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最悪な男。  作者: manics
9/9

9話

「なに年寄りじみたことしてんだよ、日向の縁側に座ってんじゃねえぞ。」

「ちょっと考え事してただけだってば・・・って何その格好!」


シャワーを終えて出てきた仁の口調はいつもどおりで私は口答えしながらも仁へと視線を向け、驚く。下はジーンズを穿いてはいるものの、上半身は裸のままでフェイスタオルを首から提げたままの格好だったからだ。


「なにってバスローブもないんだから仕方ねえだろ。Tシャツもまだ乾いてないんだし。」

「そ、それはそうだけど。なんかブランケットでもかぶってたら?」

「シャワー浴びたばっかだからいらねえ。それよりも俺にもお茶くれ。」


至極当然な言い訳をされてしまえば、それ以上は私も何も言えない。けれど目の前に半裸の男がいれば私だって落ち着かないのは当然だと思う。私はその動揺が仁にばれませんようにと急須に沸かしておいたお湯を入れると湯飲み茶碗に注ぎいれる。ふんわりとした湯気がたった湯飲み茶碗を仁へと渡そうとすると、それよりも前に私の隣にどかりと座るとお茶の入った湯のみ茶碗を持ち上げて飲んでいた。


ほかに座る場所といえばこのソファかベッドくらいしかないけれど、普通よりも手狭なこのソファに仁が座れば嫌でも身体がくっついてしまう。私はなるたけ仁のほうを見ないようにと一口またお茶をすする。


「そういえば仁ってすごい会社で営業してるんだってね。私、会社なんて知らないからどんだけすごいかエリカにみっちり教えられたよ。」

「お前が知らないのは会社だけじゃないだろうが。それに俺がどんな会社で働いていようと、俺は俺だ。お前はそれだけ知ってれば充分なんだよ。」


軽い悪口のようだけれど、本当は私のことを気遣ってくれているのがわかる。私は何だか嬉しくて会話を続けた。


「仁がいきなり婚約者だなんて自分のこと紹介するから驚いたけど、私に気を使ってくれたんだよね。元アルバイト社員が今のこと紹介するには私には何もなさすぎたし。」

「・・・あれは俺のエゴみたいなもんだ。それでお前にも迷惑かけたし。」

「エゴ?別にエリカたちのことだったら気にしなくていいよ。あんな動揺してる彼女たち見るの初めてだったし。」


騒がれたはしたけど悪意はまったく感じられなかったし。むしろ仁がいてくれてよかったと思うくらい。


「違う。榊っていう男のほう。お前の元彼氏だった男。」

「えっ!知ってたの!?」


私は思わず仁のほうを向くとその横顔をじっと見つめる。

そんな素振りも私は見せていなかったと思ったのに。最初の榊さんに会って動揺していたとき?


「最初に私が榊さんと挨拶したときに私の態度がおかしかっただけでわかったの?」

「・・・・付き合ってた当時から知ってた。」

「え!?ストーカー?」


うわ、睨まれた。でもさ母親にさえ言ってない彼氏のことをなんで隣に住んでただけの仁がそこまで知ってんのよ。


「お前、その頃会社の帰りにあの男の車で家の近くまで送ってもらってただろ。俺の帰宅時間とぶつかる時はいつもうぜえと思ってたんだ。」


それってデート後に送ってもらった時のことだよね。あんな遅い時間まで仁って働いてたんだ。

っていうかうざいって何よ、それ。


「でもしばらくしたらそれもぱったりなくなっただろ。おまけにお前は酒飲んでは部屋で泣いてるし。あれであの男に振られたんだなってわかったんだよ。」


そういえばあの頃は契約期間も終わって、私は家で呑んではご飯を食べに来ていた仁に呆れられた覚えがある。あの時すでに気づいていたなんて。


「え、でもちょっと待って。それでなんで仁のエゴで私に迷惑かけたと思ったわけ?」

「あの男のお前を見る視線が気に食わなかったんだよ。それで婚約者だと紹介したら、お前があいつに言い寄られてるのを見たし。」


言い寄られてるっていうか、あれは仁と婚約した私への嫌味というか、あ、そうか。


「自分のせいで私が榊さんに迫られてると思ったの?」

「あんな場所で至近距離で話されてたら、普通はおかしいと思うだろうが。」


お茶を飲み終え、湯飲み茶碗をおくと仁は首からかけていたタオルで頭をがしがしと拭いている。

その動作がまるで照れ隠しのようで私はもう少しだけ突っ込んで聞いてみたくなった。


「ねえ嫉妬した?したんだよね?昔の彼氏と私がふたりっきりで話してるんだから。」


私は身を乗り出して、仁の顔をもっと見ようと顔を覗き込んだ。


「・・・てめえ、調子にのんなよ。」

「いいじゃん、教えてよ。少しは心配くらいしたんでしょ?乗りかえられたらどうしようかとかさ。」

「んなわけあるか。なんで俺があの程度の男のことで心配するんだ。」


すっごい自信。でもそう飄々と答える仁は確かに榊さんよりもいい男であることには違いはない。

でもそんな仁でも苦手なアルコールを飲んでまで私を助けてくれたというのは、それだけ私を大切に思ってくれてるって考えてもいいんだよね?


「仁、ありがと。私も仁のこと好きだよ。」


素直にお礼を言ったつもりなのに、目の前の仁は驚いたように言葉をなくしている。

あれ?もしかしてまた私の勘違いだったの?


「仁?私、なんか間違って、」

「なんでお前はいつもそう突発的なんだ。」


尋ねようとした言葉を仁は遮るように言うけれど、私には何が突発的にしているのかがわからない。けれど私はじっと私を見下ろしている仁の瞳から自分の今の格好へとなんとなく視線を移した。


片手に湯飲み茶碗はいまだ持っているものの、私の格好は仁をからかっていた時に身体を乗り出していたからなのか、ふたりの間にはもう距離がない。っていうか密着しすぎていた。

おまけにさっきまで見まいとしていたはずの仁の上半身が目の前にあって、私は急に自分のしている行動と言動に火がでるくらいに恥ずかくなった。


「顔真っ赤。なに、まさか恥ずかしいとか思ってんじゃねえだろうな。人のTシャツ脱がすまでしておいて。」

「だってあれはっ!い、いいから。ほら何か上にそろそろ被らないと風邪引くよ。私、なんかあるか探してくるから。」


視線を逸らして、テーブルの上に持っていた湯のみ茶碗を置くと私はブランケットでも探そうとソファから立ち上がった、と思ったのだけれど。


「ちょっとなんで私が仁にお姫様抱っこされてるの?」

「なあ、もう一回言えよ。」


腕を引っ張られた私はそのままストン、と仁の足の上に抱えられていた。さっきよりも近い距離で端正な顔立ちの仁に見つめられると、私だってどきどきしてしまう。


「なにを言えばいいの?」

「お前が俺のこと好きだって言え。」

「・・・それって強制して言わせるものなの?」

「さっきは自然と口にして言っただろうが。」

「さっき聞こえたんならいいじゃない。」

「てめえ・・・。」


仁の言っている意味はわかる。婚約しているといってもいつも通りの仁に、甘えることができない私。さっきの仁に好きって言った意味だって幼馴染に言う感覚のつもりで言ってしまったのだ。

けれど急に素直になるのには私だって勇気がいるんだから。


「じゃあ仁から言ってよ。」

「なんで俺が言うんだよ。」

「最初に言ってくれたら私からも言うから。」


私の提案に仁は苦い表情をする。こんな場所で、この体勢で今更私たちも何をやってるんだろうかと思うけど。仁の性格から言って甘い言葉を吐くなんて出来ないだろうと踏んでの提案だったのに。


「好きだ。俺にはお前しかいらない。」

「え?」


私の思惑とは別にあっさりと、というか思っていた以上の言葉を聞いて私は思わずまじまじとその瞳を見つめてしまった。


「お前のその抜けた性格も、突拍子もねえ言動と行動も、わけのわからねえ服装のセンスも。

全てひっくるめて俺はお前が好きだ。」


普通だったら突っ込むところなんだろうけど、仁の真剣な目と抑揚の利いた声で私は怒ることもできずにただじっと見つめている。

あまりにも見つめすぎていたためか、仁が今度は訝しげな表情を浮かべた。


「おい、何か言、」

「好き。大好き、仁。」


仁の言葉を遮るように私は一気にそう口にすると、私自ら仁の首に両手をまわすとそのまま顔を近づけ、キスをした。

私には仁のように心を揺さぶるような文句は言えないし、そんなのが似合わないということもわかっている。だから私は、私でできる精一杯の表現で仁に気持ちを伝えることにしたのだ。


最初は驚いた反応をした仁も私の唇に合わせやすくしようと、私を抱きかかえる。そうしてしばらく二人の唇が重なり合い、濡れた音が私たちの耳に響くと、どちらからともなく、くすりと笑いの漏れる声がでた。


「やっぱりお前って突拍子ねえな。この俺がお前に振り回されてばかりだ。」

「仁だけが私をコントロールできるんだから、ちゃんとしてよね。」


言葉のわりにふたりの口元には笑みがあり、至近距離で見つめあう瞳には優しさが含まれている。

私の言葉に仁はにっと口の端をあげると、私をそのまま抱き上げて立ち上がった。


「ちょっと、仁?」

「お前ほど悪い女を俺はほかに知らない。ちゃんと責任もって俺の手元においておくさ。」


そう言うと仁は抱きかかえたまま歩いていく。見なくても、わかる。どの方向に歩いていってるかなんて。

それよりも今はただこうして仁の満足そうな表情にただ見惚れていたかった。













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