第1658話:本のサロン
「六〇ゴールドとは驚きじゃ。新聞並みの価格ではないか。何故そんなに安くできるのじゃ? 教えてくりゃれ」
「帝都って新聞もメッチャ高いんだな。色々カラクリがあるんだ。まずあの紙」
「厚手の高級感のある紙でしたが……」
「あれ他に用途がない紙なんだって。安くてすぐ手に入る材料で作られてるの。まあ画集だから紙の枚数が少ないってこともある」
頷く三人。
「次に印刷代も安い」
「たくさん刷るから安くなるということじゃな?」
「量産効果もあるけど、中の絵をポスターにしてバラ売りしてるの。印刷してくれてる版画屋さんはポスターでも儲けが出るから、印刷代オマケしてくれるって」
「ふむう……」
「工夫しないとダメなんですね……」
「工夫は必要だねえ。とにかく皆が買える値段にしないと普及しない。本みたいな生活必需品じゃないものは特にね」
「「「……」」」
お金持ちの貴族にはわかりづらいかもしれんけど、これは絶対的な真理。
難しい顔になる三人。
「去年の暮れにさ。五〇ゴールドで本を出すこと考えようって、紙の生産元の集落で話したんだ。その成果があの画集だよ」
「五〇ゴールド、かの」
「うん。一冊五〇ゴールドなら、庶民にも大して負担になる金額じゃないからね。目一杯頑張ったんだけど、五〇ゴールドはムリだったな。ページ数の多くなる字の本だと、ドーラでも一〇〇ゴールド切れないんだ。まだ」
「まだ、なんですね?」
「本が多く出版されるようになって売り上げが増えれば、紙屋も印刷屋も儲かるからね。となると業者が複数生まれて競争するようになるじゃん? 本は必ず安くなる」
「早くそうなって欲しいものじゃ」
「でも本が売れないと好循環を作れないんだよ。どうしても識字率がネックだなー」
「おんしが文字を覚えるためのゲームを作っていたではないか」
あたしが作ったわけじゃないけどな。
「一般人がやってることには限界があるわ。帝国だって文字読める人を優遇する政策を取ってくれないと、大衆が文字覚えようって気にならないじゃん。もっと言うと、文字覚えるためにはこういう手段がありますよって宣伝しないと。ドーラからは手段を一つ提供したに過ぎないわ。あとは帝国の責任だぞ?」
「ふむう……」
「はひー、大変なんですね」
「ま、ビアンカちゃんは書き手として活躍してくれればいいんだ」
「ユーラシアさん、私は?」
「おっ、ルーネも本に興味ある? 識字率を上げるとこんなメリットがありますよっていうプレゼンを、お父ちゃん閣下にしてくれると嬉しいな」
政府が動いてくれないと話が進まんわ。
この役割をルーネが担当してくれるなら、他の誰がやるより効果があるだろう。
「妾はどうすればよいかの?」
「さっきの相談の話に戻るよ? 帝国で本作ると高くなっちゃうけど、ドーラで作るなら輸送コストを計算に入れても、帝国での販売価格は三〇〇ゴールドくらいに抑えられると思うんだ。だからビアンカちゃんの本はドーラで刷るのがいいと思う」
「ふむ、それで?」
「でもビアンカちゃんのお話は皇族や貴族のラブロマンスじゃん? 身分制度のないドーラじゃ共感されないな。となると売り上げが見込めそうにないんだよね。売れない本は作ってくれるわけない」
「どうするのじゃ!」
落ち着けとゆーのに。
「売れることがわかってりゃ刷ってくれるってことだよ。ドーラに作らせた本をヴィクトリアさんが買い上げて帝国の本屋に卸す、とゆー仕組みを作ることは可能かな? 一〇〇〇部以上で今読ませてもらったくらいのページ数の本ならば、一部八〇~九〇ゴールドくらいで注文受けてくれると思う。プラス輸送費だな」
「うむ、商人と相談して調べてみるぞよ」
「急がなくていいよ。ビアンカちゃんのお話が仕上がってからでも遅くないからね」
でないと紙の枚数すら決まらないわ。
今の段階ではその気でいてねってことだけでいいだろ。
「もう一つ。ヴィクトリアさん、文字や本を普及させるためのサロンを開いてくれないかな?」
「サロンとな?」
「今のままじゃ、ビアンカちゃんみたいな子がヴィクトリアさんに相談したいと思っても、どーにもなんないじゃん? サロンを開いて出入り自由ならば、いろんな話が進むと思うよ。紹介があれば平民でも参加可能にするとなおいい」
「ほう、平民にも門戸を広げるのか」
「本を作る方売る方の意見も聞かなきゃ、本が売れる世界になんかならないと思うぞ?」
大きく頷くヴィクトリアさんとルーネ。
ニライちゃんみたいな子もサロンに入れて可愛がってやってよ。
ツムシュテーク家が紙の生産や作家の育成に力を入れてくれるならば、本の満ちる社会の実現に大きな助けになるからね。
それにしても、さっきからビアンカちゃんが口パクパクしてるのは何なんだろうな?
魚のマネ?
「あの、私はまたヴィクトリア様に自作のお話をお読みいただいてよろしいのでしょうか?」
「さよう申したではないか。直しを入れたらもう一度読ませてくりゃれ」
「ビアンカちゃんの恋愛小説は、本普及のための起爆剤の一つだぞ? 大いに張り切ってくれないと」
「直しを入れるのは、先ほどの作品でよろしいのでしょうか?」
「何じゃ? どういうことじゃの?」
「ビアンカ様は、かなり多くの作品のストックをお持ちのようなのです」
「ほう?」
「読者を掴めるかという視点では、最初の一作はとても重要になるかと思います。もっと吟味して決めてもいいのでは?」
ルーネやるじゃないか。
本に興味があるというより、皆で一つの目標に向かって何かするというのが楽しいのかもしれないな。
きっかけは何でもいいけれども、ルーネの成長に繋がることだ。
「では、なるたけ展開に動きのあるものが良いの。恋愛テーマだけではおそらく女性読者しか獲得できぬ。男性読者をどれだけ引き込めるかが成功のカギであろう」
うむ、的確な指摘だ。
ヴィクトリアさんもわかってる。
動き始めりゃ面白くなるな。
「今日の用は終わりかな。あ、クリームシチューっていう異国の料理を教わったんだ。今度作って持ってくるね。ヴィクトリアさんも試食して、意見を聞かせて欲しいな」
「うむ、楽しみにしておるぞよ」
「じゃーねー」
「バイバイぬ!」
ヴィクトリアさんの部屋を退出する。




