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8.土の匂い




 連行されてから2時間。

 私は絶賛放置され中です。


 土で造られた壁が、しっとりとした湿気を帯びていて涼しいこの小さな建物は、恐らく取調室。

 いいえもしくは留置所。

 高い位置にある窓にはしっかりと格子がある。

 逃げないですよ、誰も……。


 木製の質素な机と椅子に、部屋の隅には水が張った大きな壺と、その隣に木のコップ。それだけ。

 部屋は畳8畳ほどと小さく、物が少ないのに圧迫感がある。


「ここにいろ」


 と、鳥人間さんに言われて部屋に連れて来られてから約2時間。私は待ちぼうけを食らっているのだ。

 正直に言おう、暇だ!

 加えて言おう、怖い!


 これからどんな拷問が待ち受けているのかと想像するだけで全身鳥肌が出てくる。

 けれど待ちぼうけを食らい過ぎて、恐怖よりも暇だなっと思う気持ちのほうが強くなっている。

 断言しよう。これ以上待たされたら、私の頭の中は「暇」の二文字しか残らないでしょう。


 そう、一人悶々と考えていると、不意にドアが開いた。


「──お待たせしてごめんなさぁ〜い。貴女が異国から来たお嬢ちゃんねぇん。ウフン、可愛がってあげるわぁ〜ん」


 それは鞭を携えたムチムチボディの女性だった。

 ぎゃー! 拷問はやめてー!


「あらん、もしかして怯えちゃってるん? だぁ〜いじょーぶよぉ〜ん、痛いのは最初のうちだけ、だ・か・ら! ウフ」


 鞭の先が私の顎を撫でる。


 ひぃぃいいいいい!!

 拷問確定!? やめてー!


「何を遊んでいる」


 ムチムチのお姉さんの後ろから現れたのは、2時間前に会った鳥人間だった。


「悪いな、これはこういうヤツなんだ。気にしないでくれ」

「あーん、スヌヌちゃんひっどーい!」

「ちゃん付けするな! 様を付けろ!」


 鳥人間さん改め、スヌヌさんとやらはムチムチボディのお姉さんを足蹴(あしげ)にした。

 女性にその態度はないんじゃない?


「ゴホン。悪いな、なかなか手の空いている女性が見つからなくて。俺とコイツで話を聞くことにする」

「よろしくねぇ〜ん」

「よ、よろしくお願いします……」


 差し出された細く長く大きい手を、私はおずおずと握り返した。

 するとそのまま腕を引かれ、耳元に顔を寄せられた。


「実はあたしぃ〜、こう見えて『オ・ト・コ』なのん」

「え!?」

「あぁん、でもこのボディは本物よぉ〜ん。理想の体になりたくてぇ〜ん作り変えてる途中なのぉ〜ん」


 ふぅ、と甘い吐息を零しながら、お姉さんもといお兄さん(?)は耳元でそう囁いた。


「悪ふざけも大概にしろ!」


 ゲシッとまたお姉さん(?)は鳥人間のスヌヌさんに蹴られた。

 あれ?悪ふざけってことは、男だってウソ?


「俺もコイツも男だ。悪いな、本来ならば取り調べは同性の者が同席する決まりなのだが……」

「い、いえ、大丈夫です」

「……そうか。では始めるぞ」


 それから私は、この世界に来てからのことを掻い摘んでお話しした。

 と言っても、目が覚めて鳥人間がいたからビックリして逃げ込んだピラミッドで出会ったお兄さん(自称四十代)が泥棒だった、というだけのことだけど。


「──なるほどな。お前が逃げたお陰で、盗難の事実をいち早く知ることができたとも言えるな」

「そうねぇ〜ん、グッジョブよお嬢ちゃ〜ん」


 一々甘ったるくハートを振りまくお姉さん(男)の対応に慣れてきた私は、慣れたついでに聞いてみた。


「あの……」

「なぁにぃ〜ん?」

「私……どうなるのでしょうか……? できればお(うち)に帰りたいんですけど……」


 私の控え目な質問に、二人は顔を合わせて溜め息を吐いた。


「残念だが、それは無理だ」

「え……」

「あちらからは来れるが、こちらからは行けない」

「そうそう、こっちからあっちには行けないものなのん。ごめんね、お嬢ちゃん」

「はぁ……」


 よく分からないけれど、つまり帰れないってことですか。

 マジですか。

 え? ほんとに?

 ただ古本屋さんで『古代エジプト神辞典』を開いただけで、触っただけで、この仕打ちってないでしょう!?

 誰かウソだと言ってください……お願いしますよ神さまぁ〜!!


「でも安心してぇ〜ん! 流れ者(マジュラ)は国賓だから丁重におもてなしするわよぉ〜ん」

「正確には国賓ではないが……まぁいい。これに必要事項を記入して貰って問題がなければ国での暮らしは保証する。役目もあるしな」

「役目? 何か私するんですか?」


 待ってください、まだ頭が追いついていかないんですけど。

 まず帰れないところから詳しく話してくださいプリーズ!


流れ者(マジュラ)は神官補佐になるのが定例だ。例外としては……まぁいいだろう」

「普通は神官のお手伝いさんになるってことよぉん」

「しんかんの……お手伝い……」


 私の知能指数は幼児にまで落ちたのか、言葉を繰り返すことしかできない。


「そうだ。神官とは神の使い。つまり……」

「スヌヌちゃん達のことよぉん」


 お姉さん(男)は横の鳥人間を指差した。

 指されたスヌヌさんは気不味そうに身動いだ。


「……ゴホン。俺のように頭が動物、体が人間で生まれてくる者が一定数いる。そいつらをまとめて『異形頭(ワヒー)』と呼んでいて、俺達は全員神官でもある」


 ここまではいいか?

 と訊かれて、私は反射的に頷いた。


 頷いたけれど、理解しているとは言っていない。


流れ者(マジュラ)異形頭(ワヒー)の補助をして貰う。具体的には……」

「床の中から墓の中までよぉん」

「「は?」」


 私と鳥人間スヌヌさんの声がハモった。


「だからぁ〜ん、補佐官は神官のあれやこれまで面倒を見るものなのぉ〜ん。ね、スヌヌちゃん?」

「ち・が・う! ホラを吹くのも大概にしろ!」


 ゲシゲシッと蹴られるお姉さん(男)。

 あの、今冗談に付き合えるメンタルじゃないんですけど……。


「と・に・か・く・だ! お前はさっさとこれに記入しろ」


 ほら、と机の上に出された紙を眺める。

 英語で『氏名』『国籍』『住所』『年齢』『性別』『家族構成』『職業』という項目があった。

 渡された付けペンで一つずつ記入していく。


「あ……」

「なんだ?」

「私、日本人なんですけど、ここには日本語で書いて良いんですか?」

「ああ、問題ない。後で係の者が翻訳する」

「そうですか」


 泥棒のお兄さんが英語で喋っていたっていうのはウソだったのかな?

 それとも、言語は自動翻訳されるけど、文字は無理ってこと?


 謎が謎を呼び、私の頭はパンク寸前。

 そんな中、黙々と名前を記入していると、紙の一番下の空欄に見覚えのない英単語があった。


「あの……」

「今度はなんだ?」

「最後の欄は何を書けばいいのでしょうか?」

「ああ、そこはお前が書くところじゃない」

「そうよぉん。そこはあたしが書くところなのぉん」

「確認印的なものですか?」

「うぅん。この場合は『証人印』かしら」

「『承認印』ですか。ということは、スヌヌさんの上司なんですか?」

「うふふ、違うわよぉん。あたしはスヌヌちゃんの、オ・ト・モ・ダ・チ。そして貴女が……」

「おいっ!!」


 お姉さん(男)が何かを言い掛けた瞬間、スヌヌさんは机をバンと叩いて叫んだ。

 ビクつく私。

 舌を出してペロッとして見せる、反省の欠片もないお姉さん(男)。


「ごめんごめぇ〜ん、もう邪魔しないわぁん」

「余計な口を利くな」

「はいはぁ〜い」


 お口をチャック! と笑顔でふざけるお姉さん(男)へ、スヌヌさんはまたまた足蹴りを食らわせていた。DVかな?


「……書いたか?」

「もうちょっとです」

「早くしろ。時間が無い」

「すみません……」


 イライラと貧乏揺すりを始めたスヌヌさん。

 何をそんなに急いでいるのだろう?

 もしやこの場所って2時間半しか居ちゃいけない決まりでもあったの?

 だったら2時間も放置せずに早く来てくれればいいのに!

 あの無駄に悶々と怯えた時間を返して! 時間は有限なのよ!

 などと言えるはずもなく、私は最後の項目『職業』を書きながら内心で文句を喚いた。


 それにしても、何か引っかかる。

 こう、喉の奥に魚の骨が残っているような、耳の奥に耳垢が残っているような、背中の痒いところにギリギリ手が届かないような、そんな妙な違和感を感じる。

 なんだろう?


 そう疑問に思って、改めて今の状況を見直した。

 密室。

 長時間の拘束。

 2対1の構図。

 特に説明もなく個人情報を引き出そうとする。


 ……これ、詐欺と同じじゃない?


 典型的な詐欺の形式と同じじゃない?

 あれ? これって詐欺?

 んなバカな。


 私はそっと出入口を盗み見た。

 鍵は掛かってない……っぽい。

 今なら、逃げられるかな。


 鳥頭の鳥人間と、鞭を持ったムチムチのお姉さん(男)から、無事に逃げられるかな?


 ここは異世界、らしい。

 それが本当ならば、逃げ場など無いかもしれない。

 けれど、今の段階でこの二人は私の信用に足るかと言われれば、答えはノー!


 私は逃げることにした。


「あの……トイレに行きたいんですが……」

「書いてからにしろ」

「ずっと我慢してたのでもう限界です! 早くしないとここで恥をかいてしまいます。ああ、もうすぐそこに尿意がぁ〜!」

「わ、わかった。連れてってやれ」

「はぁ〜い」


 お姉さん(男)に片手を取られると、指と指を絡めてまるで恋人のように手を繋ぎ、個室を出ることができた。

 第一関門クリア!


「……ねぇん。貴女、気付いちゃった?」

「え!?」

「ウフフ、あたしはなぁ〜んでもお見通しよぉん」


 ヤバい。逃げようとしたことを悟られた!?

 どうしよう……。


「いいのよぉん、逃げて」

「えっと……その……」

「どうせあたしも乗り気じゃなかったから」


 お姉さんは指を一本一本名残惜しそうに解いて手を離した。


「でもね、スヌヌちゃん、ほんとは悪い子じゃないの。ちょっと焦っちゃっただけ。だから嫌わないであげて。お姉さんからのオ・ネ・ガ・イ!」


 ウフフフフ、と笑うお姉さん(男)の顔は優しかった。

 私はゆっくりと数歩後退ると、意を決して脱兎の如く駆け出した。


 背後ではまだお姉さん(男)の笑い声が響いていた。




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