第305話:魔境に捨ててくる!
フルコンブは旨みの塊だからな。
地上で流通するようになると、お金持ち御用達になりそう。
イシュトバーンさんが聞いてくる。
「で、いくらなんだ? その特殊な海藻は」
「高いよ。長さ五分の一ヒロくらいの一枚で一〇〇ゴールド」
「あんたの金銭感覚どうなってるんだ。さっき鳳凰双眸珠くれようとしたやつのものとは思えねえ」
イシュトバーンさんは笑う。
仕方ないじゃん。
海藻は海で拾ってくるもんだっていう認識があると、それだけで腹が膨れるわけじゃないフルコンブ一枚一〇〇ゴールドはメチャメチャ高いのだ。
ギルドだと三〇ゴールドでお腹一杯食べられるしな。
「まあいい。五枚ほど買ってきてくれるか」
「私も五枚お願いしてよろしいでしょうか?」
ラルフ君パパも乗っかってきた。
毎度あり。
イシュトバーンさんやヨハンさんは、レイノスの商売で結構影響力のある人だろう。
海底にもいいものがあるってわかってくれたら、海の王国と地上との交易の足がかりにできるかもしれない。
女王喜ぶだろうな。
「じゃあ合わせて一〇枚買っとくよ。雨が降ったら海の王国行くことになってるから、次の雨の日を楽しみにしてて。イシュトバーンさんの分もヨハンさんに渡しとけばいいのかな?」
「おい、アレを」
イシュトバーンさんがお付きの女性の一人に指示する。
アレとは何だろ?
お付きの女性が持ってきた、あたしにとってある意味見慣れたそれは……。
「『地図の石板』?」
予想外のものが出てキター!
「ハハッ、今日初めて精霊使いを驚かせることができたな。オレん家に繋がるやつだ。これで届けてくれ」
どーしてイシュトバーンさん家に繋がる石板なんてものがあるのか、理解不能だ。
マジで『アトラスの冒険者』はわけわからんな?
けど暗に時々遊びに来いと言われてるぞ?
まあ面白そーだからいいか。
「じゃあありがたくもらっとく」
イシュトバーンさんも満足そうだ。
「いやあ、今日は楽しかったぜ。ヨハン、精霊使い、感謝する」
「いえいえ、どういたしまして」
「こっちこそ空き店貸してくれてありがとう」
皆でにっこり。
こういう雰囲気好きだなあ。
「最後に一つ、精霊様の奇跡の魔法というやつを見せてくれんか? 精霊でしか使えない魔法なんだろう?」
「うん、いいよ。じゃあそこの窓から。クララ、お願い」
「はい」
皆が窓の側に集まる。
イシュトバーンさんが立ち上がるのに苦労してるな。
足が不自由なんだったか。
お付きの支えが必要なくらいならあたしが。
「おお、すまんな」
「いいってことよ」
いわゆるお姫様抱っこでイシュトバーンさんを抱えて窓際へ連れていく。
お付きの女性達がビックリしてるけど、レベルカンスト女子の常識だからね?
「おお、結構な魔力の高まりじゃねえか」
「撃ち上がるよ」
「うむ」
クララの手から『精霊のヴェール』の魔法が放たれ、青空に虹色のカーテンに似た光のひだが現れる。
「……美しい」
「これが五暈の彩光か。長生きはするもんだ」
しばらくの間、皆が空を見上げていた。
その華麗かつ繊細な現象を褒め称え、時に誰かがため息を吐く。
「奇麗だったでしょ? あっ、こらっ! おっぱい触るな!」
抱っこされてるのをいいことに、クソジジイがあたしのおっぱい揉んでやがる。
タダで弄り回すとはいい度胸だ。
「あんまり大きくないんだぞ! 磨り減ったらどうしてくれる!」
「精霊使いよ。おっぱいは揉むと大きくなるんだぜ?」
ニヤニヤしてるクソジジイを床に放って落とす。
「痛ててて。いたいけな老人に乱暴はよせよ。ただの冗談じゃねえか」
「冗談か否かはあたしが決める。魔境に捨ててくる!」
「ハハハ。オレが商売で成功したのは伊達じゃねえ。顔を見れば本気か脅しかわかるんだぜ。その顔はどう見ても……一〇〇%本気じゃねえか!」
皆が怖いというあたしの笑顔がクソジジイを見下ろす。
どうやらマジでヤバいと思い始めたらしい。
今頃遅いわ、大人しく断罪されろ!
「オレが悪かった! 許してくれ!」
「絶対に許さん!」
「ただのイシュトバーン殿の悪ふざけなんです。許してやってください」
イシュトバーンさんとヨハンさんの二人が平身低頭だ。
仕方ないなあ。
「んー? ……じゃあレッドドラゴンのエサになりたいかアイスドラゴンのエサになりたいか、選ばせてあげる」
「何で二択で譲歩したみたいな顔してるんだよ! 許す気ねえじゃねえか!」
結局皆してとりなすので、今日だけは勘弁してやることにした。
実につまらん。
「いやあ、命の危険を感じたのは久しぶりだぜ」
「あたしは自分が甘い人間だと思われたみたいで気分が悪いよ。次は問答無用でイビルドラゴンのエサにする」
「悪かったってば」
似合わないウインクをしてくる。
「『自分が甘い人間だと思われたみたいで気分が悪い』ってのはできるやつのセリフだな。乳を揉んだことじゃなくてよ」
「おっぱいは許したんだから蒸し返したりしないって」
「詫びに今度オレん家に来た時、プレゼント用意しとくからよ」
「そお? 楽しみにしてる」
イシュトバーンさんがくれるものって何だろうな?
絶対にあたしが喜びそうなものを用意するに違いない。
おいしいものとかだろうか?
「おい、ヨハン」
「はい」
ラルフ君パパを諭すように語りかける。
「精霊使いと商売できるのは運であり縁だ。お前さんはツイてる」
あたしを指差し、続ける。
「ただし、こいつは一筋縄ではいかねえ。年齢や見た目で侮るな。コントロールできるつもりでいるなら諦めろ。さっきのおっかねえ目付き見たか? 切る時はすぐ切るやつだ。決断に迷いがねえ」
「は、はい」
イシュトバーンさんの口調が鋭い。
これが『タイガーバイヤー』の本領か。
ラルフ君パパに余裕がないぞ。
「こいつに切られたらお前さんの運もそれまでだ。よくよく注意するんだな」
商売のカリスマみたいな人にこう言ってもらうと、あたしとしてはやりやすくなるなあ。
チラッとクソジジイを見ると、意味ありげな視線を返してきた。
ははあ、ヨハンさんを牽制することで、今後あたしが行動しやすいようにしてくれたのか。
サービスのつもりだな?
クソジジイは撤回するとしよう。
感謝の意を視線で返す。
「じゃあ、あばよ」
「お気をつけて」
「またねー」
イシュトバーンさん一行の馬車がレイノスへ発つ。




