10.出逢い
声に反応して振り返ると、暗闇の中に漂う2つの青い丸が見えた。
なんだこれ?
宝石のように綺麗な、けれど黒い点が重なる丸二つ。
その時、遠くの方から聞き覚えのある音がした。
ひゅ〜〜〜〜、パンッ!!
遠くに見える街から花火が打ち上がり、淡い光りが地上に降り注いだ。
花火の光で、ようやく分かった。
目の前に、黒い人影があるということが。
そして人影は、厳密には人ではなかった。
頭が、人間の形をしていなかった。
そう、鳥人間ではなく、猫の頭の猫人間が立っていたのだ。
影かと思ったそれは、真っ黒い毛並みで。
空中に浮かぶ青い二つの丸は、どこまでも青く透き通った瞳だった。
けれど、手足は人間のそれで。
驚きの余り何も言えないでいると、黒猫の頭をした人は、もう一度言った。
「そこにいるのは誰だ? こんな祭りの夜にこんな場所に要がある者など、私のような酔狂な者だけかと思っていたが……」
遠くから小さく祭囃子の声がする。
確かに、こんな日にこんな所にいるのは変かもしれない。
「あの〜……」
「待て。そなた、その芳しき匂いはなんだ?」
「え?」
「だ、ダメだ……もう、抑えられぬ……」
猫人間さんはボソボソと何かを呟いたかと思えば、暗闇に乗じて、気付けば至近距離に迫っていた。
びっくりとビビりで後退りする私に、尚も迫る猫人間。
どうしよう……こんなところで何かされても誰も助けに来てくれない。
やっぱり大人しく鳥人間の言う事を聞いて、例の書類書いていれば良かったかな……。
なんて反省してももう遅い。
スフィンクス像が背に当たり、もう逃げ場がない事を告げる。
どうしよう……誰か、誰か助けて!
私は両目を堅く瞑り身を縮こませた。
すると、ザラッという感触が首筋を襲った。
「ひっ……!」
「ああ、なんと芳醇な香りだ。まるで酒をあおっているような高揚感と充足感が満たされていく。もっと嗅ぎたくて堪らなくなる……ああ、なんだこの香りは……」
首筋を襲ったのは、猫の舌。ザラザラとしたそれが、何度も首筋をペロペロと舐めた。
それもさる事ながら、耳元で呟かれた声の良さに、私の肩がぶるりと震えた。
なんですかこの猫人間!? すごくいい声なんですけど??
それどころではないのは分かっているけれど、私はなぜだか舐められるのも耳元で囁かれるのも不快ではなかった。まるで動物に戯れられてるみたいで。
でもどうしよう?
今更逃げようにも、黒い腕に象との間に挟まれて逃げられそうにない。
ここは秘技、股間蹴りを発動するか?
どんな男でも一発でノックアウトする乙女の必殺技。
でもなぜだろう、その技を繰り出す気が起きない。
知らない人に、人ですらなくて猫人間に、こんなにも密着されているのに、不快感が湧かない。
いやいや大丈夫か私!?
しっかりしろ私!
これはれっきとしたセクハラだ!
しかるべきところにちゃんと訴えよう!
そうだそうだ!
しっかり拒否しなきゃ。
「ゃ、やめっ……」
「そなたは我のマタタビか?」
「──は?」
その問いに疑問符が浮かぶより先に、私の意識はプツンと途切れた。




