第1336話:グッドイーブニン
「グッドイーブニン、ミスター・サイナス」
『ああ、こんばんは。今日はノリが違うね?』
「今日みたいなジメジメした日にノリが同じだとカビが生えそう」
『何だそれ?』
毎晩恒例のヴィル通信だ。
「今日エルダーガゼルっていう魔物のお肉食べたんだよ。大変結構でした」
『お肉記念月だなあ』
「素晴らしいなお肉記念月。サッパリしてて若干硬めの肉質なんだ。シチューとか煮込んだ料理向きだなと思ったから、また手に入れたいな」
『ん? イレギュラーに入手したのかい?』
「聞きたい? 面白いことがあったんだよ」
『今日のツボを存分に話しなさい』
今日のツボって言い方はいいな。
どこかで使お。
「何があったと思う?」
『どうせ予想したって当たらないから、考えるだけムダだ。何があったんだ?』
「もーサイナスさんのいけず。ちょっとは盛り上がりを考えてよ」
エンターテインメントには受け手側の姿勢も重要だと思う。
こっちが眠くなっちゃうじゃないか。
もっともサイナスさんは、聞く姿勢ではいてくれているけれども。
「以前、ゴブリンに会ってきたって話したじゃん? 最年長『アトラスの冒険者』の転送先の」
『覚えてる。新人をひどい目に遭わせたやつだな?』
「どーしてそんな覚え方なのよ?」
『エンタメポイントだから』
ぐうの音も出ないほど正論だった。
いや、あたしがひどい目に遭わせたわけではないわ。
罠にかかるのを放置しただけだわ。
「あの日以来、あたし達はゴブリンから仲間だと思われてるらしくてさ。ゴブリンクエスト持ってる冒険者が、ゴブリンから助けを求められたんだ」
『案外ゴブリンは賢いな』
「マジでそう。魔物に襲われるから助けてくれって。今日の午後に現地に行ってきた。夜安全な場所の取り合いってことだったみたいだよ。問題の魔物も草食魔獣だからさ」
『問題の魔物がエルダーガゼルか』
「ピンポーン! ゴブリンも森に住んでるんだ。夜にエルダーガゼルが森に来ると、ゴブリンの警戒網に引っかかって争いになっちゃうという」
『ユーラシアのコミュニケーション能力が炸裂して、ゴブリンから聞き出したのか?』
「うん」
『問答無用の能力がえぐい』
問答は必要だとゆーのに。
「エルダーガゼル五体。結構強いやつだよ。中級冒険者のパーティーでも苦戦すると思う。ゴブリンじゃ狩れないな」
『狩る? 肉目線だな?』
「魔物の分類はまずお肉か否かだからね。ゴブリンにもお肉をたくさん分けてあげたから嬉しそうだったよ」
たまには食べたい魔物だ。
でもマウ爺やゴブリンの反応からすると、あのエリアに多い魔物ってわけでもなさそうだった。
たくさん生息している場所を知りたいものだ。
『午前中は何してたんだい?』
「雨だったから」
『帝国へ行ったのか』
「大正解だなー」
サイナスさんの頭の中には、あたしが家でじっとしてるっていう選択肢はないらしい。
よくあたしを理解してくれてるなー。
「新男爵領ガータンに様子見に行って、その後公爵領パッフェルへプリンスとの婚約おめでとうの件で」
『リリー皇女も連れていったのかい?』
「あっ!」
『どうした?』
「リリーにプリンスとパウリーネさんが婚約したこと言ってない!」
何か忘れてるよーな気はしてたんだよな。
思い出させてくれたサイナスさんに感謝だ。
『早めに連絡すればいいじゃないか』
「明日の午後だな」
『午前中は用があるのかい?』
午前中はリリーのお寝んねタイムってこともあるんだが。
「帝都へ行くんだ。ちょこれえと食べに」
『ちょこれえと?』
「ラグランドで取れるカカオっていう作物を使ったスイーツだよ」
『ほう、ラグランドの』
いや、ラグランドに絡めてきな臭い話をしようと思ったわけじゃないよ。
「イシュトバーンさんに教わったんだ。帝国では高級スイーツの扱いみたいだね。衝撃的なおいしさらしいから、ぜひ食べてみたくて」
『カカオという作物をドーラに導入したいということか?』
「カカオは育てるのに温度が必要だからムリなんだよ。植民地の産物は全部帝国に輸出されてるんで、横取りもできないし」
『君は欲しけりゃ悪知恵を捻り出して何とかするんだろう?』
「悪知恵はひどいなー。超絶美少女の華麗なる叡智で、ドーラでもちょこれえとを合法的に食べられるようにしたいね。モチベーションを上げるために食べてくるよ」
『食べたいがための言い訳にしか聞こえない』
何でもいいのだ。
とにかく食べてみたい。
イシュトバーンさんの口振りからすると、味わったことのないようなスイーツであることは間違いないから。
「明日は施政館にも行く予定なんだ」
『主席執政官殿下のところか。何をしに?』
「ソロモコ遠征の艦隊司令官ツェーザル中将が、今日帝国に帰ってるはずなの。明日報告に上がるって言ってたから、あたしもお邪魔しようかと思って」
『待て。ちょこれえとじゃなくて、そっちがメインなんじゃないか』
明日のメインイベントだなあ。
でも第二皇子が会ってくれさえすれば何とかなる。
『大丈夫なのかい? 中将をどう丸め込んだか知らないが、主席執政官の第二皇子殿下は君がソロモコ征服の邪魔をしたことに気付くだろう?』
「まあ」
おそらく第二皇子付きだという悪魔ガルムからの情報で、既に真相を知っているだろう。
どうせこのガルムという悪魔も揉め事好きに違いないから。
「一つのクライマックスには違いないけど、こうなることはわかってたから。あたしの顔なんか見たくもないってシャットアウトされると、説得の余地もないけどさ。そこは可憐な美少女フェイスがものを言うだろうし」
『楽観的だなあ』
「事実を越えた真実だぞ?」
あたしがのこのこ施政館に出かけていったら、第二皇子はどうするか?
以前食事に毒を盛られた時に救ったったという事実もある。
むしゃくしゃしてるには違いないが、文句を言うためではあっても、第二皇子は会ってはくれるだろうと見た。
「明日の昼食は施政館でいただく予定なんだ。うまいこと言いくるめないとお昼を食べ損ねてしまう」
『本当にずうずうしいな』
アハハと笑い合う。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『明日の健闘を祈るよ。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日施政館。
あれ、施政館は何時から開いてるんだっけ?




