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死ねない死神は今日も泣く  作者: 無色といろ
Ⅴ 青年と過去
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チャプター31 心の揺らぎ

 夕立の降ったグラウンドはひどくぬかるんでいた。そこに集まった3人に足元に不安定という状況を与えていた。悪魔に対峙した一人の死神は自らの武器である大鎌を現実に作成していた。明らかな戦闘態勢をみたもう一人の死神はそれを制止するかのように叫ぶ。


「シロさん!!あいつは俺の弟なんすよ!!」


その叫びはシロを困惑させるには十分だった。けれどもシロにもどうにもならない現状がある。


「俺は…青葉透と悪魔を殺すことが今回の仕事だ…悪いが邪魔しないでくれ…」

「悪魔が憑いてるとは限らないですって!!」

「じゃあ、お前はあの目を見てもそう言えるのか!!?」


桐彦は弟の目を改めて見つめていた。瞳孔が赤く染まり、その周りを白目と呼ばれる部分が囲んでいた。普通とは言いがたいことは誰にでもわかっていた。目を見つめられた透はいつも訪れるはずの死の感覚が訪れないことに違和感を感じていた。


「あれ…見えないな…なら兄ちゃんは死なないってことなのかな、それとも一度死んでるから見えないってことなのかな…」


自分の目を大鎌を持つ死神へと向ける。やはり死の感覚は訪れないことに透は後者の理由を適用した。そして自分を殺すために来たであろう死神をみた彼は冷静さをさらに失わせ始めていた。


「君が死ねば…未来が変わるかも知れない…初めてだ!!初めて未来に期待をできる!!」


透の眼球はさらに赤く染まり始めていた。瞳孔を囲っていた白目も赤く染まり始めたとき、死の感覚は両者に訪れていた。シロにとってはじめてのその感覚は一瞬彼の動きを鈍らせる。刹那、垣間見た終わりの未来は自分の前に立ちはだかる青葉透によって与えられていること瞬時に理解させた。


「なんだ…この感覚…殺…される?」


その間にも青葉透はシロに殺意を向け、襲い掛かる。シロに比べ死の感覚に慣れていたためであろう。シロよりもはやく透は動き始めていた。まだ感覚が抜けないシロに渾身の右ストレートをお見舞いしていた。


「視える!!感じる!!与える!!君に…死の感覚を!!!!」


生前の弟とは思えないほどの変貌に桐彦は二人を止めることも忘れ、ぬかるみの上に立つ自分の状況に困惑するしかなかった。そんな桐彦を無視するかのように透は変貌を続けていた。


透の体は徐々に上半身を膨らませていた。その体は上半身の衣服を破り、肥大化を続ける。彼の両手は獣のような荒々しい爪を持ち、赤目を持つ顔は百獣の王が持つ(たてがみ)と牙に変化させていた。

変化というには少しばかり言葉足らずな彼の変化は桐彦を追い詰めていた。


「これが…悪魔…」


透の声も以前のものとはだいぶ変化していた。その声は低くしゃがれており、老人のようであった。


「兄ちゃんを…僕のもとに戻すために…銀髪は殺す…」

「死ぬのは…お前だ…青葉透…」


人間の力ではない拳をくらいながらもシロはゆっくりと立ち上がる。


「お前は何だ。答えろ…悪魔」


その言葉に青葉透の人格ではないものが反応していた。


「ア…ロ……ケル…」

「アロケル…?」


その名前には覚えがないシロであったが自身のことを銀髪と呼ぶ青葉透に苛立ちを感じていたシロは自分の名前を教えていた。


「俺は死神…一之宮白だ。銀髪って呼ぶんじゃねぇ!!」


その言葉を届けると彼はアロケルの首に大鎌を振り回す。それを上半身を反らしてアロケルは回避していた。反らしたことで見えた大鎌の柄を掴みシロごと振り回し、上空へ放り投げる。空中へ投げ出されたシロは自身の体を立て直し、アロケルに大鎌を投げつける。大鎌を避けるためにアロケルは地面を蹴り、空中にいるシロを打ち落としに向っていた。


振り下ろされた獣の腕を器用に死力を使って避けたシロは、アロケルの顔面へ蹴りをいれ、その反動で自身が投げた大鎌のもとへ戻り、突き刺さった大鎌抜き取り、追撃に向っていた。

リヴィアタンとは違い圧倒的なまでの力をシロは感じていなかった。しかし、力は拮抗しており、決着は長引きそうであった。

はやく決着させたいシロは自身のもつ神の遺産を使いたかったが、彼の力には”守る”という感情がまったくなく力の解放はできなかったため仕方なく死力を用いて攻撃を続けていた。


そんな光景を眺めていることしかできずにいた桐彦は自分の感情がわからないまま叫んでいた。


「もうやめるっす!!シロさん!!透!!」


桐彦の思いは届くことなく空中分解していた。止まらない彼らの戦いをとめる術をもたない桐彦は自分の無力さを痛感していた。桐彦は自分が過去に置き去りにしてしまった血縁者と会ってしまったことによって自分自身の未練を思い出す。

彼の心は不安定、血縁者を助けるために動くか、今の仲間を助けるために動くか結論を出せずにいた。桐彦が過去を笑い飛ばしたい。その願いは少なからず彼が過去にとらわれていたからだろう。ないものねだりだということは桐彦自身が納得していた。

けれど、どうしても考えてしまっていた。もし…やり直せるなら…と。


「俺は…俺は…」


少しずつ桐彦は過去にとらわれ始め、届かない思いは過去に向けられ始めていた。力なくたれている拳に力を込めて彼は自身の死力を開放し始めていた。しかし膨れ上がる力は行き場がなく、ただただ彼を覆うばかりであった。


 その間にも二人の戦いは激化し徐々に青葉透に憑いたアロケルの体を傷つけ追い詰める。アロケルを身に宿した青葉透がそんな状況よく思うわけものなく、戦闘を緩めようとしなかった。シロは彼の目を見ることを避けるように戦っていた。しかし高速に動き続ける赤い点は嫌でも目を引いてしまっていた。それを感じたかのようにアロケルはシロの眼球の動きにあわせ彼の目を覗き込んだ。


シロに流れる自身の死の感覚は再び彼の動きを悪くしていた。


「うぅ…あぁ…」


瞬間、見えた終わりの未来は近づき始めていた。それに歓喜していたのは青葉透であった。


「もう近い!!」


青葉透に見えた未来はシロがぬかるみに足を取られ自身が持つ爪に体を貫かれようとする瞬間であった。このまま攻め続ければ未来がその通りになりえると安堵した青葉透は攻撃を緩めることなくシロに立ち向かっていた。死の感覚の余韻に苦しむシロは反撃しようにも体を支配するなれない感覚に苦しんでいた。その苦しみはシロに防御することしかできなくさせていた。


ついに終わりの未来は訪れていた。

死の感覚が収まった瞬間にシロは体勢を立て直すために入れた力を少しばかり込めすぎた。足が力を入れた瞬間に滑る。それを見ていた青葉透は一挙に距離をつめ、自身の爪をシロの体に伸ばしていた。


「これで、未来は…僕のものだ!!!!」


青葉透は視線を無意識にあわせていた。視線の直線状にいたのがシロであることを疑わない。青葉透は自身の腕へより強く力を込め、一人の死神を突き刺していた。


 桐彦は頭をよぎる過去を思い出しながら死力を振り絞っていた。彼の過去には両親の死が当然のごとく付きまとう。


ああ…もし、俺があの時少しでもはやく家に帰っていれば、母は死ななかったかもしれない。

すこしでも母を思いとどまらせることができたかもしれない。

そうしたら父は死なずに済んだのかもしれない。

そうしたら俺たち家族4人が仲良く、人生を楽しんで生きてこれたかもしれない。


そんな考えばかりが思い浮かぶ。桐彦はそんな過去への思いを断ち切るかのようにシロとのやり取りを思い出す。


お前にはできるよ…

何を…?あぁ…過去を笑い飛ばすって話だった…そうだ…俺は過去にはとらわれないと決めたんだ。

なら、俺ができることは…


二人を結ぶ直線を切るかのように移動した。瞬間、弟と視線を交えていた。訪れる死の感覚は間違いなく今から起こりえる現象を現状に映し始めた。

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