婚約破棄の理由【味覚】
よくある食事中の風景なのだが、女の方はスプーンで美味しそうに掬って食べるが、男の方はスプーンで皿の中身をかき混ぜるだけで一向に食べない。
「召し上がらないのですか?ゲルティ様」
「召し上がるも何も、こんな真っ赤な火を吹くようなスープは人間の食べ物じゃない!」
「こんなに美味しいのに・・・」
「舌が痛くなり、胃が痛くなり、腹が痛くなり、なぜ苦行を強いられなければならない?」
スープの次は、これまた真っ赤なタレのかかった霜降り肉のステーキが出された。
「ルーラ」
「何でしょう?」
「毎回、毎回、言っているじゃないか。僕の分は唐辛子を抜いてくれって」
「毎回、聞いていますし、わたくしも毎回、料理人に伝えているのですよ。でも、最も美味しい料理を出せないと言って、毎回、唐辛子が入っているのです」
ナイフでソースを剥ぎ取ると、器用に肉の表面を削る。
中心部分の唐辛子のソースに汚染されていないところを食べる。
食事のマナー処ではなく、生きるか死ぬかの瀬戸際だった。
「ラーの国である以上は唐辛子は聖なる食べ物ですもの。一応、料理人に唐辛子を抜くようには言っておきますわ」
「そうしてくれ」
毎度の懇願も虚しく、真っ赤な料理が並び、我慢の限界を迎えたゲルティは、婚約者に宣言した。
「ルーラ、今日こそは言わせてもらう!」
「何でしょう?」
「君と婚約破棄をしたい。そうすれば、この地獄のような真っ赤な料理を食べなくて済む。是非ともそうしてくれ」
「ゲルティ様は、伯爵家。わたくしは侯爵家。ゲルティ様から婚約破棄するのは難しい・・・」
「分かっている。分かっているとも!だから僕が婚約破棄されたでも何でもいいから、婚約を破棄させてくれ」
「分かりましたわ。ですが、次の婚約者探しは、ご自分でお願いしますわよ」
「分かっている。ありがとう。最高の誕生日だ」
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後日談
よくある食事中の風景なのだが、女の方はスプーンで美味しそうに掬って食べるが、男の方はスプーンで皿の中身をかき混ぜるだけで一向に食べない。
「召し上がらないのですか?ゲルティ様」
「こんな、こんなスープは人間の食べ物じゃない」
「まぁ酷い言い種ですわね。我がマーの国の特産品であり、聖なる食べ物ですのに」
ラーの国は唐辛子を使うため真っ赤な料理が主流だった。
ゲルティが赤くない、白い料理が主流の国は唐辛子を栽培すらしていない国だった。
「うぅ、舌が痛くなり、胃が痛くなり、腹が痛くなり、これじゃ何も変わらない」
「まぁ、わたくしも唐辛子は苦手ですからゲルティ様のお気持ちは痛いほど理解できますけど」
「うぅ、痺れりゅ」
全ての料理に唐辛子の代わりに山椒が使われていた。
「あぁ、貴女」
「何でございましょう?」
「ゲルティ様の料理から山椒をもう少し減らすように料理人に伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
山椒の使いようがない果物を必死にゲルティは食べる。
「・・・すまない。クラウディア」
「少しずつ慣れていきましょうね?」




