第十三話
小人類の男性が、誰かの名前で俺を呼んだ——そう思った瞬間、妙な感覚が身体中を駆け抜けた。
思い出したいような、出したくないような。
懐かしいような、死にたくなるような……
「あ、すんまへん。人違いやったわ」
「——へ?」
小人類の男性の言葉で、意識が現実に戻った。
さっきのは一体、なんだったんだろう?
「いや、お兄さんが知り合いに似とったもんでな。つい間違えてしもうたわ。堪忍な」
「は、はぁ……」
この喋り方、バリアウェスト地方の人っぽいな。
このノースランド地方だと、仕事で来てる人とかをたまに見かけるかな。
「ところでお兄さん、探索者?」
「えっ? う、うん、そうだけど……」
グイグイ来るなぁ……
あの地方の人って、こういう人多いよね。
「チームメンバーが足りひんかったりせえへん? 今なら凄腕斥候がここに居んねんけど、どお?」
どうって言われても……
まさに、チームメンバー探してたところだったんだけど……
いや、ちょっと待って、何かがおかしい。
——あ、そうだ。
「その前に! さっき人が消えましたよね。そこに座ってた……」
俺は確かに見た。
小人類の男性の前に座っていた、クレーマーの人が光って消えるのを。
お店の中はガラガラで、周囲に誰もいないから、俺以外に見てた人が居ないみたいだけど。
「え? たまに居るやろ。急に光って消えるヒト」
「いねぇよ! 初めて見たよ!」
居たら怖いわ!
なんなの、この人?
「……やっぱ、説明せんとアカン感じ?」
俺は黙って頷いた。
「そかー、誤魔化せんかったか。スマン、スマン。とりあえず、そこ座ってーな」
小人類の男性が、あのクレーマーの男性が消えた席を指差した。
……大丈夫なのか?
「大丈夫、なんも残っとらんさかい。そこにあるんはただの椅子や」
俺が、椅子の上の空間を手で払ったりしていると、小人類の男性が呆れたようにそう言ってきた。
仕方がないので座ってみる……確かになんともない。
気分は悪いけど。
「さて、まず……せやった、自己紹介しとらへんかったな」
小人類の男性が頭をポリポリと掻いた。
見た目や人当たりは良いんだけどなぁ……
「ワイはファニィバーシアでは“ヨモスケ”と名乗っとる。まあ数多くあるワイの名の一つや」
ここで怪しさ、さらにアップ。
本名を名乗る気は無いと……
チームに入れるの、お断りしたくなってきた。
「んで、ワイが何者かっちゅうとな……こういうもんや」
突然、ヨモスケさん(仮)の姿がぐにゃりと歪んだ。
俺の目がおかしくなったのか——
なんて考えてる間に、どんどん姿が変わって行った。
「なっ……」
真っ黒な、人の形をした布が居た。
顔の部分に二つの目だけが光り輝いていた。
「これがワイのホントの姿」
あっけに取られて声も出ない俺に、その布——ヨモスケさんが小人類の時と変わらない、陽気な声でそう言った。
「そんで、ワイの正体は死神や」
「しっ、死神!?」
死神って、あの?
死人をあの世に連れて行くとかいう——
じゃあ、まさか俺も?
「あ、大丈夫。別にお兄さんの魂どうこうしようっちゅう訳やないから」
こっちの心を見透かしたようにヨモスケさんがそう言った。
正直、魂を取られるんじゃないかと焦った。
「ほんで、お兄さんのお名前聞いてもよろしいけ?」
「……ヒヨシマルっす」
怪しい人に、あんまり名前教えたくないんだけど……
こういう時用に偽名とか用意しといた方が良いんだろうか。
「あんがと。んで、なんでワイがここにこんな姿で居るんかっちゅうとな」
シュルルという謎の音と共に、ヨモスケさんが元の小人類に戻った。
「……ま、早い話が人探しやな」
「人探し?」
「——お待たせしました。こちらご注文のメロンクリームソーダになります」
びっくりした。
突然、店員さんがジュースを持ってきた。
注文してたのか……
ってか、さっきの死神の姿、店員さんは見てなかったのかな?
店員さんはジュースを置くと、何事もなくスタスタと去っていった。
「おおきに」と言ってジュースを受け取ったヨモスケさんは、ストローをさしてチューチューと飲んでいた。
うーん、見た目には子供にしか見えない。
「このジュース美味いなー。ところで君は異世界っちゅうもんを知っとる? このファニィバーシアとは別の世界や」
「別の……世界?」
「そそ、お兄さんの居るこの世界とは全く別の空間にある世界や」
「うーん……よく分からないっす。外国とは違うんすか?」
「あー……あまりにも遠すぎる外国やと思ってくれてええわ。普通は行き来できんような感じのやつで」
「はぁ……」
自慢じゃないけど、難しい話を理解できるほど頭良くないんだよね、俺。
「そんで、ワイは別の世界からこの世界に転生した魂が、問題なくうまくやっていけとるか調べにきてん」
「転生?」
「いっぺん死んだ後、別の人間として生まれ変わるっちゅうこっちゃ」
「そんなことできるっすか?」
「できるんやで。まあ、まだ若い君にはピンと来ぃへんと思うけど」
死んだらどうなるか——
そんな話は、せいぜいあの世に行くって事ぐらいしか知らなかった。
特に誰から聞いたとかじゃないんだけど、いつの間にかそう思っていた。
「それで……調べてどうするっすか?」
「“お仕事”ってやつやで。ワイら死神は、魂の管理人とでもいう立場でな。ただ魂を異世界に送り出しただけや無うて、その後問題が起き取ったら対処せんとアカンねん。そのためにもまずは調査せんと、問題が起きとるかどうかも分からんやろ?」
「なるほど……」
と、納得して、俺はふと気が付いた。
「じゃあ、こんなところで探索者やってる場合じゃないんじゃ……?」
さっさとその調査とやらに行くべきじゃないだろうか。
「そうでもないで。もう目の前に一人おるし」
「——へ?」
「今はヒヨシマルっちゅう名前やねんなぁ」
いつの間にメモ帳なんて取り出したんだろう?
ヨモスケさんが、真っ黒な表紙のそれに何やら書き込んでいた。
「ま、まさか俺が——?」
「そのまさかやでぇ。まあ、前世の記憶は綺麗さっぱり消えとる様やさかい。そこは問題ないなー」
びっくりしている俺とは対照的に、ヨモスケさんの答えはずいぶんのんびりとしていた。
「——あ、じ、じゃあ、さっきの“ヨハン”って……」
「そそ、前世の君の名前。カマかけてすまんの。記憶残っとたらさっきの君みたいなナチュラルな反応はしよらんさかい、試させてもろたわ」
俺が転生者?
冗談……じゃないんだよな。
「おっと、それ以上は無しやで」
「えっ——?」
「前世の自分がどんなやったか、知りたい思たやろ」
「うん……まあ……」
すごい知りたいんだけど。
「すまんけどなー。調査の都合上、転生者やってところまでは明かせるけど、前世については教えるわけにはいかんねん。そこまで明かすと今世にいらん影響が出てしまうさかいの」
「えっと、知らない方が良いって事っすか?」
「せやせや、前世の自分意識して、本来あるべき生き方を変えてしもたりする恐れがあるんや。自分にとっても、周りにとっても大体良くないことにしかならん」
「いや、でも、転生者だってわかっちゃうのは? 俺、めちゃくちゃびっくりしてるんだけど」
「大丈夫やで。ぶっちゃけ異世界転生が珍しいだけで、同じ世界での転生なんてみんなやっとるさかいの。結局、今生きとる人間はみんな転生者やと思うて良え。自分は転生者やーと思ったところでみんな一緒なんやさかい、どうでもええ話っちゅうわけや」
「な……なるほど」
みんな転生者かー。
俺だけ特別ってわけでも……いや、俺、異世界(?)から来たんだよな?
「あ、あの……」
「ん?」
「異世界からの転生者って、珍しいんすよね?」
「まあ、あんまり多くはないの」
「どのぐらい居るっすか?」
「んー、全体はワイも把握しとらんさかいなんともなー。ちなみにワイの調査対象は、君を含めて三人おるで。まあ、誰かは教えられへんけど」
意外と居る感じかな。
なぁんだ。
特別ってわけじゃないんだな。
もっとこう、前世で俺はなんかすごくで、魂が覚醒してその能力が目覚めたりとか……
あっ、前世について何も言われてないってことは、その可能性も……?
「夢見るのは自由やけど、漫画やアニメのヒーローみたいなことはないから、早めに覚めとくことをオススメするで」
「うぇっ!?」
「いや、大体何考えとんのか、顔に出とったさかい」
「そ、そっすか……」
ちょっとぐらい、夢見たっていいじゃないか。
「えっと、それじゃあ、さっきのクレーマーの人も転生者?」
「せやで、中途転生いうてな、世界のシナリオで足りない部分を補うために、そこの部分だけ演ってもらう転生者や」
「足りない……部分?」
「まあ、その辺は神様の領域の話やさかい、気にせんでええ。とりあえず、さっきのおっさんは役目を終えて、また新たな人生に向かったっちゅうこっちゃ」
「よ、よく分からないけど、消えちゃっても問題ないって事?」
「そうやで。むしろ世界はそれで上手く回っとる」
そんなんでいいのか?
魂って難しいことが多いんだなぁ……
「お待たせしました! こちらが当店名物、“巨人殺し”でございます!」
「うぇぇ!?」
「うおっほぉ、こりゃでかいわぁ!」
またもや突然、店員さんが、今度は巨大な赤いイチゴのパフェを持ってきた。
「こっ、これ頼んだんすか!?」
さっき、魔王様と姫様が言ってたやつだ。
俺の胴回りぐらいある巨大なガラス容器に、パフェがはみ出るほど盛られていた。
「いや、名物言われたら頼みたくなるやろー」
「食べれるんすか!? お腹に入るんすか!?」
小人類の胃袋に入る量じゃない!
巨人類だって、こんなの食べたら普通はお腹壊すと思うぞ?
「なーに、なんでもやってみんと分からんもん……スイマセン手伝ってください」
急にヨモスケさんの喋り方が標準語っぽくなった。
顔を見たら、真顔で目がマジだった。
あ、これ付き合わされるやつ……
「あ、じゃ、じゃあ……食べられるだけ……」
「そないなこと言わんと、半分——もっと持ってってええで?」
「食い切れませんよ!?」
店員さんはこのパフェを運んできた時、しっかりスプーンを二人分用意してくれていた。
気を利かせたつもりなんだろうけど、今の俺には“食え”という無言の圧力にしか見えない。
サービスが良いってのも、場合によっては困るんだよなぁ……




