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反クリスマスキャロル  作者: デギリ
3/3

未来と改心

またも寒気がしてロウヒカは目を覚ます。


「今度は誰だ?」


そう言いながら立ち上がったロウヒカが見たのは、幼児のような小さな影。

何者とも知れないが、ロウヒカはなぜか親しみを覚えた。


「お前は誰かな?

わしの知る者なのか」


その影は何も言わずにロウヒカの方に近づく。

ロウヒカは思わず後ろに下がったか、構わずに影がロウヒカを覆うと、彼の身体は自然と浮いて家の外に出る。


三度目となると彼も驚かないが、またしても自分が穴があったら入りたいような恥ずかしい場面を見せられるのかと思うと気が重くなる。


連れてこられた場所は、自分の商会であった。

「ロウヒカ、借金のかたにここの商会のものは全て貰うぞ!

すでに裁判所の決定も下っている」


さっき女といるところを見たヤクザ風の男がニヤニヤしながら叫んでいる。


それと対峙するロウヒカは真っ青な顔色だ。


「キャシーはどうしたんだ?

わしは彼女の保証人、まずはキャシーから取り立てろ」


「あの女は姿をくらませた。そしてお前は連帯保証人。

だからお前から取り立てるしかない」


ロウヒカの反論は一蹴された。


「こんなバカなことかあるか。

そんな大した額じゃなかったはずだぞ」


「利息がついたんだ。

疑うなら証書を見ろ」


見れば恐ろしいほどの高利で借りたことになっている。


ロウヒカの商会が大騒ぎしているのを見て、たくさんの見物人が周りを取り巻いている。


ロウヒカは、その中に自分がこれまでに多額の金を与えてきた者がいるのを見つけた。


「詐欺だ!

あの淫売女とグルになって嵌めたんだろう。

なあ、そう思うだろう。


アンタ、散々買い物してやったよな。

そこのお前、店でたくさん支払ったじゃないか。

そこの紳士のお方、私は多額の寄付をしていましたよね。


遠巻きにしている乞食ども、お前達の情け深い旦那様の危機だ。

わしの味方をしろ!」


これまで愛想良く機嫌を取っていた誰もがロウヒカを冷たく見るか、薄笑いをしている。


「お前達、散々頼み事を聞いて、良くしてやったな。

今こそ主人の為にこの悪党をやっつけろ」


今度はロウヒカは椅子に座ってぼうっと事態を見ている従業員を向いて叫ぶが、誰も立とうともしない。


「おい!

聞いているのか!」


ロウヒカの再度の言葉を聞いて、リーダー格の男が立ち上がる。


「残念だが、この美味しい職場もおしまいなようだ。

アンタ、あちこちで喰い物にされてたが、最後は思ったよりも早く喰われたな。

俺たちももう少し美味しい肉を欲しかったよ」


そう言い終わると、従業員は後も振り返らずに私物をまとめて出て行った。


「さあ、出て行け。

まだここにいるなら腕の一本も貰うぞ。

そうそう、ここの商会の財産で足りない分は息子に請求するからな」


ヤクザ風の男はニヤニヤしながら、そう言い渡す。


「やめろ!

息子は関係ない。

わしはどうなってもいいが、息子に手を出すな」


男の言葉を聞いてむしゃぶりついていったロウヒカは、男の手下に殴る蹴るの暴行を受けて、ボロ雑巾のようになって外に捨てられた。


その様を真っ青になって後方で見ていたロウヒカはふわっと上にあがり、次の場所に移動する。


そこは息子一家の住むアパートだった。


ガンガン!

ドアが激しく叩かれる。


「どなたですか?」


息子の妻がドアを開けると、さっきのヤクザ風の男が立っていた。


「なかなか裕福そうな暮らしだ。

これなら期待できるな。


あんたの義父の借金の残りを払ってもらおうと思ってね。

結構な額があるんだよ」


男が見せた借用書は普通の家庭では払いきれない巨額な数字が並んでいた。


「こんなお金、ありません!」


叫ぶ嫁に、男は冷たく笑う。


「無ければあるだけ貰うだけだ。

そう言えばアンタいい身体してるじゃないか。

娼館に行けばいい値段がつくよ」


その言葉を聞いて、嫁は目の前が暗くなったのか崩れ落ち、お腹を抱えた。


「そこのヤクザ者!

奥さんはお腹に子供がいるんだ。

何を乱暴している!

衛士、こっちに来てくれ!」


近所の人達が騒ぎ出したのを聞き、ヤクザ達は、

「ちっ、とりあえず今日は引き上げてやる。

これから親父の借金の取り立てに来るからなと旦那に言っておけ」

と言って帰っていく。


「奥さん、大丈夫かい」


隣のおかみさんが真っ青になってうずくまる嫁に心配そうに尋ねるが、彼女は返答せずにお腹を抑え続ける。


「これはお腹の赤子が危ないわ!

すぐに医者に連れて行かなきゃ!」


ロウヒカに憑いていた影は幼児の形となって、その様子を指差した。


「お前、もしかしてそこで流れた子供なのか!

つまりわしの孫だったのか」


自分の愚行のせいで息子一家に迷惑をかけたことに青褪めていたロウヒカは、孫が自分のせいで生まれてこなかったことを知り、地に頭を突いて詫びて泣き伏す。


「済まなかった!

わしをどれだけ恨んでもいい!

許してくれなど言えるはずもない」


影は首を振って、ロウヒカに憑き、再び彼は空に移動した。


次の場面は、どこかの路地の片隅。

雪が降る寒い夜、何人かの汚らしい浮浪者が酒を飲んでいる。


「今日はめでたいクリスマスだ。

久しぶりにわしらにも酒が回ってきた。


おい、ロウヒカ、

お前はこんなところでなく、息子のところに行けば暖かい布団と飯があるのだろう」


一人の男が痩せこけた白髪の老人に言う。

よく見るとその老人はあちこちに傷を負い、足も曲がり、幽鬼のようである。


「はっ!

今更、どのツラ下げて息子に会いに行ける?

女に騙されて巨額な借金を負わされ、親から貰った商会は破産、息子に財産を残すどころか子供を一人流産させ、借金まで負わしそうになった。

こんな親父、顔も見たくあるまい」


「だが、結局息子はそのヤクザに勝ったんだろう」


「ああ、友人の弁護士や役人が力となってくれて、借金は逃れたようだ。

でもそれは息子の力、わしはさんざん金をばら撒いて、一人も力になってくれる者がいなかった。

みな、わしを喰い物にするだけだった。

こんな愚か者はひっそりと死んでいくのがお似合いよ」


そう言うと、老人は酒を一気飲みして、路地に倒れ込んだ。


そのまま雪が降り積もる中、景色は翌朝となる。


「おい、ジジイ、起きろ!ここは道路だぞ!

あれ、蹴っても起きないぞ。

凍死したか。

浮浪者ども、このジジイを河原に捨ててこい!」


見回りの衛士が辺りに怒鳴ると、数人の浮浪者が飛び出してきて、ロウヒカの遺骸から服やマントを剥ぎ取る。


そして素っ裸にされたロウヒカは大八車に乗せられて河原で捨てられた。


「これがわしの末路か」


背後の空中から見ていたロウヒカは独り言のようにポツポツと語り始めた。


「わしは悪事や人を陥れるようなことは一度もしたことがない。

知り合いなどから頼まれればできるだけ望みを聞き、貧しい者には施してきたつもりだ。そうすれば人に好かれ、わしも幸せになれると思っていた。


だけど、そうじゃなかった!

人間というものは、利用できる時には利用して、与えられるものがなくなると見捨てる生き物なのだ。

自分や家族、身内ばかりしか見ていないと非難してきた父や妻が正しかった。

わしは一生を誤り、本来大事にすべき妻や息子夫婦、孫達を蔑ろにした。

済まなかった!」


その言葉の最後は喉から血が吹き出そうな叫びであった。


その言葉とともに、ロウヒカは目の前が真っ暗となり、頭がグルグルし、気がつくと一人で寝室に立っていた。


空はまだ暗いが、そろそろ明け方となる。


ロウヒカはもう寝る気もなくなっていた。


着替えて、暗い中を商会に向かう。

中に入ると、久しぶりに帳簿を点検し始めた。

最初は戸惑っていたが、じきに父に十数年もしごかれた勘が戻ってくる。


ロウヒカはクリスマスイブの日に黙々と一人で帳簿と店の在庫をチェックし続けた。


「お父さん、今日は飲みに行ってないのですか?」


夕方に息子が驚いたような顔で店に入ってきた。


「ああ、そうだ、お前にお願いしたいことがある。

明日のクリスマスにお前の家のパーティにわしも参加していいかな」


「お父さん、どうした風の吹き回しですか。

もちろん、僕も妻もトムも歓迎しますよ」


「それは良かった。

大きな七面鳥とオモチャを持っていこう。


それと、そろそろ商会をお前に譲りたい。

わしがこれまでの取引を身綺麗にするから、来年早々に戻ってきてくれないか。

できれば家も実家に帰ってきて欲しい」


「お父さん、本当にどうしたのですか。

数日前にはまだまだお前には任せられないので修行しろと言っていたのに」


「はっはっは、思うところかあってな。

わしはお前の下で手伝いをするよ」


そして明日訪問する約束を確認すると、息子は帰っていく。


朝から何も食べていなかったことに気がついたロウヒカはクリスマスイブに賑わう街でケーキを買い、一人でそれを食べると再び仕事を再開した。


翌日の夕方、クリスマスを息子一家と過ごし、商会と自宅を息子に譲ることを決めたロウヒカは、クリスマスから3日後にようやく出勤してきた従業員を集めた。


「商会長、なんですか?

俺たち、仕事をするんで、飲み屋の楽しい話なら昼休みにしてくれませんか」


従業員のリーダー格が舐めた口で言う。


「そうだな。

わしも色々忙しいので端的に言おう。

お前達、全員クビだ。

理由は横領、使い込み、無断欠勤。

証拠はここにある。

訴えたければ訴えろ」


毅然と言い渡すロウヒカの姿はクリスマス前とは別人のようであった。


「いや、これは子供が病気で金がいったので。出来心です。お赦しを」


一人が哀れぽく赦しを乞う。これまでならこれですぐに許してくれた。

しかし今日は違った。


「それは気の毒に、お大事にな。

だが横領は犯罪だ。返済できないなら警察に通報する。

とはいえ一緒に働いた仲だ。一週間待ってやる。その間に金策してこい。

そして、すぐに私物を持って出ていけ」


ロウヒカの一喝で従業員は外に出される。


そこにやってきたのは、以前の恋人で、ロウヒカを嵌めようとしている女。

ロウヒカははらわたが煮えくり返りそうなところを堪えて、笑顔で応対する。


「ねえ、ロウヒカ。

アタシ、今度お店を出すのだけど、その為の融資に保証人がいるの。

私たち、これから結婚する仲だし、保証人になってくれないかな。

これにサインするだけでいいの。

お願い!」


首に手を回して身体を擦り寄せてくる女を、ロウヒカは突き放す。


「ここには連帯保証人と書いてあるな。

つまりお前が逃げれば全部わしが払わなきゃならん。

しかもこの高い利息はなんだ!


頭を冷やしてみると、一回わしのことを見捨てたお前などと連れ添えるはずはない。

ここで縁を切ろう。

これまで貸した金はなるべく早く返してくれ」


これまでと一変して氷のように冷たいロウヒカの態度に仰天した女は縋り付く。


「そんなこと言わないでよ。

アタシにはロウヒカしかいないの。

アンタに捨てられたら死ぬしかないわ」


「おい、頰に傷のあるヤクザ風の男がいるじゃないか。

わしに遠慮なくそいつと仲良くして居ればいい」


どこかで寄り添う姿を見られていたかと女は青くなる。

そして、「誰がお前なんかと結婚するか!あれは全部金の為だ」と捨て台詞を吐いて逃げ出した。


それを見たロウヒカは何故あんな女に騙されていたのと、はあーと大きなため息を吐く。


その後、ロウヒカはこれまでの取引先を回り、彼が見ていないのをいいことに従業員とグルになって利鞘を不当に取っていたところとの取引を打ち切っていった。


その最後は、慈善団体だった。

大口寄付者として帳簿を見せるように要求し、開かれた帳簿から不正を発見すると寄付した金を返金させる。


夜になると、これまで行きつけの店がクリスマス後の閑散を埋めようとロウヒカを誘いにくるが、これまでのボッタクリを指摘して今後の絶縁を宣言する。


それからのロウヒカは一変した。

早朝から深夜まで店にこもって仕事に精を出し、夜に飲みにいくのもやめ、物乞いがやってきてもコインの一つを渡せばいいところ。


近くの商店主やセールスマンがやってきても、これまでのように頼まれればいい値で買うことなく、必要で安価でなければ買わない。


街の人は、クリスマスの間に悪魔に取り憑かれたのだと噂していたが、ロウヒカは意に介さなかった。


年が明けて暫くすると、これまで勤めていた大きな商会を退職した息子に商会長の座を譲った。


大商会で実績を上げていた息子は仕事のやり方を学び、人脈をしっかりと作ってきており、商会長として立派にやっていけた。


息子への代替わりに算定すると、ロウヒカが相続した財産は半減以下となっていたが、祖父や母が築いたきた信用は残っていた。


ロウヒカは息子に頭を下げて詫び、それからは息子の下で懸命に働いた。

その姿は何者かに追われるのか、贖罪するかのようであった。


それを見た街の人々は、悪魔ではなく、勤勉の妖精に取り憑かれたのかと噂した。


ロウヒカは夜は飲み屋に入り浸る代わりに、同居を始めた息子家族の孫を可愛がった。


とりわけ、同居後に生まれた二番目の孫のことは目に入れても痛くないという溺愛ぶりであった。


ロウヒカは、息子に代を譲ってから10年間、身を粉にして働き、そしてクリスマスの夜に病気で死んだ。


働き者で孫を可愛がる祖父の死にいく姿を見て、孫達は涙を流す。


眠っていたロウヒカは薄く目を開けると、周りを囲む家族を見渡した。


「わしは暖かいベッドで死んでいいのか。許してくれるのか」


そう言いながら痩せ衰えた手で二番目の孫の頭を撫で、そのまま息を引き取った。


彼の最後の言葉の意味は誰にもわからなかった。




















 


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