第1706話:ヒップも魅力的
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
魔境から帰ってきての夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「『アトラスの冒険者』が廃止されるじゃん?」
『ん? そうだな』
「悲しいことではあるけれども、我々は乗り越えていかねばならない」
『内容が悲壮な割りに、喋りからは生きの良さと希望が伝わるな。アンバランスさを感じる』
「ええ? ひょっとして劇の演者って案外難しいのかな?」
あたしは女優には向いてないのかもしれない。
意外な弱点発覚。
「『アトラスの冒険者』は、転送魔法陣の構築されるクエストの候補をたくさん持ってるんだ。でもこのまま廃止されちゃうと、クエスト候補が全部ムダになっちゃう」
『仕方ないじゃないか。仮に皆に配ったとしても、『アトラスの冒険者』廃止で転送魔法陣は使えなくなってしまうんだろう?』
使えなくなっちゃうけれども。
「全くムダというわけでもないんだ。例えばあたしにはヴィルがいるから、一度行ったことがあれば飛べるようになるし」
『君一度も行ったことがなくても飛べるじゃないか』
「的確に論理の弱点を突いてくるなあ」
闇雲に飛んでるわけじゃないわ。
一度も行ったことがないところは手掛かりがない。
あたしだって暇じゃないのだ。
何かきっかけがあってエンタメの匂いがしないと、行こうという気になれない。
「あたしみたいな特殊な例じゃなくても、石板クエストをクリアするとボーナスでレベル上がるんだよね」
『レベルは明確に利点だな』
「でしょ? 既に廃止について知ってる上級冒険者に、余剰クエストを分配してくれることになったんだ』
本当は入ったばっかりの子達のクエストを充実させてやりたい。
でも今持ってるクエストのクリアで一杯一杯だろうし、経験が浅いから『アトラスの冒険者』の廃止を知って動揺しそう。
デメリットが大きい。
『君はやることたくさんあるんだろう?』
「あるけど、やることなんていくらあってもいいわ」
あれ、解せぬオーラが通信を通して漂ってくるぞ?
「今持ってる本来のクエストが、まだガリアのやつなんだよ。時間待ちみたいで動かないから、新しいクエストが欲しかったとゆーか」
『ふうん、待ちということもあるのか。ユーラシアは働き者だな』
「働き者なのはその通りだよ。今日『青い空と白い砂の島』っていうクエストもらったの。楽しかった」
『高レベルが必要な難しいやつかい?』
「いや、レベル一の初心者でもクリアできそうな簡単なやつ」
『どうして緩いのをもらって御満悦なのかがわからない』
誤解があるな。
あたしはべつに難しいクエストが欲しいわけではないとゆーのに。
面白いやつが欲しいの。
「転送先の島が、ドーラ南部の半島みたいになってるところの沖にあるんだよね」
『ああ、ドーラの属領なのか』
「『青い空と白い砂の島』っていう名の通り、すげえ綺麗な砂浜が広がってるの」
『観光地として有望ということかい?』
「サイナスさんの言う通りなんだけど、ドーラは海の一族との協定があるから、今のまんまじゃ多分海水浴場として使えない。おまけに弱いとは言っても魔物がうじゃうじゃ」
『ダメじゃないか』
と思うのがシロートの浅はかさ。
「あなたも魔物を倒してみませんかツアーって、帝国人にウケると思わない?」
『ええ? どうかなあ?』
「旅とかレジャーって、非日常的な体験を供給すべきだと思うんだよね」
『それっぽいこと言い出したけど、今考えた理屈だろう?』
「何でわかるの?」
サイナスさんは時々鋭い。
あたしとの夜の通信で感覚が磨かれてるんじゃないか。
つまりあたしすごい。
「魔物退治ツアーはともかく、現地にいるハマサソリって魔物が実に美味いの」
『ハマサソリって以前聞いたな。帝国の植民地タルガにいる弱い魔物だったか?』
「よく覚えてるね」
『美味いというのは初めて聞いたが。あ、毒があるんだろう?』
「熱を加えると毒は分解するってクララが言ってたんだ。いや、気味悪いから毒のある尻尾は食べてないんだけどさ。殻ごと素揚げにして塩振って食べたら、ぷりっぷりでおいしいおいしい。嫌がってたアトムとダンテが最終的にはバリバリ食べてたよ」
『ふむ、つまりその島はハマサソリ退治体験と、ローカル食魔物食としてのハマサソリが魅力であると。しかしタルガでもできることだろう? ドーラに帝国の観光客を呼ぶ原動力にはならない』
サイナスさんはわかってるなー。
「そこなんだよ。やっぱどーしても帝国にはなさそーな年中海水浴できる美しいビーチでの海水浴をウリにしないと、客が寄らない」
『ユーラシアだって理解してるんじゃないか。魅力自体が薄いんじゃ、力技では難しいぞ?』
「何故あたしが力技だけで物事を解決すると思っているのか。不敬罪で逮捕だぞ? いや、海の女王と相談してさ。利益折半でビーチを開放することはできそうじゃん?」
『魚人との協業か。可能ならば大きなセールスポイントになるだろうが……』
「今度海底に行った時にでも女王に聞いとこうと思うんだ。女王商売熱心だから、パトロール区域の変更さえできればイケるよ、きっと」
『面白い。ワクワクするなあ』
「でしょ? 魚人の店も出してもらって、魚人とのふれあいもウリにできれば大ヒットしちゃうな」
でも顧客満足度を高めねば、リピーターも口コミも生まれないのだ。
治安の良さと心地良い宿泊施設、ハマサソリ以外のおいしい食事を用意できる見込みがなければ、スタートすら切れない。
ドーラにおゼゼがないのが悪いんだけど、先は長いなー。
まあ楽しみを全部今消費する必要なんかないんだと思えばいいか。
『明日は帝都へ行くんだろう?』
「行く。遺書の発表から三日後が皇帝選立候補の期限なんだ。つまり明日の午前中だね。最終立候補者が誰か聞いて、行政府に報告しようかなと思ってる」
『すごいVIPみたいなこと言ってるなあ』
「すごいVIPなんだってば。そしてあたしはヒップも魅力的らしいんだよ。知ってた?」
『……』
無言で伝わる『そういうのいいから』。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『わかっただぬ!』
あれ、ヴィル今のは噛んだのかな。
それともわざと?
明日は帝都。




