第1795話:目指すは五〇ゴールド
「グンナイ、ミスター・サイナス」
『おいこら、いきなり寝ようとするな』
「睡眠欲と戦ってはいけない。何故なら彼は美容と健康の味方……ぐう」
『おいこら!』
アハハ、ただの冗談だとゆーのに。
帰宅後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
しかしサイナスさんも早めに話を進めることにしたらしい。
『悪役令嬢の本、相当面白いじゃないか』
「でしょ?」
『ああ。ユーラシアの言っていた眠くならない本、エンターテインメントの本とはこういうことかと、腑に落ちたよ』
「値段がなー。あたし的に不完全なんだけど」
『いくらなんだ?』
「ドーラでは一二〇ゴールド。帝都では三〇〇ゴールドかな」
『安いじゃないか』
「今までの本と比べりゃ安いかもしれんけど」
実用本は何度も読んで、内容を理解して覚えるとゆーのが前提だからな。
食い潰す時間や得られる技能や知識を考えりゃ、高くて当然な気もする。
でもエンタメ本はどうしても買わなきゃいけないもんじゃない。
とゆーかエンタメに実利を求めてはいけない。
「やっぱ目指すは五〇ゴールドだなー」
『前からそうだな。五〇ゴールドに拘るのはどうしてだ?』
「満足度だな。お高めの食事一食と同じくらいの満足度。同じ価値なら同じ値段であるべきだと思うんだよね」
あの手の本は一回しか読まない人も多いんじゃないかと思う。
『輝かしき勇者の冒険』が擦り切れて内容が頭にこびりつくまで読まれるのは、他に適した本がなく、また本自体が高いからなんじゃないか?
あたしが目指すべきは、読者に選択肢と安い本を提供することだ。
『逆に言えば、五〇ゴールドくらいの内容の本が読みやすい。エンタメとして適しているということか』
「うん。そしてとにかく数を出したい。識字率上げて本を読ませるっていう方向性が当たり前だけど、あの本を読むために字を覚えたいっていう方向があったっていいじゃん?」
『読むために字を習得するというのは、今までの本の役割だったんだが』
「専門書っていうか、あたしが読むと寝ちゃう本ね。ま、本が売れる世の中になれば、紙も印刷代も安くなるよ。販売部数が期待できない専門書だって、安くなることは間違いない。サイナスさんやアレクみたいな変人大喜び」
『誰が変人だ』
知識を広めたり後の世に残したりする本が重要だということはわかってる。
そっちはあたしの守備範囲じゃないってだけだ。
「エンタメ本でもいろんなジャンルがあるじゃん? フィフィは実録ものが得意だけど、本番はフィクションが溢れるようになってからだね」
『悪役令嬢は実録ものが得意なのかい? たまたまじゃなくて?』
「フィフィはナチュラルボーントラブルメーカーなんだよね。普通は街道歩いてるだけであんなに面白くならない」
『君の名前がかなり出てきたぞ? 最初から面白くしようとしてたんだろう?』
「そりゃあたしは生粋のエンターテイナーだから努力したよ。でもあたしの努力がなくたって、フィフィは勝手に魔物に追われたりしてるんだもん。天然はすげえ」
『『男は野獣』の行は面白かった』
「もう随分後ろの方まで読み進めてるんだね。香水が魔物を呼び寄せるかもしれないってのは、あたしも知らなかったことだわ。帝国の人達にもぜひ知っててもらいたい」
ドーラに来た観光客が余計なトラブルに巻き込まれないためにも。
ハマサソリみたいなあんまり動かない弱い魔物でも、向かって来たら危ないもんなあ。
毒持ちだし。
『今日は何してたんだい?』
「カラーズ行ったあとで? 大したことはしてないな。午前中はハマサソリ島行った」
『ゲテモノ食いか』
「ゲテモノではないとゆーのに。塔の村へ持ってったら、リリーも喜んで食べてたわ」
『ゲテモノを皇女殿下に食べさせる精神力がえぐい』
「今度サイナスさんにも食べさせる。絶対にだ」
アレク達にも食べさせてやりたいな。
「ハマサソリは殻に火抵抗があるんじゃないか。だから殻がパリッパリになるまで揚げても、中身がパサパサにならずジューシーなんじゃないかっていう仮説が出たな。賢いあたしから」
『あれ? 美味そうな理屈が突然現れたね』
「ベリーデリシャスハマサソリはともかく、この前行かなかった島の中の方探索したんだ。ハマサソリ以外の魔物はいないみたいだったよ。鳥の天国」
『ほう?』
「天敵がいないらしくて、警戒もせずに近寄ってくるんだよ。可愛いの」
『可愛いってワードが出ても、君の場合安心できないからな。食べたのか?』
「いや、我慢した。食料資源にするより観光資源にして活用するのがいいかと思って」
ますますハマサソリ島は魅力的なのだ。
しかし名前は何とかならんものか。
観光客を呼びたいのに、肉なし島ではあんまりだしなあ。
「午後からはリリーフィフィと一緒に、塔の地下のダンジョンに行ってきた。魔物の強さは魔境くらいだな」
『君にとってはハイキングみたいなものなんだろう?』
「まあ。三時間くらいうろついてたんだけど、初めて行ったところだからどこに稼げる魔物がいるかわかんなかった。残念」
今日は行くことに意義があった。
塔の地下はあんなふうになってたんだな。
リリーもフィフィも収獲ありだったから万歳だろ。
「で、夜はイシュトバーンさん家でごちそーになった。画集第二弾帝国版用の原画が二枚できたんでもらってきたよ」
『君と女神様のやつか?』
「そうそう。超セクシーだよ。画集帝国版はまだ先になりそうだけど、緑の民をやる気にさせとかないといけないじゃん? 金属版を作ってもらおうかなと思って」
『ポスター販売は可で?』
「もちろん」
『いいんじゃないか? 明日にでも持っていきなよ』
「いや、明日はサラセニア行くんだ。ちょっと帰りの時間が読めなくて」
ガリアの王様連れなので、派手な行動は控えるつもりだ。
まだ街中に騎士団が闊歩しててピリピリしてるようなら、もう二、三日後に出直すべし。
しかし誰が敵なのかくらいは最低知っておきたいし、可能であれば反クーデター派と渡りをつけたい。
『気をつけろよ?』
「わかってる。明日の報告期待してて。じゃサイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はサラセニアの首都ウトゥリクを練り歩くのだ。




