第1542話:『アトラスの冒険者』の恩恵
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「サイナスさんの声は眠り誘う薬だわ。夜寝る前に聞きたくなる」
『オレの話が退屈で眠くなるという意味じゃないだろうな?』
「随分と自虐的だね」
大体面白話を提供してるのはあたしの方だわ。
サイナスさんからは連絡事項くらいしかないわ。
「今日は面白い試みがあったんだ。クララとコケシを一日トレードという」
『えっ、コケシ?』
名前を聞いただけでビクつくサイナスさん。
さすがはサディスティックコケシ。
はかいりょくはばつぐんだ!
『何でまた?』
「とある洞窟の中の石に刻まれた文字で読めないやつがあってさ。コケシって古い文字に詳しいじゃん? 力を借りたの」
『あのコケシが素直に言うことを聞くんだな?』
「だってあたしは精霊使いだし」
あれ、かつてないほどサイナスさんから尊敬の念を感じる。
どんだけ恐れられているんだコケシ。
『何て書いてあったんだい?』
「えーと、『この先、トイレなし』」
『は?』
そーゆー反応になるのわかる。
あたしも同じだった。
ヒバリさんのジョークだろうけどな。
『ハズレか?』
「いや、その文字を残したのがヒバリさんだったんだ。石の奥にあるものくれるとも書いてあって、中に大量の碧長石がありました! やったね!」
『よかったじゃないか。これで南部街道が実現できるんだな?』
「うん。しかもヒバリさん、塔のダンジョンの二八階で手に入れたとも記してくれてたんだ。あそこ『永久鉱山』だから、碧長石の入手に困ることないな」
『問題解決か』
「でもドワーフ達には、転移の玉や転移石碑の注文受けてもらわないといけないじゃん? 今は何にもできない」
しかし遠くない将来に南部街道を実現できることは確定だ。
焦ることはない。
『ハハッ、急ぎ過ぎだろう。君が『アトラスの冒険者』になってから、ドーラは劇的に変革してるじゃないか』
「追い立てられるように動いてるってのはあるね。今何とかしないと、ドーラが潰れちゃいそうってのがあるじゃん?」
ムリヤリにでも輸出を多くして行政府の収入を多くしてやらないと、オルムスさんに負担がかかり過ぎてパンクするわ。
政府事業を起こせないにしても、人件費と人材だけは早期に確保しないと。
ドーラを担う文官を育てたい。
『長い目で見ようじゃないか。西域全体から魔物を追い出すことだってできそうだろう?』
「あたしも考えたことあったけど」
そもそも西域に入植者が増えてるわけじゃないのに、土地だけ広げてもな?
人口が増えた時考えりゃいいんじゃないか。
いや、でも砂糖の生産には西域に面積が必要なんだよなあ。
「難しい。優先順位もあるしなー」
『おいしい魔物が惜しいだけなんだろう?』
「それも重要な要素ではあるけど」
アハハと笑い合う。
「でもね。ようやく魔物に脅えないドーラが実現できそうで感無量だよ」
『あれ、センチメンタルな芸風は珍しいね?』
「芸風ちゃうわ! 本心だわ!」
まったくサイナスさんは乙女心がわからないんだから。
碧長石の魔物除けには大いに期待だ。
「あたしが住んでるこの家の敷地のすぐ近くに、魔物が出たことがあったんだ」
『アルハーン平原は常にはぐれ魔物の危険はあるからな。何が出たんだい?』
「どんくさいけど割と強い、太ったでっかいネズミみたいなやつ。覚えにくい名前の」
『ああ、ヒポポタマウスだな?』
「そうそれ」
『魔物除けがあっても寄ってきちゃうことがあるよな』
「邪気が少なくて、魔物っぽくないからかもしれないねえ」
しかし一人で戦って駆除するのにレベル一〇くらいは必要な、素人にとっては大変危険な魔物ではある。
「まだ冒険者になる前でさ。強さだけで言うと、この辺で出る魔物の中では一番強いくらいじゃん? あいつ倒すのが最初の目標だったんだ」
『ユーラシアにも純真な頃があったんだな』
「今でも純真だとゆーのに。自由のために強さを求めたあの頃」
『ゴリ押す今』
「もーゴリ押すばかりじゃないってば」
何を言ってるのだサイナスさんは。
通信だと純真さまで伝わらないのだろうか?
「『アトラスの冒険者』になった時、とりあえずレベル二桁あれば、かなり好き勝手できるかなって思ってたんだ」
『ヒポポタマウスを狩って食べたいってことか?』
「あれ、あんまりおいしくないんだよね」
『突然現実に引き戻される意見。味にはシビアだな、君は』
掃討戦後の祝勝会で食べたお肉は、ほとんどヒポポタマウスだったと思う。
あの時は美味いなーと感じたけど、あとから考えたらさほどでもなかったような?
雰囲気と空腹に流されちゃってたんだろう。
「まーあたしもレベルが欲しかった一五の夜」
今ではレベルもある。
あちこち行けるようになった。
『アトラスの冒険者』になって最も恩恵を受けているのは、間違いなくあたしだろう。
実にありがたい。
「午後はルーネを連れて、フリードリヒ公爵ん家行ったくらい」
『ちょっと待て』
「ちょっと待つ」
『ルーネって、主席執政官閣下の娘なんだろう?』
「そーだよ」
『フリードリヒ公爵とは、ルキウス皇子の義父になる?』
「そーだよ」
『次期皇帝に関わる敵同士じゃないか』
一言で片付けられる単純な関係ではないとゆーのに。
「フリードリヒさんは商人だから、あんまり味方とか敵とか決めない人だよ」
『主席執政官閣下は?』
「敵味方を峻別する傾向があるな。でも今矯正中」
『え? どういうことだ?』
「あたしの存在に慣れさせてるとこ」
『ああ、君は敵味方に節操がないからな』
「言い方がひどいなー。もっと優しくして?」
ドーラ独立戦争やソロモコ遠征で敵だったあたしが、ヤマタノオロチ討伐やラグランドでは味方になる。
ルーネを冒険者などに関わらせたくはないけど、以前よりずっと生き生きした娘に会えるようになった。
閣下は最近、裏表はっきりしないことが多いと感じているに違いない。
『明日の午前中は輸送隊の選抜だよ』
「うん、覚えてる。JYパークだよね?」
『黄の民のショップへ行ってもらえればいいよ』
「フェイさんとこか。 わかった。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日はまずJYパーク。




