第1話 気付いたら、鎧の男がいた
今回は第3話までUPします。
19時に第4話UP予定。
書き溜め分が尽きるまでは、毎日19時30分に投稿します。
「店長!早く出なきゃ、予約時間に間に合わないですよ!」
店の自動ドアの方から、もうすぐで二年目になる新卒の高い声が聞こえてくる。
急き立ててくる彼女の声に、私はデスクトップから目を離さないまま、「あとちょっと!」と声を張り上げた。
閉店間際に入った問い合わせメールであるが、内容が激アツだ。
即入居の部屋探しの上、賃料15万円以下の1Kを探しているらしい。
本当は電話したいところだけど、流石にそれは飲み会の予約時間が迫っているので我慢することにした。
しかし、パソコンにかかりきりになっている私に他の営業マン達も痺れを切らしているようで、容赦なく店内の電気が消されていく。
「矢沢さん、タクシー呼んで。この分だと、まだ10分は掛かる。俺は電話の転送かけるから」
「了解です!タクシー代、経費で落ちますよね?」
「店長が経理部長に泣きついてくれたらな」
前方から不穏なやり取りが聞こえてくるが、今は無視だ。
真っ暗になった店内でなんとか顧客対応を終えると、待ち構えていた部下達に両脇を抱えられて、店の外に連れ出される。
店長の威厳など、店長という呼称くらいしか残っていなさそうだった。
◆◇◇
母子家庭で高校まで行かせてくれたお母さんに報いるために、卒業と同時に就いた仕事は賃貸仲介だった。
大卒と変わらないぐらいの基本給と歩合が貰えるという条件が決め手だったので、仕事内容自体は入ってから知ったような状態だ。
しかし、意外にも不動産営業は私と相性が良かったようで。
若輩ながらも去年の春から、一つの店舗を任される所まで上り詰めていた。
新卒の子が予約を取ってくれた居酒屋は、渋谷駅から徒歩10分の所にあるお洒落なイタリアンバルだ。
私と他の男性営業マン達で選んでいたら、新橋の安居酒屋になっていた事だろう。
あまり小綺麗な内装の飲食店に馴染みの無い私は席に座ったあともソワソワとしていたが、テーブルの上にビールが並ぶと少しだけ心地が着いた。
手前に置かれたグラスを掲げると、隣同士で雑談していた営業マン達の視線が集まってくる。
馴染んだ顔達に見守られる中、私は緊張で重たくなりそうな口元を気合いで開いた。
「皆さん、今日はお集まり頂き、ありがとうございます。去年に赤坂店店長として就任した時はどうなるかと思いましたが、なんとか繁忙期を終えることができました。本当に今日までお疲れ様でした」
いつもなら、この辺りで調子のいい子達から茶々が入る。
だけど、彼らでさえも、真剣な眼差しで私の音頭に耳を傾けていた。
流石に繁忙期明けの打ち上げともなると、彼らも粛々とした気持ちになってしまうものらしい。
あまり長々と挨拶をしていてもしょうがないので、掲げていたグラスをさらに上げた。
「じゃあ、乾杯!」
刹那、お洒落なイタリアンバルには大変似つかわしくない雄々しい乾杯が店内に響き渡った。
静かな挨拶で始まった筈の打ち上げは、酒が混じるとあっという間に賑やかになった。
立ち代わり入れ替わりやってくる営業マン達と、これまでの日々を振り返る。
店長に就任したばかりなこともあって、彼らにはかなり苦労を掛けてきた覚えしかないのだが、誰も暗い話は口にしなかった。
一通り営業マン達と雑談を終えたところで、店員さんがお盆に人数分のテキーラを載せて運んでくるのが見える。
犯人は誰だと問うよりも先に、我が店で一番の調子乗りが席を立った。
「次はテキーラ行くぞ!最後まで残ってた人が、ビリに契約書の手続きを手伝って貰えるってことで!」
「ビリがお前だったら、余計に手間が増えそうだよな」
「安心しろって。俺がビリになるわけないから。ってことで、店長からどうぞ」
いつも通りの予告のない挑戦状。
誘うような微笑みを浮かべている部下と視線が交差して──自分の口角が上がるのが分かった。
不動産営業をしているような人間は、等しく負けず嫌いだ。
たとえ部下から不躾に飲み比べを挑まれたとしても、その場で断るなんてダサいことをする不動産屋なんてほぼ居ない。
「よし。私の新しい伝説を見せてあげる」
「前回の伝説は、酔っ払ったまま、霞ヶ関に行ってしまって警察に補導されたってやつっすね」
「お黙り!」
思い出したくない黒歴史を突き付けてくる部下をキッと睨んで、回ってきたテキーラを煽った。
瞬時に熱くなってきた食道を堪能しつつ、空いたグラスを高く上げる。
挑発するように周囲を見渡すと、次の番の子が「いっきまーす!」と調子よくテキーラを手に取った。
景気よく空になった小さなグラスが机に並んでいき、新しいテキーラと交換されていく。
食道どころか、体全身が熱く燃え上がっているのを感じつつ、私はこの飲み比べの最後の一人になるために、琥珀色の液体をひたすらに胃に収め続けた。
◇◆◇
「お客さん、着きましたよ」
「は、い?」
遠くから聞こえてきた見知らぬ声が、体の奥底にたゆたっていた意識を引きずり出して来る。
鈍痛を訴えてくる頭に顰めっ面を浮かべつつ、なんとか瞼を押し上げると、見知らぬオジサンが運転手席越しに振り返っているのが見えた。
「4200円。現金とクレジット、QRコード支払いもいけるよ」
淡々と金額を告げてくる運転手の声を聞いているうちに、自分がタクシーの車内に居ることを認識した。
そして、さっきまで浴びるようにテキーラを飲みまくっていたことも。
「・・・・・・じゃあ、クレジットで」
断片的にしか記憶のない酔っ払いだけど、ちゃんと通勤鞄は持って帰ってきたらしい。
取り出した財布には、クレジットカードだけでなく、免許証やマイナンバーカードなどの大切な身分証も一式揃っていた。
クレジットカードを運転手に渡すと、既にPOS端末を待機させていたらしく、手際よく決済を済まされる。
「ドア、開けますよ」
「ありがとうございまぁす」
仕事で、数多くの酔っ払いを見てきたのだろう。
運転手は私が降りるや否や、すぐに車両を発進させて夜の街に消えていってしまった。
遠くなっていくエンジン音を耳にしつつ、覚束無い足を引きずって、マンションのロビーへと入っていく。
さっきから続いている鈍痛は、時間がたてばたつほど酷くなっていた。
タクシーにいる時は軽いデコピンぐらいの痛みだったのに、今は後頭部を子供の力で叩かれているような痛みに変わってきている。
意識が痛みに掛かりっきりの中、それでも足は自分の部屋を覚えていたようで、なんとか部屋の前に辿り着く。
玄関の明かりもつけないまま、パンプスを脱ぎ捨てて、ソファへと一直線に向かっていく。
化粧も落とさず、着替えることもせず、ソファの上へと寝っ転がるともう限界だった。
プツリと、電源を引っこ抜いたテレビのように意識も脳内も真っ暗になった。
◇◇◇ ◆
「おい」
「はっ!」
遠のいていた意識が、男の大きくない割に鋭い呼びかけによって戻ってくる。
像を結んだ景色に、パチパチと目を瞬いた。
私の真ん丸になっているだろう目を向けられている男は、端正な顔立ちをしていた。
襟足の伸びた黒髪と、切れ上がった奥二重の目がなんともセクシーだ。
最近、有線で流行っているアイドルみたいな顔をした彼に束の間、見惚れてしまっていたが、ハッと我に返る。
しかし、現状を把握しようと彼が着込んでいる服装まで視線を落としたところで、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。
反射する程に、ピカピカに磨かれた黒い鎧。
腰には、使い込まれたことがよく分かる片手剣が差さっていて、布袋が無造作に肩の上に担がれている。
まるでファンタジー映画のキャストのような出で立ちだ。
うちの店舗は赤坂にいる関係上、外国のお客さんも訪れることはあるが、コスプレをしたまま訪れた人は彼が初めてだった。
何か他に情報は無いかと、手元にまで視線を落としていく。
すると、胸下にあるカウンター上には、『報酬受領書』と書かれた紙が置いてあった。
否、正確に言うと『報酬受領書』と読むことは出来るが、ヒエログリフに載っていそうな奇っ怪な文字が並ぶ紙だった。
その瞬間、脳裏にバチバチっと稲妻が走って。
私の視界はサイケデリックなマーブル模様で埋め尽くされていった。




