第六話
親方の頭は、無事に元に戻してもらえた。
ちょっと勿体無いな、と思ったのは秘密だ。
何もかも元通り……で、ほっとする間もなく——
「いや、だから、ちょっとした手違いなんだよ」
「ちょっとしたで済むわけないでしょう。お宅以外にも被害が出ていたんですよ?」
「全部直ったんだから良いじゃねぇか」
「良いわけないでしょう、ちょっと署までご同行お願いしますね」
「お願いとか言いながら、ほぼ強制じゃねぇか」
「何か別に御用でもあるなら、そちらを優先しても構いませんが……」
「行きますよ、行けば良いんだろ、まったく……」
——警察が来ていた。
ま、当然だよね、あんな大爆発起こせば。
そんな訳で、親方は警察署まで事情説明に行くことになってしまった。
「……なるほど、そこで魔王様が衣服を着用されたら、そのまま爆発したと……」
「そうっす」
「ちなみに、爆発はどんな感じだったんですか? いきなり?」
「えーっと、服が光り出して……あ、その前に魔力測定器の数値がやばかったっすね」
新聞記者も来ていた。
爆発までの経緯について、しつこいぐらいあれこれ聞かれた。
他にも爆発の音を聞きつけて、あちこちから野次馬がやってきていた。
工房の周囲はごった返しになって、下手をすると身動きも取れないほどだった。
警察の人たちが、規制線貼ったり誘導したりして忙しそうだった。
魔王様は工房奥の客間でくつろいでもらってる。
親方自慢のコーヒーと、近所の菓子屋で買ってきた、親方推薦のお菓子をお出しした。
しっとり柔らかい粒あんを、薄緑色のスポンジ生地で包んだ逸品だ。
俺も好物なんだよね。
魔王様の口に合うと良いけど。
程なくして野次馬もマスコミの人も帰り、近所の人たちにもお詫びをして、ようやく落ち着いた頃——
「まったく、無駄に時間取らせやがって!」
親方が、怒りながら警察署から帰ってきた。
しかも、行く時はパトカーに乗ってたのに、帰りは歩きだった。
「警察署でなんかあったんすか?」
「……何でもねぇ、それより魔王様と改めてじっくり話さねぇとな」
そう言って、親方は客間の方へ、ドスドスと歩いていった。
なんかあったんだろうなぁ……おっと、俺も行かないと。
「どーも、どーも、お待たせして申し訳ありません」
客間の扉を開けるや否や、ついさっきまでの威勢がどっかに飛んで行った親方。
切り替え早いなぁ。
「くるしゅうない、むしろ色々と世話をかけたな」
「いえいえ、お気になさらず」
親方が魔王様の向かいに、俺はその後ろに座った。
テーブルの上を見ると、お菓子は完食されていた。
よし、と心の中でガッツポーズ。
「それで、魔王様」
「む……?」
親方が、いつになく真剣な表情になった。
対する魔王様も……って、この人、いかつい無表情以外見た事ない気がする。
まさか、笑った事ないとか……ないよな?
「衣服の件ですが……」
「うむ……」
——なんだ?
急に空気が締め付けられるような感覚が……
二人の間にピリピリとした緊張感が漂っている。
親方、一体何を言うつもりなんだ?
魔王様の服って、そんなに作るの難しいのか?
「……まずは……」
互いに沈黙する親方から魔王様へ、魔王様から親方へ……
視線を何度も移動させる。
思わず唾を飲み込んだ。
ダメだ、緊張感でどうにかなりそうだ。
親方、早く言ってください!
「パンツからですな」
——そんだけかい!
思わず前のめりになった。
「何をやっとる?」
親方が俺の方を向いて、呆れるように言ってきた。
「いえ、なんでもないっす」
パンツを作ると言うだけで、なんで緊張感出してんすか。
突っ込みたいけど、魔王様の前ではやりづらい……
「ふむ、パンツか……」
魔王様は魔王様で、パンツを作るというだけなのに、顎に手を当てて真剣に考え込んでいた。
まあ、パンツすら履けない魔王様にとっては、大事なことだもんな。
「しかし、どうやって作る? 我はこれまで如何なる衣服をも吹き飛ばしてきたのだぞ?」
魔王様が顔をあげ、親方に尋ねた。
「そこなんですがね。魔王様は霊質木綿をご存知ですかな?」
エーテル・コットン……?
あー、なるほど。
親方、“アレ”を使うつもりなんだな。
「耳にしたことはある、確かこの国の王妃、パイン・フロントライスフィールド殿が、新たにワタの品種を作り出したと……」
「さすがですな。まだあまり一般には知られていない素材なのですが……」
うちの国の王妃様が、ワタの木を品種改良した新種を発表したのが5年ほど前。
エーテル・コットンは、それから採れる繊維系の新素材だ。
「しかし、あれは確か……」
「左様、霊質木綿は加工前の、実体を持たない魔力媒質でございます」
そう、霊質の名が示す様に、手で触れる事が出来ない特殊な綿なんだよね。
綿の霊とでも言うべきか。
じゃあ、それをどうやって使うのかっていうと……
専用の特殊な器具を使うんだ。
それを使って木に成っている綿を集め、糸状か、場合によっては布状まで織り上げる。
そこへ魔法をかけると、魔法が消えることなく定着する。
その後、実体のある糸や布、あるいは皮製品に縫い込んだり、貼り付けたりする。
こうする事で魔法を宿した服などを作る材料になるんだ。
全ての工程に特殊な器具類を使う必要があるから、当然、多くは作れない。
だからどうしても値段が高くなって、お金持ってる人しか買わない。
というか、買えない。
とはいえ、同じ霊糸系素材の星辰夜絹に比べたら、全然安いけどね。
なんせ、あっちはドレス一着で城が建つって言われるほどだし。
——持ってる人、一人知ってるけどね。
「実体の《・》な《・》い《・》素材をどう扱うのだ?」
「そこは、私の腕の見せ所でございます」
親方がニヤリと笑った。
「……なるほど、お主が“伝説”たる所以、しかとこの目で見させてもらおう」
魔王様も、何か察したらしい。
「よし、ではヒヨシマル」
「うっす」
パシッと、左の手のひらに右手の拳を合わせる。
アレの準備だな。
起動するの久しぶりだから、気合い入るぜ。
「ちょっと城まで行って、エーテル・コットン取ってこい」
「うっす………………え?」




