チャプター28 未来の笑顔
「なぁ…桐彦…一つ言っていいか…?」
そう許可を求めたのはシロであった。駅前で行く当てもなく二人の男達は座り込んでいた。
「なんすか?シロさん」
「なんで…こんなことになったんだ…」
「いやぁ…今日はちょっと月刊で買ってるエロ本の発売日で先をいそいでたんすよ」
「お前…馬鹿なの!!?アホなの!!?字読めないの!!?どれ!!?」
シロは現在の状況を桐彦にぶつけていた。ことの発端は数時間前であった。
全死神に対してメールが届いていた。そのメールは律儀にも一週間前から今日まで一日に一通、同じ時刻に送信されていた。その内容は現世と本拠地を繋ぐゲートのメンテナンスの知らせであった。メンテナンス中はゲートを使用することが出来ないことはメールを少しでも読めば理解できる。そしてそのメンテナンスは本日、行われていた。それはゲートにも張り紙が張られ、周知されていた。そのためシロはその日は本拠地でだらだら過ごすつもりであったが不運なことに大門の手伝いをすることになってしまっていた。嫌々ながら彼は大門の荷物を運んでいた。シロがちょうど石門の前を通り過ぎようとしたとき遠くから桐彦が飛んできていた。桐彦はシロに気付かずそのままゲートに飛び込もうとした、当然、シロと激突する。
シロと桐彦はそうして現世に下りることになってしまった。
「なんで…こんなことに…」
シロが落ち込む理由は現世から本拠地へ帰還することが出来ないためであった。現世へ強制的に下りてしまったシロ達は冷静に端末を取り出し帰還しようとしたが反応がなく、はやくも30分経過しようとしていた。シロは面倒なことに巻き込まれた苛立ちを桐彦にぶつける他なかったのであった。
そんな苛立ちを知ってか知らずか桐彦はシロをなだめようとしていた。
「まぁまぁ、シロさん」
「何だ?青葉・バカ・桐彦」
「巻き込んだことは申し訳ないっすけど勝手にミドルネーム作らないでくださいよ。ここはゆっくり話しながら待ちましょうよ」
「はぁ…確かに待つしかないからな…」
シロは動かない端末を操作しながら助けを待っていた。桐彦は動かない端末を地面に置き、新たな話題をシロに振っていた。
「じゃあ、第一回不幸自慢大会~」
「なんじゃそりゃ?」
「これはですね…生前どんな不幸に見舞われてこの世界に来たのか紹介するってことっすよ」
「やらんぞ」
「えぇ~これ死神同士の会話のネタとしては有名っすよ?まぁ…試しに俺からいくっすよ?」
彼はどこを見るでもなく少しばかりうつむき、語り始めていた。しかし、その表情は絶望に満ちたものではなくどこか愛しいものを見るかのような微笑みであった。
「あれは俺が小学校のときでした。俺の両親は父が会社員で母は主婦でした、家族の中はかなり良かったと思うっす。母はいつも俺が帰ってくる時間にはおやつを用意して待ってくれていました。けど日常は簡単に消えちゃいました。ある日いつものように学校から帰ってきたんですが、その日に限っておやつが用意されてなかったんです。そのときはこんなこともあるだろうと思って待ってたんですけど、どんなに待っても母は帰って来なかったっす」
雑踏の足音がまわりに響いていた。夏の日差しを気にしない人々の行進は続いていた。桐彦の声は変わらず自分の過去を告げているようだったが、相対的に静かになっていた。
「いよいよ不安になった俺は家中を探しました。親の寝室に入ると母は首を吊ってたんす。暫く動転して声も揚げられなくて、そこにいることしかできませんでした。で、ふと冷静になって父親に連絡しなきゃって思って会社へ連絡をしたんですが…父はその話を聞いて急いでいたあまり、交通事故で…」
「もう…やめろよ…自分の過去を話したってどうにもならないだろ…」
その話に耐えられなかったのはシロであった。桐彦は話の途中で止められてしまったため歯切れが悪そうにしていたがシロとは違い、絶望の表情はそこには無かった。
人の悲劇を聞いて、純粋に、過剰に、大げさに哀れみ、悲しむのは他人でしかない。当の本人は大した事無いかのように振舞うことはある。それがただの強がりなのか、本当にそう思っているかは他人には判断しようがないことも事実であり、桐彦もまた同じだった。桐彦は顔を上に向け夏の日差しに誓うかのように喋っていた。
「そうっすね。過去は変わらないっすけど…俺はそんな過去を笑い飛ばしたいんすよ」
「そんなこと無理だろ…結局、俺たちはそれができてしまったら…」
「ま、力をなくして死神として働くことはできなくなるっす。でも、俺はこの世界のこと気に入ってるんすよ」
それが意味するのは桐彦はもう死にたくはないと思ってしまっているということに他ならない。さらに言えば彼に致命傷を与えればこの世から消えてしまうことも同時に意味していた。
二人の会話は駅前の雑踏の音に勝つ術はなく、行きかう人々の音に飲み込まれていた。そんな音に勝つことができたのは端末の着信音だった。おそらく突然いなくなったシロを心配した大門が天津に連絡したのであろう。メールは天津からのものだった。
「ん?助けきたんすか?」
「あぁ、天津から。もう帰還できるらしいぞ」
「残念っすね~シロさんの過去を知りたかったのに…」
そう不満そうに地面に置かれた端末を桐彦は手にしていた。そしてその場に立ち、背伸びをしていた。
「いつか…」
背伸びを終え体を緩めた桐彦はシロのほうを振り向いていた。その声をはっきりと聞くことができたシロは桐彦の表情と発生された言葉の意味を尋ねていた。
「なんだよ?」
「いつか…みんなで笑いあうことができればいいと思いますよ、俺は。たとえ死神としての力がなくなったとしても…」
彼の笑顔は夏の日差しを押しのけ、シロに届いていた。シロにとっては眩しすぎるものだった、眩しすぎるがゆえにシロにはそれが手の届かないもののように感じられたことも、事実であった。
「お前にはできるよ、きっとな」
シロはそういうと少しばかり目を伏せた。自分には到底、無理なことだろうと思っていた。だから”~には”という言葉を選び、桐彦を応援していた。
しかし、桐彦はその言葉があえて聞こえてないかのように振舞っていた。
「シロさんにもできますよ。いつか一緒に笑いあいましょう。お互いの絶望を腹抱えて」
強調された”~にも”という言葉をシロは受け止められずシロは本拠地に帰還していた。彼は自分の部屋に到着し、自問自答をしていた。シロは心の中にもう一人の自分を作り出したかのような錯覚に襲われていた。作り出された自分に問いかける。
過去の絶望を笑い飛ばせるのか?
もう一人のシロは理由を語る。
お前には無理だろ…あの人の死を無かったことにできるのか?自分があの人を殺したくせに…お前が前を向きたい気持ちもわからなくもない。
その理由はシロに絶望を思い出させる。
そう…だったな…死神になる前に俺は人を殺した。それは許されない…自分の罪は自分が償わなければ…いけない。
心の中に存在する一人の死神は問いかける。
じゃあ、それはいつまでだ?いつまでも償い続ける必要もないんじゃないのか?
その問いはシロに希望を考えさせる。
わからない…誰に許されれば自分の罪が消えるのかもわからない。自分の存在が許されるなんて思えない…このままでいいとも思ってないけれど…
希望なんてない。二十数年生きてきたことに意味などなかった。それがシロの思い、けれどそれを結論にシロはできなかった、したくなかった。生きてきた意味を見出したいがために生きてきた。死んでも変わらず自分の意味を探し続けるシロに結論は訪れない。
自問自答はシロを縛る鎖のようにまとわりつく。自由を奪われたシロの思考は彼の時間を止めていた。
「はぁ…」
ここでため息を吐き出し、自由を取り戻した。シロは自分の存在が自分自身によって否定されかけていたことに気付き、頭をかきむしる。零花に自分の存在を認められたとはいえ、シロ自身は自分の存在について悩み続けていることに変わりはない。そんな単純に自分の心の持ちようが変われば苦労なんて、そもそも自分自身に絶望だって抱かない。
血の様に赤い夕日が嫌な感情を彼に与えていた。端末を取り上げ、今日の天津からのメールを再度確認する。そのメールには帰還可能であるということと、次の仕事の依頼が書いてあったのだ。
(悪魔に憑かれているであろう人間を確認した。この人物と憑き物の殺して任務完了とする。)
メールの文面には先ほどまであっていた人物の苗字をもつ人物の名前が記されていた。嫌な予感がしながらもシロは自分にはどうにもできないシステムに従うしかなかった。




