第一話
(——えっと……ここはこの縫い方で問題無いはず。でも親方はダメだって……うー、何でだぁ、わかんねー)
去年、15歳で仕立て屋として弟子入りしたばっかりの俺。
修行漬けの毎日だけど、俺の性格には合ってた。
おかげで毎日楽しくやらせてもらってる。
今は親方から、ちょっと難しい課題を出されて悩んでいる所だ。
「ヒヨシマルー、そろそろアズマヤさんとこのお届け行ってこい。こん詰めたってわからんもんはわからんぞぉ」
うんうんと唸ってた俺に声をかけてきたのは、俺が弟子入りしているノーワン・ドンラーガ親方だ。
いっけね、お得意さんから頼まれてた仕立て直しの服、配達行かなきゃいけなかったの忘れてた。
「うっす。すぐ行ってきます!」
俺は作業着の上にジャケットを羽織り、直しが終わって梱包された服の包みを抱えて店を飛び出した。
ドンラーガ服飾工房。
それが、俺が弟子入りした工房。
3階建てのこぢんまりした店だ。
1階が店舗で、2階が工房。
3階は布とか型紙とか、色々詰め込んだ倉庫になってる。
やたらデカい工房とかより、俺はこういうのが好きだ。
「——ありゃぁとございやしたー!」
キリン型獣人のアズマヤさんのお宅に、無事に品を届け終わった。
俺はサル型の獣人、昔この世界に居たニホンザルとかいう猿の姿を受け継いでいる。
ちなみに、親方はゴリラ型。
(さってと……寄り道してる暇は……ないかー)
小腹が空いたので買い食いでも……と思ったけど、無理だな。
工房に帰ったら、やる事いっぱいあるし。
俺はここに来るまでに通った道を、そのまま逆方向へ歩き出す。
(まだ寒いなー、早くあったかくならねーかな)
一時は街を埋め尽くした雪も、もうすっかり溶けて跡形もない。
だというのに、外の空気はまだ冷たかった。
俺、寒いの苦手なんだよね。
俺とすれ違う人たちも、身を縮こまらせて歩いていた——
(……ん?)
後ろから風が吹いた。
いや、別に風が吹くぐらい、普通っちゃ、普通だけど……
ピューっと吹いて終わるはずの風が、絶え間なく吹き続けている。
「お、おい! なんだあれ!?」
「ちょ……あれ、まさか!?」
街を歩く人たちが、驚いている。
指をさしている方向へと、思わず視線を向けると——
——光っている人らしきものが空に浮かんでいた。
どんどん落ちて(?)きているみたいだ。
距離は……結構ある。
あの様子だと、落ちるのは町外れの原っぱかな?
「魔王様だ!」
誰かが叫んだ。
「マジか!?」
「間違いない、最近の魔王様は空から降って来るって、テレビで言ってた!」
「と、とにかく警察に通報しなきゃ……」
「もう行ってんじゃね?」
街のあちこちから、そんな慌てるような声が聞こえてきた。
……魔王様?
魔王様って、まさかあの?
——ドキリと、心臓が脈打つ。
ファーティルグラス魔王国の魔王様!?
(嘘だろ……)
こう言っちゃなんだけど、俺の住んでるストーンリバー王国は田舎だ。
ソルオリジン皇国ってのが大本の国で、沢山の王国が集まって出来てる。
ストーンリバー王国はその一つって訳だ。
皇都とかの都心じゃあるまいし、魔王様みたいな世界的有名人が来るような所じゃ……ごめん、神出鬼没なんて言葉が霞むぐらい自由すぎるのが魔王様だったわ。
それでも、俺にとっては初めての遭遇になる。
ましてや、これだけ大きい事件は生まれて初めてだ。
俺は無意識に、仕事のことも忘れて駆け出していた。
魔王様が降り立つだろうその場所へ——
——俺がその場所へ行くと、もう既に人だかりが出来ていた。
風がさらに強くなった。
腕で顔を庇いながら見上げると、魔王様はもうすぐそこまで来てた。
両手を広げて、空中なのに真っ直ぐ立ってるみたいな姿勢で降りてきている。
魔王様の周囲には、まるで風を纏っているみたいに綺麗な、光る帯や粒がいくつも舞っていた。
(すげえ……あんな魔法、初めて見た)
魔王様は、俺たち獣人類とは違う、魔人類っていう人類。
アイツらは体に貯めておける魔力の量がハンパなくデカい。
その魔力で、俺ら獣人類には想像もつかないような魔法を使えるんだ。
そうこうしているうちに、魔王様がとうとう町外れの原っぱに降り立った。
(うわぁ……ホントに何にも着てないんだ……)
初めて目の当たりにする魔王様。
いや、テレビでは見たことあったけど……
実際こうして生で見てみると、印象が全然違うんだな。
魔王様が全裸だってのは、大人はもちろん、小さい子供も知ってる有名な話。
そして、魔王様の全裸については、実際に会っても一切触れないっていう、”あんもくのりょうかい”ってのがある。
どんな偉い人だろうと、若い女の人だろうと、そこはスルーする決まりになってる……らしい。
「ふむ……」
魔法を解いた魔王様が、こちらを見た。
すげぇ迫力……なんていうか、“そこに居る”っていう感じが、魔王様を見ていなくても分かりそうなぐらいだ。
「そこな者どもに尋ねたい!」
魔王様がこちらに、誰ともなしに言ってきた。
俺の周囲がどよめく。
俺自身も、ちょっとだけ動揺した。
いや、本当にちょっとだけだぞ。
心臓がバクバクいってたりとかしてないからな。
「その方らの中に、“ドンラーガ服飾工房”は何処にあるか存じておる者は居らぬか?」
「……へっ?」
魔王様の口から、その聞き慣れた名前が出た時、俺は聞き間違えたとしか思えなかった。




