チャプター27 神の遺産
一人の神の代行者の質問にシロは困っていた。
「選挙のことか?そうだな…俺的には自由民政党じゃなくて民主主義党に…」
そういうと天津は笑いながら質問を変えていた。
「違うよ、選挙のことじゃない。決め方さ、いうなれば多数決ってこと」
「それがどうした?俺は別にどうとも思ってないが?強いて言えば…平和的で、民主的な決め方だと思ってるかな」
「僕は…嫌いなんだ。多数決」
シロは天津が語る多数決への思いをどう対応していいかまったくわからなかった。いきなり多数決について論じられても困るというのが彼の本音であった。無理やり会話をつなげようとしたがそれを遮り、天津は語る。
「多数決ってのは要は数で決まるでしょ?」
「まあ、そうだな」
「なら、絶対的に譲れない議題があがったとして賛成の意見と反対の意見がまったくの同数だったら?何度も議論して、何度も採決をとっても同数が続くとしたら?君ならどうする?」
シロは天津の言葉を頭の中で復唱し、ありえないとは思いつつも少しばかり考えてみた。シロの答えはすぐに決まっていた。それは”自分の意見とは反対の意見に票を入れる”だった。しかし、同時に自分と同じことを考える人間がいた場合のことも含めての天津は問うたのだろう。それに数が決まっている以上、票が同数になるという問題の解決策にはなっていなかった。
「反対意見の人間を一人殺してしまえばいい…」
これがシロの結論だった。その答えを聞き、満足そうに天津は同意していた。
「そう…その考え方は最終的に戦いを招いてしまうんだ…」
ここまで天津に対してそれとなく会話を合わせていたが天津の言いたいことがあまりにもシロには見えてこなかった。
「結局、お前は何が言いたいんだよ…」
その問いに天津は呟く。
「……ジャッジメント機能」
「そんなに多数決が嫌ならお前が独裁的に決めてしまえばいいだろ」
「それはルール的にも不可だよ。どちらか一方には寛容さを求めなければいけないんだよ…多数決は」
シロは天津が放った言葉の節々に寂しさのトーンを感じていた。
そしてシロは天津の言った”寛容さ”という言葉を聞いて一つのパラドックスを思い出していた。
不寛容である人間に対して寛容さを求めてしまうこと自体が、”寛容である必要がない”という価値観に不寛容なのだ。寛容とは何を意味しているのだろうか…生前に出会ったこのパラドックスをシロは心の中で思い返していた。いくら考えても答えを見出せないパラドックスを考えるほどシロは物好きではなかったため彼の思考はここで止められていた。
それよりもシロには気になったことがあった。なぜ天津は寂しそうに自分が開発したであろう機能を例に挙げたのだろうか…。答えは天津の中にしかなかった。ほんの短い間、沈黙が流れていた。
その沈黙を破るかのように天津は急に謝り始めていた。
「ごめん…わけのわからない話だったね…」
「お前でも謝ることがあるんだな…気持ち悪っ!!」
「え?ひどくない?」
ツッコミを入れる天津の表情には笑いがなかった。そんな天津を見てしまったシロは天津に助け舟を出すかのように彼がわざわざ現世に下りてきた理由を尋ねていた。
「で、本当は何しに来たんだ?そんな話するためだけにきたわけじゃないだろ?」
「君の力について…ちょっとね」
そういうと彼の面持ちは真剣さに変わっていた。天津は何かをためらうような素振りを見せ、シロが持っていた残り少ないコーラを奪うと、一気に飲み干してしまっていた。自分の力についてはシロも気にしていたことであった。天津は以前、気にするなといっていたが、なぜ説明する気になったのか天津に聞いていた。
「今の俺には知る必要がなかったんじゃないのか?」
「少しばかり気が変わってね…」
天津の表情から彼の焦りのような感情が伝わってきた。シロもシロで得体の知れないものよりも知っていたほうが気持ち的に楽だった。
「ま、教えてもらえるなら遠慮なく聞くが、あのときの力は何だ?」
「君があの時、出した力は禁忌」
「…禁忌?」
「そう…悪魔達にとってはあまりにも強大すぎる力だ。”神の遺産”とも呼ばれている」
「なんでそんなものが俺の中にあるんだよ」
「禁忌の発生は完全に運というほかない。仕組みも何もわかっちゃいないんだ」
そしてここまでの話を考えてみるが、やはり天津がわざわざ来るような話ではないと感じていたシロは天津に直接的に聞いていた。
「で、その力がどうしたんだよ。わざわざ言いに来るほどのことじゃないだろ?」
臆することなく天津はシロの身がどれほど危険であったのかを伝え始めていた。
「君の存在は一度、消失している」
存在を消失しているという言葉はシロにとってまったく理解が出来なかった。サレオスと戦ったときは存在を消されかけていたのは事実だったが、天津が言っているのはリヴィアタンとの戦いで力を使用したことに由来するため、シロにはまったくといっていいほど身に覚えがなかったのである。
「は?どういうことだ?」
「リヴィアタンとの戦いで君は本来、消えているはずだった。周囲の実体を持たない全ての存在を巻き込んで消えるはずだったんだ」
その時、ふと頭に浮かんだのは図書館で読んだ死神たちの功績をまとめた本だった。その本に書かれていた”周辺のありとあらゆる実体を持たないものが消えた”そんな表現がシロの頭を駆け巡る。天津は淡々と説明を続けていた。
「本来、禁忌はあけてはならないとされてきた。簡単に言えば爆弾を抱えてるようなもんだ。そして本来、制御できるものじゃないんだ。禁忌はね、制御しようと思ってもそれには強い心が必要になってくる。残念ながら君はまだ強い心を持っていない」
シロは自分自身の心が強いなどと思ったことがなかったため天津の言葉に苛立ちはしなった。しかし、ではなぜ自分はまだここにいるのかという疑問が当然のように湧き出ていた。
「ならなんで俺はまだ存在しているんだ?」
「君が…いや、君のもう一つの禁忌がその力を制御したんだろう。あくまでこれは仮説だけどね」
「二つ?ランダムに入るんじゃなかったのか?禁忌は」
「それについてもわかっていない。通常は禁忌を持っていること自体が珍しいんだが…」
「なぜか二つ入ってた…か…」
シロは自分の胸へ手を当てると自分の中にある力の存在を確かめるかのように胸元の服を掴んでいた。
シロにとって今日の天津の会話はまったく見当もつかないといっても、過言ではなく。消化不良のようにシロの中にどんよりとした、気持ちを残させていた。見当もつかない会話はシロが持つ力の出し方についてもおよんでいた。
「それと…」
「それとなんだ?」
「禁忌を使用するためにはもう一つだけ条件がある。条件というよりも”鍵”といったほうが適切かもしれない。」
「鍵?」
「そうだ。ある感情や思いで心を満たすことで神の遺産は発動するんだ。それ以外の感情が少しでもあると禁忌は絶対に開かない。君の場合…守りたい…いや、”守る”かな」
シロはその言葉については理解できていた。リヴィアタンとの戦いを思い出しながらシロはあの時抱いた感情を心で呟いていた。すると彼の体から白い光が発生していた。そんなシロを見て天津はこれからの仕事について大まかなことを教えていた。
「君にはその力を使って、今度から悪魔殺しにやってもらうから」
「なんで俺なんだよ…そもそも何で悪魔なんだよ…」
ため息混じりにシロは文句を言いかけていた。そんなシロを説得するかのように説明し始めていた。
「理由は二つ。一つ目の理由として、悪魔に対抗できる力は現状、”神の遺産”しかない。死力でも可能だが…相当なエネルギーを使用する。二つ名の死神が5人いて悪魔一体をやっと狩れるレベルなんだ」
シロは二つ名の死神を5人も集めることが容易でないことを知っていた。日頃の大門を知っているシロは諦めを見せながら二つ目の理由を天津に尋ねた。
「はぁ…で、二つ目は?」
「それは…彼ら、悪魔は存在の結晶を集めているからだ。輪廻率については説明したよな?」
そう言われたシロは黒田が目標になったときに行ったミーティングを思い出していた。
「ああ」
「悪魔達はおそらく相当な量の存在の結晶を集めている。それが意味することは新しい命は生まれず世界はいずれ壊れる…それは絶対に避けなければならない…」
しかしシロには理解が出来なかった、悪魔が存在の結晶を集める理由を。悪魔が強いことはサレオスやリヴィアタンとの戦闘で重々知っていた。そんな存在たちが神の遺産を持つ死神たちを殺すために存在の結晶を集めるといった面倒なことをやるわけがないことはシロにも容易に想像できた。
「そもそも何で悪魔は存在の結晶を集めだしたんだよ?」
その質問に天津は応えられず、一瞬、無言になっていた。しかし手に持っていたコーラを入れていた容器を握りつぶすと、息を吸い込み。覚悟を決めていた。
「…神の…復活さ…」
その答えはシロにとって意外なものであった。その先の内容を聞きたかったが、天津は今、言えることはここまでだと言うばかりだった。天津はその先のことを教えてはくれなかったが、他の情報をシロに教えていた。禁忌と呼ばれるものはその力をコントロールすること出来ない場合を指し、”神の遺産”と呼ばれるものは自分の中にある禁忌の力を引き出し、使いこなせた場合を指すのであるということ、この力は何者であろうとも消し去ることが出来るほどの力であること、そしてシロにある二つの禁忌には大小があり、”守る”ということが鍵となっている禁忌は小さいものでるということであった。
最後に天津が言った事はシロの中にある鍵もわからない大きな爆弾についてだった。
「今は、それで制御できてるけど、もし大きいほうが開いてしまったら君は確実に存在を消す。それだけは覚えておいてくれよ。君のためにも僕のためにもね」
そういうと天津はシロのもとを離れようとしていた。
「そうそう…コーラありがとう。返すよ」
そういうと天津は白い光を身に宿し、握りつぶした容器を元に戻し、シロに投げ渡した。シロがそれを受け止めるとパンパンに腫れあがり冷たい容器がシロの手にあった。そのことに驚き、天津のほうへ目を向けたが彼はすでにそこからいなくなっていた。




