第四話
「ふぃー……親方コーヒー吹き過ぎだっての」
やっと掃除が終わった。
まだそんなに経ってないよな……げっ。
十分以上経ってんじゃん。
魔王様、怒ってないといいけど……
「お待たせしてすいません! こちらへどう……」
「ぬうぅぅん!」
急いで工房の扉を開けると——
筋肉を強調するポーズをとる魔王様がいた。
「うぉぉ! 筋肉に全然無駄がねぇ!」
「ナイスバルク! ナイスバルク!」
「きゃー! 腕ふとーい! 胸板もすごーい!」
周りにはいつの間にか人だかりができていた。
魔王様がポーズを変えるたびに声援や口笛の音が飛び交う。
熱気に押されてのけ反りそうになった。
「なっ、なんでこんなことに!?」
俺が思わず叫ぶと、近くにいた観客の男性が——
「おや、きみ知らねえのかい? 『魔王様がパフォーマンスしてる間は観客になっていい』ってやつ」
あ……あぁ〜、あったなそんなルール。
「それにしたって、何もここで始めなくても……」
「いや〜、魔王様、しばらく暇そうに突っ立ってたと思ったら、急にポーズ取り始めてさ……」
……お待たせしちゃったんですね。すいませんでした。
魔王様は、さらにポーズを変えて声援を浴びている。
どうしよ、このままほっといたらいつ終わるか分かんないぞ。
——くそっ、埒が開かない。
「あのー! 準備できたんでー! こちらへどうぞー!」
「——うむ、わかった。では参るとしよう」
大声で呼びかけると、魔王様はようやくこちらに気付いてくれた。
そして、魔王様のパフォーマンスが終わるやいなや——
「はい、てっしゅー」
「魔王様の筋肉、すごかったなー」
「しかし、よく訓練されてるよな、俺たち」
などと言いながら、観客たちは何事もなかったかのように元いた場所に戻っていった。
……訓練なんてどこでやってるんだろ?
「親方ー、魔王様をお連れしましたー」
「おう、すまんすぐ行く」
魔王様を工房内に案内しても、親方の姿が見えなかった。
奥の方で何かゴソゴソやってるみたいだ。
顔拭いて着替えるだけなのに……何やってんだ?
「どーも、どーも、お待たせしてすいません。私が当工房の主、ノーワン・ドンラーガでございます」
やっと出てきた親方を見た俺は口を開けて固まることになった。
おろしたての真新しい作業着を着た親方が、手もみしながら出てきたのだ。
「そなたがノーワンか、して、そなたがどのような服でも作れるというのは真か?」
「お任せください、このノーワンに作れぬ服などございません」
新しい服も変だけど、こんなに腰が低い親方なんて今まで見たことないぞ。
いつも、どんな客にもタメ口で話してる人とは思えないんだけど。
(お、親方、なんでそんな腰低いんすか? いつもの職人の矜持はどうしたっすか!?)
俺は親方に近寄り、小声で問い詰めた。
ふわっと石鹸の香りが漂った。
シャワー浴びてたのかよ……
(王様ぐらいになると、さすがにそういうわけにいかんだろ)
(えぇ……)
(お前も、大人になればわかるさ……)
親方から肩に手を置いてそう言われると、俺はそれ以上何も言えなかった。
そりゃ、そこいらの一般人とは訳が違うけどさ。
いつも通りの親方でいて欲しかったなー……
「ささ、立ち話もなんですので、奥の客間へどうぞ」
「うむ、では世話になろう」
親方がそそくさと客間という名の居間に魔王様を案内した。
魔王様がちゃぶ台の置かれた畳の間にどっしりと座る。
そんな様子を呆然と眺めていたら、親方が——
(ヒヨシマル、お茶!)
(あっ! すいません、直ちに——)
はっと我に帰った俺は、慌ててお茶を淹れに走った。
「……さて、そなた達も我が服を着ることができぬというのは存じておるな……」
俺が魔王様の前にお茶を差し出すと、魔王様が話を切り出してきた。
「へぇ、なんでも服を着ると弾け飛ぶとか」
「うむ、幼少の頃、何度試しても駄目だったのだ。もう、二十年近く服に触れてもおらぬ」
「そいつぁ……ずいぶん苦労なされたんですなぁ……」
そういや、魔王様って有名人だけど、服を着られないって話以外、詳しい事は聞いた事ないや。
王様になる前とかは、周囲の人たちから白い目で見られたりしたのだろうか。
親方の同情的な声に、俺も思わずうんうんと頷いた。
「いや、特に苦労はしておらぬ」
してないんかい!
と、心の中でツッコミつつ魔王様を見ると真顔のままだった。
あ、これ、ほんとになんの苦労も……苦労どころか意識すらしてない顔だわ。
「えっ……あっ……はい」
親方、どう答えたらいいか分からないんだろうな。
俺も、どんな顔をしたらいいのか分からない。
「あーそれでですね、本日は我が工房にて衣服のご用立てということですが、どのような服をご所望で?」
話題の変え方がやや強引だけど、親方グッジョブ。
「どのような服とな……」
どんな服を作るか——
これは俺たち職人にとって、非常に大事なことだ。
服のデザインなんて千差万別。
好みや流行といったものを、その客に似合うように作る。
一言で言えるけど、決して簡単な事じゃない。
「……特にないが」
はい、来ました『特にない』ー!
一番困るやつ。
「特にない……ですかー」
親方も困ってた。
普段なら怒って、客相手でも怒鳴ったりしつつ、なんだかんだで作っちゃう感じなんだけど、魔王様相手だとそうもいかないんだな。
「うむ、着られる服というものが作れるか……という事だけが気がかりでな、他のことは考えておらなんだ」
あ、そうか。
魔王様は服を着たことがないから、同じ『特にない』でも意味が普通の人とは違うんだ。
まず着られることが大前提だもんね。
「なるほど……お話はわかりました」
親方も合点がいったという様子だ。
「では、まず、服が弾け飛ぶところを見せていただけますかな?」
「弾け飛ぶところとな?」
「さようでございます。すでにいくつか服の素材に心当たりがありますが、実際に弾け飛ぶところを見てみないことには、それ以上絞れませんので」
おおー、親方が職人っぽい。
いや、普段から職人なんだけど、敬語の親方とか初めてみたので、ついそう思ってしまった。
「しかし……服はどうする」
「もちろん、こちらでご用意いたします。ヒヨシマル、倉庫の六番から見繕ってこい」
工房の二階には倉庫がある。
制作した服や資材なんかを置いてあるんだけど、六番は売れ残って処分待ちの服が置いてあるスペースだ。
「うっす、直ちに——」
俺は二階へ駆け上がった。
——数分後。
「お前、もうちょっとマシなのなかったのか?」
親方が呆れ顔で俺に言ってきた。
「魔王様のサイズで一式揃ってたの、これしかなかったっす」
いやほんとに、なんでこんな服が身長二メートル越えの魔王様サイズであるんだろう。
てか、作ったの親方でしょうに……
「ふむ、悪くないな……」
用意した服を着た魔王様は満更でもなさそうだった。
まあ、今まで服を着たことがない魔王様ならどんな服でもそう仰るでしょうけどね。
白いブリーフとインナーシャツは、まあ普通。
問題は灰色の半ズボンに、白いワイシャツ、それに青いジャケット……と赤い蝶ネクタイ。
さらには、白地に赤の入ったシューズと、なぜか後頭部が小さく跳ね上がった黒髪のカツラ。
いや、おかしいって。
(大男サイズの小学生スタイルなんて、誰に需要あったんすか、親方)
魔王様に聞こえないよう、小声で親方に話しかけた。
(ぶっちゃけ、昔のことだから覚えてねぇ……)
こんなインパクトのある服作っておいて覚えてないとか……
親方らしいっちゃらしいけど。
(あと、シューズとカツラは、どう考えても俺ら服飾職人の範疇超えてますよね!? っていうか、カツラは要りませんよね!?)
(お前、それは……あれだよ、ノリと勢いってやつだよ……たぶん)
ノリと勢いで作れるものなのか?
親方、時々暴走して訳のわからないもの作ることあるけど、昔からだったんだな。
「しかし……特に何も起きませんな」
親方が言うように、魔王様が着ている服には今のところ異常はなかった。
弾け飛ぶんじゃなかったっけ?
魔力の暴走が起きるとかいう話だったので、魔力測定器も用意したのに。
服飾工房になんでそんなもんがあるのか謎なんだけど、親方の私物だからよくわかんねぇ。
測定器の数値は……あ、どんどん上がってる。
えーと、今は大体650Pか。
プラナってのは、魔力の単位。
これは俺みたいな魔法使いにならないやつでも、小学校で習うから知ってることだ。
まあ、それ以上詳しくは知らないんだけどね。
せいぜい、1から50Pで生活魔法、コンロに火をつけたりするのに使う程度の魔力量ってことぐらいだ。
あれ? 650って結構多くね?
測定器についてた、数値の目安を書いた説明書によると……
650は、第三級魔法の魔力量か。
……
だ、第三級!?
第三級って言ったら、攻撃魔法ならウチの工房ぐらい粉々に吹っ飛ばせるやつじゃなかったっけ?
あっ、700超えた。
「お、おや……お、おやかっ……」
うわずって思うように喋れない。
魔王様と喋ってた親方が、『どうした?』とでも言うような顔でこちらをみた時——ビリビリと部屋の空気が震え出した。
「おお、これは……?」
「親方! これ大丈夫なんすか!? 大丈夫なんすか!?」
「落ち着け、服が吹っ飛ぶぐらいでなんでそんなに慌てとるんだ」
「いやだって、数値が——!」
空気の振動がどんどん大きくなっていく。
さらには、魔王様が着ている服がほのかに光り出した。
カツラが一番光ってた。
「な、なんじゃこりゃぁ!?」
「に、逃げないと!」
俺は工房の入り口に向かって走り出そうとして——
そこで記憶は途切れた。




