54 また旅へ
「アルス君。混乱しているところ悪いのですが、一体どういうことなのか説明していただいても、よろしいでしょうか?」
フィノが俺に問いかけてきた。
俺は「うっうっ」と半泣きしながら答える。
魔王との戦い終盤──カイエルの攻撃魔法を受けたあと、魔王が放ったオーラ。
あれが実は『種付けブレス』だったことを伝える。そこへリューエンさんが、さらに言葉を重ねた。
「種付けブレスの上書きをしてしまったことで、僕がアルスさんに施した一時的な解呪が消えています。その証拠に、瞳の中の『月』が消えてしまっているんです」
「やっぱり、そうだったんだ……! リューエンさん、種付けブレスの呪いをまた一時的にでも解くことはできますか?」
「さすがに魔王の呪いとなると、強力すぎて解呪できる人間はこの世にいないんじゃないでしょうか?」
「ほんのちょびっとでも?」
「ほんのちょびっとでも。無理です」
ガクリと肩を落とす。そのまま床に手をついた。
うっうっと嗚咽がこぼれる。男に戻る術が絶たれた現実に、俺はむせび泣いた。
泣いている俺に向かって、ヴァルドが「なぁ」と声をかけてくる。
「前にお前は『女だと良くない未来になる』って言ってたが、魔王を倒したんだから、もう大丈夫だろ。そんなにクヨクヨすんなって」
(──は?)
ヴァルドが軽い調子で言った言葉にカチンときた俺は顔を上げ、立ち上がる。
キッとヴァルドを睨みつけ、次にフィノもカイエルのことも睨みつけた。
(お前らはいいよな『する側』──だからよ!!)
「どんな未来か教えてやろうか? 毎日お前らとエッチなことをする未来だよ!! 童貞を捨てられないまま、逆ハーレムなんて、そんなふざけた未来なんか俺は望んでねぇええええ!!」
そこまで叫んで、はぐっと口を噤む。
つい、勢いで女勇者のエンディングの内容を喋ってしまった。
チラッとあいつらを見れば、「へぇ……」「なるほど」「…………」といった反応をしていた。
やつらの身体から、フェロモンのようなオーラが立ち昇り始める。
俺は思わずズザッと後ろに下がった。
悪寒と鳥肌が止まらない。
「俺様はてっきり、良くない未来っつーから、魔物が溢れ返ったりするのかと思ってたが……」
──ヴァルドは額に垂れた数本の前髪をかき上げながら、唇を舌で舐めながらこっちを見る。
「そうですねぇ。私もまだ世界に平和が訪れないのかと思いましたが、どうやら違ったようですね」
──フィノはいつもの胡散臭い笑みにさらに胡散臭さを増していた。
「俺とエッチなこと……逆ハーレム……」
──カイエルは顔を真っ赤にしながらも、俺のことを「逃がさない」と見つめてくる。
「ふっ──!」
俺は瞬時に、床を蹴った。
しかし、俺の考えを読んでいたヴァルドは出入り口を塞ぎ、太い腕で俺を抱きとめる。
「逃がすかっ!」
「くそっ! 放せ!!」
ジタバタと暴れる俺の後ろから、フィノとカイエルが近づいてくる。
振り返ると、フィノの手にはいつの間にか縄紐が握られていた。
「ヴァルド君、そのままでお願いします」
「ちょっ! フィノ、何すんだ!?」
全身、縄でグルグル巻きにされた俺は、まるで蓑虫のようだ。
足先だけが無事で、俺はその場をぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「アルス。一度、城に戻って王様にお礼を言わないと。あなたを回復するために城の回復薬を大量に使わせてもらってますから」
「それは、そう……だな」
カイエルに言われて、俺はまだ王様に謁見していないことを思い出した。
魔王討伐の報告は、ヴァルドたちから聞いているかもしれないが、やはり俺からも改めてすべきだろうと思った。
「リューエン殿。魔力の回復薬をお持ちでしたら、いただいても?」
「ええ。どうぞ」
カイエルはリューエンさんから回復薬を譲ってもらうと、それを飲み干した。
魔力を回復したカイエルが転移魔法を唱え始める。
「あっ、ちょっ! 魔法を唱えるなら外でっ! ああああ、また紙がぁああああ!!」
またしてもリューエンさんの家の中で暴風が吹き荒れ、俺たちは彼の家の中を滅茶苦茶にしたまま、ここを去ったのだった。
**
「なるほど。そうであったか。勇者が『女』になったと聞いたときは驚いたぞ」
王様との謁見。
俺は片膝をつき、頭を下げながら、これまでの経緯を話した。
『種付けブレス』が人にも効果があることに驚かれ、今後は宮廷魔導師や錬金術師たちを中心にその謎を解明していくことを告げられた。
「しかし、残念だ。そなたが男であれば、爵位を授け、我が姫を嫁がせようと思っておったのだが……」
(──くっそぉおおおおお!)
俺もそのつもりだったんです……!!
「王様。俺はこの後、魔王の呪いを解くために旅に出ようかと思っています」
「なんと旅に? 城で宮廷魔導師たちと解明しないのか?」
「……実は、〈東の賢者〉の元へ行ってみようかと思っております」
「東の賢者か。なるほど。確かに訪ねてみてもいいかもしれんな」
リューエンさんと犬猿の仲である東の賢者。
もしかすると彼ならば、また何か違う情報や方法を知っているかもしれない。
王様との謁見を終えると、俺たちは部屋を出た。
廊下に出た途端、ヴァルドに腕を掴まれる。
「……なんだよ?」
「お前は逃げ足が速いからな」
チッ! バレていたか。
「俺様もついて行くからな」
「え? な、なんで?」
「そんなもの、お前と一緒だったら楽しいからに決まってる」
ポカンとした顔でヴァルドを見上げると、やつはニヤリと笑った。
「そんで、もし男に戻れなかったら、遠慮なく俺様の胸の中に飛び込んでくればいい」
「はぁ?」
「女ってのは面倒なのが多い。一晩程度の付き合いだったらいいが、ずっと一緒にいる人間となると正直お断りだと思っていた。たが……お前は別だ。中身が『アルス』ってんなら、気も楽だし、一生退屈しなさそうだからな」
「ちょっとお待ちなさい、ヴァルド君」
スッ……と、ヴァルドと俺の間を割り込んでくる人物──それはフィノだった。
俺の腕を掴んでいた手がヴァルドからフィノに変わり、こいつは俺に顔を近づけてきた。
「もしも、の話でしたら、私も立候補します。アルス君、私は常々、神殿が孤児院にいる子どもたちを導くのであれば、神官も家庭を持っていてもいいと考えていたのですよ」
「……それが俺と何の関係が?」
「神殿の改革、それが私が目指しているものというのは、以前お話したはずです。そのお手伝いをアルス君にお願いできたらと思いまして」
「それって俺にお前……結──」
「アルス!!」
フィノに言いかけた言葉を遮られる。遮ってきたのはカイエルだった。
カイエルはフィノを押しのけると、王城の廊下で片膝をつき、俺の手を取った。
「──俺と結婚してください!!」
「断る!!」
「なっ!? なぜですか!?」
「なぜって決まってるだろ! 俺は男だっ!」
カイエルの手を思いっきり振りほどくと、廊下をダッシュする。
すると、三人も俺を追いかけてきた。
「アルス! 待てっ! 待てって言ってんだろうがよ!!」
「そう言われて待つやつがいるか!!」
ヴァルドが叫ぶ。俺も叫び返した。
「アルス君! 私ともう一度話し合いをしましょう!」
「手に縄を持って言うセリフじゃねぇな!?」
後ろを見るとフィノがまた物騒なものを手に持っていた。
「アルス! 待ってください! 俺と結婚しましょう!」
「だからー! なんでそうなる!?」
カイエルの顔が赤い。耳も赤い。カイエルのプロポーズの言葉に俺は「もしや」という考えが止まらない。
脳裏には『女勇者のエンディング』がよみがえる。
あいつらの瞳の奥に欲望の炎がチラついている気がした。
このまま本当に『男』に戻れなければ、ゲームのエンディング通りになってしまう……!
(嫌だ……! 俺は絶対に戻る……!)
『男』に戻ってみせる……!!
「お前たちとのエロエロエンドなんて、絶対に嫌だぁあああああ!!」
銀糸の長い髪をなびかせる。
胸を揺らしながら俺は走り続けた。
こうして俺たちは、また新たなる旅へと出るのだった。
【完】
これにて一旦完結とさせていただきます。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
執筆中は作品フォローや評価、リアクションに大変励まされました。
ありがとうございました。
また、面白かったよ、等ありましたら、評価、コメントなどでお知らせいただけますと大変嬉しいです。次作を書くときの励みにもなります。
改めて、アルスたちの物語にお付き合いいただきありがとうございました。
またどこかの物語でお会いできますように。




