなんだもん」


 進は〈飛燕〉が次世代機と呼べるほど進歩した機体には見えなかった。実装されているプラズマステルス機能は出力の関係で展開時間が限られるし、装甲やロケットエンジンは〈疾風〉のものの流用である。多少レールカノンの威力が上がったとしても、盾等を活用すれば凌げるだろう。


 進の見立てでは、〈飛燕〉の戦闘力は〈疾風〉の二倍程度といったところだ。二倍でもかなり強化されていると思えるかもしれないが、その程度なら新造しなくても〈疾風〉の改修で充分だ。〈飛燕〉は大いなる予算の無駄ということになる。


「〈飛燕〉はエレナちゃんの力があってこそ仕上がった機体なんだよ! 彼氏さんとして、彼女の努力は認めてあげないとね~」


 越智は進にそう言った後、越智は模擬戦闘をいかに実施するか説明を始める。模擬戦は〈飛燕〉ジュダと〈疾風〉進の一騎打ちではない。


 進が第305飛行隊の〈疾風〉を七機率いて、北極星とジュダの〈飛燕〉二機と戦うというシナリオだ。武装は72ミリショットカノンのみで、ペイント弾を使用する。


 戦場は茨城県沖の訓練空域で、ショットカノンの有効射程距離からスタート。つまり距離四キロから戦闘開始で、〈疾風〉有利なルールである。目視できる距離なので、〈飛燕〉のプラズマステルスがあまり意味をなさないのだ。


 いくら北極星、ジュダという古参パイロットが相手でも、〈疾風〉有利な条件でこちらの数は四倍である。また北極星、ジュダは新型機の扱いに習熟していない。負ける要素はないはずだ。



 しかし進の読みはあっさり覆された。進たちがいくら北極星とジュダを囲んでペイント弾を撃ち込んでも、命中弾が出ないのだ。


「的が小さい上に、速い……!」


 進はうめく。〈飛燕〉は〈疾風〉より一回り小さい。その分狙える面積は狭いし、軽量化されているのだ。〈疾風〉と〈飛燕〉は同じロケットエンジンを使っているが、重量の分、機動性に差が出る。


 〈疾風〉が〈飛燕〉の後ろをとっても、〈飛燕〉は直角にターンしてかわしてしまう。〈疾風〉でそんなことをしたら失速してしまうが、〈飛燕〉は速度を保ったまま〈疾風〉の後方を狙ってくる。


 この機動性の差は、重量だけの差ではない。飛行制御システム自体にかなり手が加えられているのだ。機動性が高い=機体が不安定ということであるが、GDに限らず戦闘機は不安定な機体をコンピュータによって制御し、驚異的な運動性能を実現している。なのでコンピュータの出来も機動性に関わってくるのだ。


 〈飛燕〉は〈疾風〉よりコンピュータのハードもソフトも進化している。限界ギリギリの機動を行った場合、〈疾風〉は速度を落とさなければ機体がバランスを失って空中分解する恐れがあるが、〈飛燕〉は速度を落とさず戦闘を継続可能だ。〈飛燕〉は〈疾風〉の安全マージンを超えた機動ができるのである。


「そっか、これがエレナの……!」


 進は北極星の反撃を回避しながらも気付く。感覚的に機体を制御するのがうまいエレナがテストパイロットを務めてるからこそ、〈飛燕〉はここまで安全マージンを削ることができたのだ。機体性能で〈疾風〉は〈飛燕〉に太刀打ちできない。


 とはいえ進たちに打つ手なしかというと、そんなことはない。機動性の高さだけで数の差を覆すのは無理だ。


 進たちは八機中三機に撃墜判定を受けながらも、ジュダと北極星を分断することに成功する。こうなればこっちのものだ。いくら〈飛燕〉でも僚機と連携できなければ、どうとでも料理できる。


 進は編隊を組んで僚機に〈飛燕〉が攻撃に移ろうとするのを邪魔させつつ、自分は攻撃に専念する。進の一方的な攻撃の連続でいくら凄腕の北極星、ジュダでもいつかは撃墜されてしまうはずだ。


 ところが進はいきなり後方からロックオンされる。目の前の〈飛燕〉は進たちの攻勢から逃げ回っているだけなのだが、いったいどういうことだ。こちらに前面を向けずロックオンなどどうやればできるのか。


 動揺する進に対し、前方の〈飛燕〉はこちらに振り向かずショットカノンを向ける。あんな無茶な態勢から撃っても、まず当たらないしバランスを崩すだけだ。進はそう考えて盾を構えるだけで回避機動をとらなかったが、〈飛燕〉はショットカノンを連射した。


 〈飛燕〉は姿勢を崩すことなく安定飛行を続け、進の機体は盾の隙間から太ももにペイント弾の一発を受け、撃墜ということになってしまう。


 撃墜判定を受けてから理解したが、進をロックオンしていたのは前方の進を撃った〈飛燕〉でなく、離れた位置にいるもう一機の方だった。進を撃墜した〈飛燕〉はデータリンクを使って進をロックオンしたのである。搭載されている新型アヴィオニクスの性能を活かした攻撃だった。


 〈疾風〉組はすぐに殲滅され、訓練は終わった。

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