17 同時テロ
訓練終了後、基地の応接室でジュダは〈飛燕〉の資料を受け取る。一日がかりの土浦基地査察もこれにて終了だ。この後ジュダは筑波市内のホテルに一泊し、明日には木星級重力炉を査察するという。当然、進と北極星も査察には同行するので、気の抜けない時間は続く。
応接室には進、北極星、ジュダの三人しかいない。ジュダは一通り資料に目を通した後、鞄から分厚い冊子を取り出し、北極星に渡した。冊子を見て北極星は驚く。
「これは……!」
「〈スコンクワークス〉で開発中の〈バイパー改〉の設計資料です。是非、〈飛燕〉の参考にしていただきたい」
ジュダは次々と机の上に資料を並べていく。新型GDの設計資料といえばかなりの重要機密だろうに、ジュダは惜しげもなく全てを開示した。
「必要であれば試作機もハワイから送らせましょう。プロフェッサー・オチに伝えておいてください」
「何を考えている……?」
北極星の問いにジュダは平然と答えた。
「私たちの理想を実現するためには、科学をもっと進歩させる必要があります。〈スコンクワークス〉が技術を独占する意味などない……。これがドクター・イカルスの意志です」
ここで受け取りを拒否しても、別ルートで送られてくるだけだろう。そして越智は喜々として成果を自分の研究に取り込むに決まっている。北極星はジュダが用意した資料を受領した。
「ありがたく受け取っておこう。今日はこれで終わりだ……。ホテルまでは部下に送らせる……」
そこまで北極星が話をしたところで、けたたましい警報が鳴る。すぐに基地内放送が警告を発した。
『基地内に侵入者あり……! 総員、第一種戦闘配備……!』
「行くぞ、進!」
「ああ!」
進と北極星は司令室に急行するため、応接室を飛び出した。
結論からいえば、進も北極星も司令室へ行くことができなかった。基地の通路が負傷者に埋め尽くされ、とても動ける状況ではなくなっていたのである。
「おい、いったい何があった!?」
北極星はぐったりした戦友を肩で支えて基地内まで退避してきた若い兵士に問い掛ける。兵士は興奮した様子でまくしたてた。
「焔元帥、やつら、やりやがりました! やつら、化学兵器を……!」
通路で倒れている兵士たちを見れば、皆目を押さえて涙を流し、呼吸を荒げていた。敵は毒ガスをばらまいたのである。
致死性のガスではないようだが、だからといって許されるわけではない。国同士の戦争であれば化学兵器禁止条約違反だ。製造や貯蔵が疑われれば、かつてならどこかの超大国が正義のために戦争を仕掛けてもおかしくない。
「くっ……! 進、私たちで戦うぞ!」
北極星は決断する。グラヴィトンイーターである進たちなら、毒ガスなど効果はない。普通に戦うことができる。進と北極星は後送されてくる負傷者を掻き分けるように、最前線へと向かった。
敵はすでに基地内に侵入していた。専用GDは展開できない。日本空軍基地隊警備隊は通路にバリケードを作って軽機関銃を備え付け、敵を迎撃していた。動けているのはガスマスクを装着できた数人だけなので、これが精一杯なのである。予算不足が影響して全員分のガスマスクを用意できていないのだ。基地防備の薄さが露見していた。
敵は旧アメリカ陸軍保守派のようだった。ここに至るまでに訊き出した情報では、三百人前後の軍勢が毒ガスとともに奇襲を仕掛けてきたとのことである。日米の和平によって筑波を外国人が訪れることも多くなっていた。敵は観光客、ビジネスマンに紛れて少しずつ筑波に移動し、集合して襲撃を仕掛けてきたようだ。
進と北極星も基地警備隊に加勢して手持ちの拳銃を撃つが、焼け石に水である。進や北極星でも専用GDを展開できない以上、普通の兵士と変わらない程度の働きしかできない。
いっそ天井を破ってでもGDを出せば……とも思うが、毒ガスが散布されている以上、そんなことはできない。天井に穴を開ければ、当然そこから毒ガスが侵入する。下手なところを破壊すれば、今はガスから味方を守っている空調設備を伝って建物全体にガスをばらまくことになってしまう。
進たちにできるのは、テロリストのこれ以上の侵入を防ぎ、陸軍の救援を待つことだけだ。敵はGDを連れていないようなので、粘っていれば逆転できる。ただし、それはこれ以上敵に増援がないという前提があってこそだ。あるいは進たちが基地に閉じ込められている間に別の敵が侵攻したという事態が起きても大変なことになる。
進と北極星が前線での戦闘に参加してからおよそ一時間後、急報は届けられた。
「焔元帥! 稲葉少将から連絡です! 春日第二高校がテロリストの襲撃を受けているとのことです! 稲葉少将は救援を要請しています!」
「なんだって!」
敵と戦っている最中であることも忘れ、進は叫んだ。
○
「焔先生、また休みなんだ」
「朝は来てたのにね」
「焔先生って、実はどこかの社長さんなんでしょう? 仕方ないんじゃない?」
北極星に代わって体育館にいた稲葉を見て、女子生徒たちは根も葉もない噂話をしていた。今日の稲葉は北極星の代理として体育の授業で女子を受け持つ。バレーボールの指導と試合の審判で一日を過ごすのだ。
普段と比べればのんびりとした仕事であるが、油断は禁物である。何かあったときには、稲葉が独力で対応しなければならない。
北極星が手配して常駐させている警備員は八人だ。警備員は全員陸軍のOBであり、拳銃と警棒で武装している。小銃、機関銃も用意はしてあるが目立ちすぎるので携帯はさせていない。残念ながら、とてもテロリスト等の本格的な襲撃に対応できる戦力ではなかった。
こんなことになったのは政府の横やりが入ったからである。北極星は当初、特務飛行隊諜報部を警備員として待機させる予定だった。東京が無法地帯だった頃から裏社会での情報収集を担い、実戦経験も豊富な彼らを使うことができれば心強かっただろう。ところが東京の治安回復を至上命題としている政府は、特務飛行隊諜報部の東京投入を厳命してきた。
結果、北極星は特務飛行隊諜報部を東京から動かせなかった。しかし政府も進の身の安全については憂慮していて、陸軍と交渉して人を集めさせた。が、陸軍の方も関東近辺に残る反政府勢力の掃討で余裕がない。また、空軍の得体の知れない若造を護衛するという任務にあまり乗り気になれない。
こうして各勢力の思惑が絡まった結果、進が自費で陸軍OB八人を雇うという今の状況が完成した。陸軍が紹介したOBへの日当は高額で、一人あたり数万円である。ぼったくりではなく危険手当や秘密保持手当を含めるとこれくらい必要になるのだ。一月いてもらうと一人当たり百万近くに膨らむ。これに彼らの装備品や再訓練費が加わる。北極星がポケットマネーで援助しても、今の人数を雇うのが限界だった。
だからといって裏社会から安く人を集めるわけにもいかない。逆に間諜を招き入れるはめになる可能性が高いからである。
現役の軍人を使えない以上、陸軍OBの起用は最善の策だ。実際、陸軍OBたちの働きで一時期学校に押しかけていたマスコミ関係者は寄りつかなくなっている。稲葉としてはいざ有事というときに、手持ちの戦力で全力を尽くすのみだ。
時間が来たので、稲葉は授業を始めることにする。しかし点呼をとらせてみると、人数が足りなかった。名簿を見て、稲葉はつぶやいた。
「来ていないのは……煌と、楠木か……」
よりによって稲葉の正体を知っている二人が来ていない。とても注意しづらい上に、何か問題が起きた可能性がある。全く頭が痛い。
稲葉がどう対処するかと額に手をやったところで体育館脇の扉が開き、エレナと美月が飛び込んできた。
「すみません! 遅れてしまいましたわ! 稲葉先生、申し訳ありませんでした!」
エレナは殊勝に頭を下げる。隣で美月はふて腐れた顔をして立っていた。
ここは怒るべきところだろう。北極星なら美月に平手打ちの一発でもかましているかもしれない。体罰はしなくても、美月に退出を命じるくらいはするはずだ。しかし稲葉は毅然とした態度をとることができなかった。
稲葉を腕時計を確認して言う。
「……これくらいなら大目に見よう。早く整列しなさい」
エレナと美月は列に加わる。美月は稲葉に一言声を掛けるということもなく、列の一番後ろに並んで横を向いた。
稲葉だって軍人の端くれだ。遅刻者に拳で指導したことなど、長い軍人生活の中で何度もある。しかしそれは一分一秒の遅刻が大人数の生死に直結する軍隊だから許されることだ。学校教育で許されるかは別問題である。
また稲葉は美月がこんな態度をとる理由を知っていた。実の兄が殺し合う場面を見て、美月が冷静でいられないのは無理もないことだ。こうして美月が普通に学校に通ってきていること自体、稲葉はすばらしいと思う。なので美月が兄に殺し合いを命令している人間を前にして、挑戦的な態度をとるのもわかる。
ここまでわかっていてなお、教育的な指導ができるのが本当に良い大人なのだろう。だが稲葉には不可能だ。進やエレナのような子どもを戦わせているという罪の意識が頭をもたげ、何も言えなくなってしまう。
(私はやはり教育者の資格はないな……)
女子生徒たちが準備体操をする姿を見ながら、稲葉は実感する。守るべきものを失ってなお、稲葉は歯車の一つとして戦いを続けている。そんな稲葉が教えられるものなど、何もない。
ただし稲葉はいくら罪悪感を感じても、仕事ならきっちりこなす。稲葉はつつがなく授業を進行し、バレーの試合の審判をする。思い切り体を動かすことで多少は吹っ切れたのか、美月も笑顔で試合に参加していた。
と、そこに警備員からの無線が入る。内容は、不審な人物が校門付近をうろついているというものだった。稲葉は一旦生徒たちから離れ、即座に指示する。
「小銃の携帯を許可する。二人一組で接触しろ」
マスコミの攻勢も一段落したこの時期に不審者とは珍しい。それだけに警戒が必要だ。ガードが堅い(と思われていた)間は静観していた慎重な連中が、本気の攻撃を仕掛けてくる可能性がある。幸い、授業中で生徒の目が少ない今であれば、小銃を持たせるのにも支障はない。不審者にはできるだけ重武装で臨むべきだ。
稲葉の指示は的確だった。しかし、事態は稲葉に対処可能な範囲を大きく超えていた。
警備員が「了解」と返事をする前に、轟音とともに体育館が揺れる。稲葉も生徒たちも立っていられず膝をつく。
稲葉が窓に駆け寄り外をうかがうと、校舎からもうもうと黒煙が上がっていた。空には〈疾風〉が二機、浮かんでいる。
「土浦基地はいったい何をしているんだ……!」
普通ならGDが接近すれば土浦基地からスクランブルでGDが出る。スクランブルがないということは、土浦基地に何か異変があったのかもしれない。
だからといってGDまで出てくれば、稲葉には対処のしようがない。稲葉はまず生徒たちに叫ぶ。
「皆、ここから動かないように! 皆、頭を抱えて伏せていなさい! 私は助けを呼んでくる!」
ほとんどの生徒は稲葉の言葉に従い、その場にしゃがみ込んだ。しかし、一人だけ稲葉の言うことを聞かず、立ち上がる生徒がいた。美月である。
「みんな、大丈夫! 私が何とかするから!」
美月の左手には、銀色の指輪が光っていた。
○
自分がやるしかない。外のGDを見たとき、美月はそう確信した。なので美月は立ち上がり、叫んだ。
「みんな、大丈夫! 私が何とかするから!」
美月の姿を見て、稲葉さんはあ然としていた。エレナも立ち上がり、美月に言った。
「美月さんがどうしてそれを持っているのかわかりませんが、危険です! 一人でどうにかできる局面ではありませんわ! ここで待機していれば助けは来ます!」
遅れて稲葉さんも美月を説得しようとする。
「……エレナ君の言う通りだ。私の耳に入っていないくらいなんだ。君はろくに訓練を受けていないだろう? いくら君に人間を超えた力があるとしても、何とかできる状況じゃない。相手を余計に刺激するだけだ」
冷静に考えれば、稲葉さんの言う通りかもしれない。でも、今の美月には戦う力があった。今までみたいに何もせず、黙って震えているだけなんてごめんだ。
だいたい、救援が来る保証なんてないのだ。美月の十六年の人生で、過激派のGDが筑波市内に侵入したことなど数度しかない。そして筑波市内に侵入した敵GDはすぐに迎撃を受け、叩き落とされていた。
にもかかわらずこんなところまで敵が来るくらいだから、進や北極星はもっと厳しい状況に置かれていると予想が付く。この場をなんとかできるのは美月だけである。
美月はエレナや稲葉さんを振り切るように外へと駆け出て、自分の機体を呼び出した。
「来て! 〈XXヴォルケノーヴァ〉!」
美月の影が前へと伸びて、真っ白なロボットが姿を現す。美月の専用GD、〈XXヴォルケノーヴァ〉である。
フレームは〈飛燕〉のものを流用しているのでシルエットは〈疾風〉によく似ている。頭部のアンテナは変更が加えられていて、まるで角のように一本の太い銀色のアンテナが前へと突き出していた。
この機体は〈飛燕〉のフレームに、次世代機のひな形となる〈Xヴォルケノーヴァ〉に搭載予定だったシステムを手っ取り早く積み込んだものである。〈Xヴォルケノーヴァ〉の実験機なので〈XXヴォルケノーヴァ〉というわけだ。
だが〈XXヴォルケノーヴァ〉には〈Xヴォルケノーヴァ〉に載せる予定のないシステムも積み込まれていた。
美月は周囲の重力子を消し、〈XXヴォルケノーヴァ〉に飛び乗る。首の付け根からコクピットに滑り込み、シートに座る。戦闘準備はまだ完了していない。
美月がシートに座った瞬間、コクピットの脇から複数のチューブが伸びてきて美月の背中に針を立てる。激痛とともに薬物がチューブを通して美月の体に流れ込み、戦闘システムが起動する。
「お兄ちゃんを殺しに来たやつら……絶対に許さない! 私が殺してやる!」
眼前のGDたちに美月は衝動の赴くままに吠えた。




