番外編4 とある昼下がり、工房における攻防戦。
弟子が王都まで使いに出て、はや二日が過ぎた。
俺はただ一人、工房で黙々と作業を続けていた。
(奴が居ねぇってだけで、こんなに静かになるもんなんだな……)
おっと、俺としたことが感傷的になっちまうとは。
作業の手を止めて、椅子の背もたれに体を預け、物思いにふける。
「フッ……」
かすかな笑みが口元から溢れる。
おっとこの俺の姿、いかにも渋みのある漢の絵になってんじゃね?(*)
俺もとうとうドラマのワンシーンみたいなダンディズムが似合う歳になっちまったか……
(* はたから見ると、中年のゴリラ型獣人が一人でニヤついている図)
少し腹が減ったな……
わずかな空腹感を覚えて時計を見た。
工房の壁に据え付けられている 鳩時計だ。
その針が11時59分を指していた。
俺はそのまま時計を眺め続ける。
コッチ……コッチ……と、秒針が動く音がしばらく続いた。
そして、針が12時ちょうどを指し——
デデデデ・デデ・デーン♪
伴奏が始まった。
グラサンをかけ、ギターを携えた鳩が時計の上部から飛び出し、熱い魂の叫びを工房内に轟かせた。
“遠い空の 彼方からぁ”
“闇を切り裂く 星が来るぅ”
“悪がはびこる この世界”
“立ち上がれ 勇者ダン!”
良い出だしだ。
『正義断行! 勇者ダン』
俺の純な少年時代を彩った神アニメの一つ。
そのオープニングテーマがこれだ。
往年の名アニソン歌手であるエイ・クセトゥさんが、この独特のイントネーションで喚くように歌うのが俺の心にガツンと来るんだよ。
“風より速く 駆け抜けろ”
“炎より熱く 燃え上がれ”
“仲間の笑顔を 守るため”
“勇気を剣に 変えるんだ!”
打って変わって、ここは普通の発音になる。
この歌を聞いた大抵の奴は首を傾げるが、俺はわかってるぜ。
そう、この普通さは言うなれば“静寂”。
この次のパートを盛り上げるための“溜め”なのさ。
来るぞ——!
“スーパー! スーパー!”
“スーパー・ダン・ブレード!”
“悪を真っ二つ!”
“ダン! ダン! ダン!”
“勇者ダン!!”
“正義の刃が 空を裂くぅーーー!”
ジャジャジャジャーン♪
ふう……いい曲だった。
このアニメは、主人公の勇者ダンが正義の刃で悪を討つという、典型的な勧善懲悪ものだ。
子供向けだからストーリーはなんの捻りもない単純なものだが、放映当時に子供だった俺にがっつり刺さったもんさ。
最終回で、秘密組織ワルソーナ・ダーケの首領、ジツハイー・ヒトダーを進化した必殺技で倒すシーンは今でも俺の胸に焼き付いてる。
そして、この壁掛け時計はオルゼム(*)の奴が作ってくれた特別製でな。
お気に入りの音楽を時報として鳴らせるっていう代物だ。
(* 第七話で少し言及あり。ノーワンが作った『自由伝説』という名の組合のメンバー)
ところが困ったことに、弟子の奴には不評でな。
いっつも迷惑そうな顔を隠しもしないで俺の方を見やがるんだ。
あんまりしつけーんで、元はフルコーラスだったのを1曲目だけのバージョンにしてやったんだが……
それでもこの歌が流れる間はうるさそうに耳を塞ぎやがる。
近頃の若ぇ奴には、この歌の良さが分からねぇんだな。
さて、早速飯にするか。
朝と夜にしっかり食うタイプの俺は昼は簡単に済ませる方だ。
キッチンに向かった俺は、棚に入れていた買い置きのカップラーメンを取り出した。
“イライラーメン”
ユニークな名前に惹かれて、つい買っちまった。
蓋の印刷には、『平凡で退屈なあなたの日常に刺激を!!』なんて謳い文句が並んでやがる。
言われてみれば、俺の人生なんて平凡そのものだからな(*)
特に人生に文句があるわけじゃねぇんだが、こういったアイテムで人生を彩れるなら、それも悪くねぇと思うんだよ。
(* あくまでノーワンの主観です)
まずは、蓋を剥がし……
剥がし……
あれ?
おかしいな、蓋が剥がせねぇ……っ!?
うわ、蓋を摘むための出っ張りが破れて取れちまった。
仕方ねぇ、カッターで容器のふちに沿って蓋を切り取るか……
……さて、次はかやくとスープを取り出して……ってなんだこりゃ?
かやくが2種類とスープが3種類ある。
なんだこれ、めんどくせぇな。
いちいち蓋の説明読まねぇといけねぇのかよ……えーと……
“1:かやく①を麺の上にかけます”
……よし、かけたぞ。
次は……
“2:大声で《アッジャパラモケー!》と叫びます”
「アッジャパラモケー! ……って、ちょっと待てや」
思わず叫んじまったけど、なんで?
カップラーメン作るのに叫ぶ必要ある?
っていうか、なんだよアッジャパラモケーって、なんかの呪文か?
“注意:叫ぶ事に全く意味はありません”
無いんかい! なんで叫ばせた!?
“3:かやく②を麺の上にかけます”
くそ……ここで文句言っても誰も聞いてねぇからな……しょうがねぇ……
しかし、①の後すぐに②をかけるんなら、袋分ける必要無いんじゃね?
“4:①と②を分ける必要無いのでは? と思ったあなた……その通りです”
その通りです、じゃねぇよ!
だったら分けんなよ! 最初から1つにしとけよ!
“5:スープを麺の上にかけます”
ああもう……なんか、かやくもスープも普通に麺の上にぶちまければいいだけじゃねぇか。
説明読まんでもよかったか?
……あれ?
「ふんっ!……フンヌッ!……」
ダメだ、スープの袋が開けられねぇ。
こういうのって、袋の閉じてある部分が『こちら側のどこからでも切れます』とかになってるもんじゃねーの?
“こちら側の、どこからも切らせはしない!!”
……えーと。
目が疲れてんのかな?
袋に書いてある小さい文字がちゃんと読めねぇ。
軽く目をこすって、よーく瞬きをしてっと……
“こちら側の、どこからも切らせはしない!!”
やっぱり書いてあんじゃねーか!
いや、切らせろよ!?
せめて“こちら側は切れません”とか敬語で書けよ!
なにこれ、戦いなの!?
俺は戦いを挑まれてんの!?
「……いいぜ。そっちがその気なら、やってやんよ」
ここをどこだと思ってやがる?
俺は仕立て屋。
そしてここは俺の工房。
“裁断”なんぞ、お手の物ってやつさ。
——工房に戻って作業机の上にあったごついハサミを手に持った。
ずっしりとくる裁断用のハサミだ。
これで切れねぇわけがねぇ。
俺はスープの袋の縁に刃をあて、ハサミの持ち手に添えた右手に力を込めた。
「ふんっ……ふんぬぅぅぅぅううう!」
……。
おかしいだろ。
なんで切れねぇんだよ。
どんな加工したらここまで切れなくなるんだよ。
指で触れた感触は普通のビニールでふにゃふにゃなのに……。
くそう、このままじゃ昼飯にありつけねぇぞ。
突如、危機感を募らせる俺の脳裏に、幼き日の幻影が蘇った。
勇者ダンの最終回、それまでフィニッシュを飾っていた必殺技・スーパー・ダン・ブレードが通用しないラスボスが現れる。
追い詰められ、ピンチに陥るダン。
そしてついに覚醒したダンが放った、新たなる力——
「ファイナル・ダン・ブレード!!!」
裂帛の気合いと共に、袋を挟ませたハサミを両手で持って頭上に掲げる。
あのダンの様に、剣とハサミの違いはあれど心は同じ!
両手の指にみなぎらせた渾身の力が、今度こそスープの袋を——
「切れねぇぇ! ちくしょぉぉおお!」
スープの袋を床に叩きつけ、床に膝と両手をついた俺は肩で息を切らす。
「どうなってんだマジで。頭おかしいんじゃねーか? このカップ麺作った奴……」
頭に浮かんだ言葉が心の中までで止めることができず、口から漏れる。
困り果てた俺は蓋に書いてある説明の続きを読んだ。
何か対処法とか書いてねぇのか……
“3つのスープの袋はそれぞれ、絶対開けられないイライラ用、普通に開けられる実食用、そして観賞用となっております”
“なお、3つの袋の中身は全て同じであり、なおかつラーメンを作るだけなら実食用一つで済みます”
……。
…………。
………………。
「ザッケンナゴルァーーーーーー!!!」
主の叫びをこだませる工房内。
「一つで済むなら最初からそれだけにしとけよ! 紛らわしい事しやがって! 大体、なんだよ“観賞用”って! カップ麺のスープの袋なんぞ眺めてどうしようってんだ! 『フッ、これはいい袋だね』とか言って品評会してる奴とか、そんなもん居るかバカヤロウ! 見た事ねぇわ!」
ハァ……ハァ……
ああ、疲れた。
もう……腹減って……疲れて……ダメだ怒る気力もねぇ……
さっさとラーメン作って食おう。
実食用のスープを入れて……
次は、お湯か?
“——以上の、全ての作業をする前に、お湯をカップの内側の線まで注いでおいてください”
ゴミ箱の蓋を開けた。
クソッタレのカップ麺だった何かをそこへ叩き込んだ。
そうして俺は財布の入ったジャケットを被り、近所のコンビニへと足を向けたのだった。




