13「星屑祭一日目 ユウ、ぶらぶらする」
初日の朝から、町は熱気と活気に包まれていた。冬の冷たい空気も忘れてしまいそうなほどだ。
祭に参加するのは、この町の住民だけではない。首都ダンダーマなどから観光目的でやって来る人たちも多い。
魔闘技のタッグ戦は午後からだ。説明を受けるため、アリスとミリアは朝から既にコロシアムに向かっていた。
私はというと、それまでは暇だった。ぶらぶらと歩きながら、祭の雰囲気を楽しむことにする。面白いものはないかと辺りを見回しながら、あてもなく歩く。
大通りには所狭しと屋台が立ち並び、あちこちで客を寄せては取り合っている。大小、色共に様々な星飾りが至るところに散りばめられており、見る者を楽しませてくれる。
特に町の名物、時計塔は豪華な星屑仕様に装飾されていた。定時には鐘の音とともに、祭りの日だけの特別なメロディーが流れるらしい。
すれ違う人々を何となく観察していたが、観光客と思われる人を含めて、茶髪や赤髪がほとんどだった。時折金髪や銀髪、青髪も見かけることがあるが、数はさほど多くない。
――そう言えば、アリスもアーガスもカルラ先輩も、みんな赤髪か茶髪だな。
私を除けば、黒髪の人間は誰一人としていなかった。それは珍しがられるわけだなと思った。
――うん。こうして見ているだけでも楽しいけど、一人はやっぱり寂しいかな。
いるだけで賑やかなアリスと、可愛い毒舌家のミリア。絶妙な掛け合いが恋しくなる。
――見所だけ探しておいて、ちゃんと後で三人で回ることにしよう。そうしよう。
***
人混みに揉まれて歩くのも疲れてきたので、小さな通りの方へ入っていったときのことだった。
――あれ。子供が泣いてる。
目の前で、幼い男の子が大声で泣いていた。両親の姿はなく、周りの人も見て見ぬふりという感じだ。最初から放っておくつもりはなかったが、泣き声を聞いていると、胸中がやけにざわめく。
――どうしてだろう。子供が泣くところなんて、何度も見たことがあるはずなのに。世話を焼いてあげたいような、抱き締めたいような、そんな気分が強くなる。母性ってやつ、なのかな。
男の子に近付き、怖がらせないようにしゃがんで目線を合わせ、なるべく優しく声をかける。
「どうしたの? ぼく」
「うえーん! ぼくの、ファルモがーー!」
見上げると、木の枝に軽く引っかかっていた。風船のようなものだ。
――手を放しちゃったんだろう。祭ではよくあることだけど、かわいそうだな。
男の子の頭に手を乗せ、よしよしと撫でてやる。少し落ち着いてくれたところで、言った。
「お姉ちゃんが、取ってあげよっか」
「ぐす……ほんと……?」
「うん。ちょっと待っててね」
立ち上がって、ファルモを見つめる。下に付いた紐が風に吹かれて、ひらひらとなびいている。
――さて引き受けたはいいけど、どうしようか。木はそこそこ高いし、よじ登っていくのもだるいな。空を飛ぶのも、目立ってしまうからダメかな。
だったら――そうだな。魔法で降ろしてやれば良いか。強いのだと割れてしまうから。
包め。そよ風。
《ファルリーフ》
ささやかな風が、傷付けないようそっと包み、木の枝から外してゆっくりと降ろしていった。
《ファルリーフ》は、魔力制御が苦手だった私が、出力を限界まで弱くする訓練の過程で生まれた魔法だ。まあ生まれたと言っても、普通はあえて名付けないだけで、児戯にもありふれている。
葉っぱ程度しか巻き上げられないから、この名前にしたわけだけど。案外こんなのでも役立つことがあったか。
「はい」
掴んだファルモを手渡すと、男の子は目を輝かせて、飛び跳ねるほど感謝してくれた。
「わあ、すごい! 魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。次は手を離さないように気を付けるんだよー」
「うん! ばいばい!」
大事そうにぎゅっと持つと、すぐに走っていった。でも、ちょっと走ってはこちらを振り返り、何度も繰り返し手を振ってくる。何だか微笑ましい気持ちになって、そのやり取りに付き合う。やがて、本当に行ってしまった。
――ああ。かわいかったなあ。いいなあ、子供って。
ふと、幸せな家庭の情景が浮かんだ。子供がいて、夫がいて。楽しそうに遊んでいる。子供は小さいときの「俺」にそっくりだ。夫の方は、亡くなった父さんに似ている。そして私は、そんな二人の様子を温かい目で見つめる奥さん、で?
――って、何考えてるんだ!?
慌てて妄想を掻き消した。
はあ……はあ……。なんでこんなこと考えちゃったんだろう。最近の私、なんかおかしいよ。
――いや、そうじゃないのかな。むしろ普通になってる?
単に姿に合わせて性自認が変わっているだけと思っていたけど、どうも違うみたいだ。
女としての生活を通して、少しずつ本来の「私」――仮に女として生を受け、自然に成長したならば、そうなるはずの姿に近付いている。そんな気がする。
まるで「俺」の他に、もう一人の自分――「私」が本当にいて、この姿でいるときは身も心も彼女を演じている。彼女になり切ろうとしている。そんな風にさえ感じてしまう。
――実態として、むしろ二重人格に近いのか……? けど、私は私のままだし……。
考えてもわかるはずはなかった。
――ふう。もう行こうか。ずっと立ち往生してても仕方ないし。
***
またしばらく歩いていると、魔法書のバザーをやっているのを見かけた。興味が湧いたので、覗いてみることにした。
残念ながら、期待したほどのものではなさそうだ。売っていた本の多くは、魔法図書館に置いてあるものが多かったのだ。あそこの蔵書量はすごいんだなと感心しつつ、掘り出し物は中々見つからない。
それでも何か一つくらいあればとうろうろしていると、古書コーナーを見つけたので、そっちに向かう。当たりだ。知らない本がごろごろ出てきて、心躍る。
――ん。『天体魔法の伝説』か。
古くてぼろぼろになった、そんなタイトルの本を見つけた。何となく気になり、手にとってパラパラとめくってみた。途中、気になる一節があった。
【この世に神の化身が現れた。かの者は、天より星を落とし、魔に栄えた王国をたちどころに無へ帰したのである。魔に堕落し、傲慢に過ぎた人間たちへの神罰にして、救済であった。我らは、奇跡の御技をメギルと呼び讃えた】
――これってまさか……あいつのことじゃ……。
思い出すと目眩がしてきたので、そっと本を元へ戻した。気分転換に楽しめる本を探そうとしたとき、奥に見慣れた人物がいることに気が付いた。魔法史のトール・ギエフ先生だ。
「ギエフ先生。おはようございます」
「おお。ユウ君か。こんなところで会うとはね」
妙齢の先生は、相変わらず穏やかな雰囲気を纏っている。本棚に立つと、若輩の私よりよほど様になっている。
「あのときは、ありがとうございました。助かりました」
女の子の日で途中退席した際、講義ノートを頂いた件について、改めてお礼を述べた。
「礼はいいよ。講師として当然の務めだからね」
頗る当然といった調子で、嫌みもまったくなかった。こういうところが紳士と、女子に持て囃されている。人気講師としての人望をほしいままにする由縁なのだろう。
「それより。君の成長は、目覚ましいものがあるね。私の魔法史でも、君のレポートは素晴らしいよ。最初の試験が白紙だった子とはとても思えないね」
ふっと、からかうように笑うギエフ先生。
――あはは……。あれは、仕方がなかったからね。知るわけないし。
あ、そうだ。魔闘技に出ることを話してなかったし、言っておこうかな。
「あの。私、魔闘技の個人戦に出ることにしたんですよ」
「ほう、それはそれは。一年生では珍しいね。感心なことだ」
「先生は、観戦されるご予定はあったりしますか?」
悩ましそうな笑顔で、首を横へ振る。
「魔闘技は好きなのだが……残念ながら、研究が忙しくてね。明日から、部屋に籠りきりなのだよ。そういうわけで観には行けないけど、応援しているよ」
「そうですか。わかりました。精一杯頑張ります」
「うむ。期待しているよ」
彼は、私の全身を舐めるように見回した。一つ深く頷き、提案してくる。
「ふむ。ところでどうかね。カルラ君が既にしつこいようだけど、私からも誘ってみよう。いずれ我が研究室に来る気はないかね。君の才能が間違いなく生かせるはずだよ」
――まさか、ギエフ先生本人から誘われるとは思わなかった。それだけ私を高く買ってくれているのか。
一流の研究者である彼直々に誘いを受けたことは、確かに誉れだろう。でも、答えはもう決まっていた。カルラ先輩からも色々と聞いた上での結論だ。
私はイネア先生のところで修行を続ける。イネア先生と一緒にやっていく。
「すみません。申し出はありがたいんですけど、十分に間に合ってますので」
「十分、とは」
彼にしてみれば、当然の疑問だ。きっぱりと答える。
「既に教えを受けているんです」
「それは、誰かね?」
「気剣術科のイネア先生という方です。専門は気剣術ですが、魔法も詳しくて。そこで学ばせて頂いてます」
これは半分嘘だ。本当は男の姿で気剣術をやってるんだけど、そんなことまで言わなくてもいいだろう。
それを聞いた彼は、どういうわけだろう。一瞬だけ表情を強張らせた。不思議に思ったけれど、すぐに元の穏やかな表情に戻った。
「そうか。そういうことなら、仕方がないね。気が変わったらいつでも来なさい」
「はい。せっかく誘って下さったのに、すみません」
「いいさ。では、失礼するよ」
立ち読みしていた本を棚に戻し、足早に去って行った。
しばらくバザーを堪能した後、屋台で昼食をとった。食べ終わる頃には、ぼちぼち良い時間になっていたので、コロシアムへ向かうことにした。いよいよアリスとミリアの晴れ舞台だ。期待に胸を膨らませていた。




