ビクチャー登場
決戦の日。
指定場所は山間の湖。そこへ向かうは春日大およびイトラス、ネコミミ部隊だった。正確に言うならば時間差で治安維持部隊が駆け付ける算段になっている。ビクチャー確保は絶対だ。となれば、主戦場から距離を取って後方から援護射撃をする段取りは整えておかなければならない。当然、ビクチャーはその辺りも読んでいることだろうから、周辺および身辺の注意も怠らぬようにとのお達しがあった。
道程には森があり、そこを抜けなければかの地には行けない。
「まるでルートをあらかじめ決められていたような気分だな」
作戦会議で地図を見ていた時には気づかなかったが、こう歩いてみると作為的な雰囲気がしてきてならない。そんなことを言った数十秒後である。木々の間に物体が見えた。野生生物の類かもしれない。変に音を立てればなおさら刺激して襲いかかって来るやもしれぬ。森なのである。それくらいの用心はすでに出来上がっていた。だが、出来上がっていない心構えの時には、
「なッ……」
カトゥンのように歩みを止め、絶句してしまうのだ。
「すっかりたくましくなったようだな」
そこには一人の男が立っていた。実に聡明で人望があり、それでいて鍛錬を怠ることなどない風貌の男だ。
「隊長……」
「堕天してなくて、本当に……」
デイザンもイングロードも感情が行き詰ってしまっている。
「てことは、あれが、ビクチャー」
くまなく見届けてやろうというばかりの視線を向ける。が、気もそぞろになる。
「いや、イングロードが何か言ってたけども」
瞬きを忘れ乾燥しそうな眼球を平静に戻してくれたのはさすがのネコミミ部隊であり、
「俺はあんたを初めて見るが、あんたは俺を見るは初めてじゃないんだろ」
確認すべきことを浮かばしてくれた。
「ああ、カスガ・ダイ。いやイヌミミの戦士と言った方がいいか」
ゆっくりと歩を進める。その身なりは行方不明になっていたのが嘘のようにきちんとした色合いの上下を身に着けており、汚れさえもない。かといって甲冑や鎧といった装備はしていなかった。
「やっぱり知っていたか。あんたはイヌミミのこと、どこまで知っているだ」
叫ぶように問うと、一瞬その視線がウキヨに向けられたのを春日大は見逃さなかった。
「そうだな。君たちよりは少しだけといったところだ」
「それをどうして知った? 情報源はどこだ」
続けざまに問い詰めるが、さすがネコミミ部隊元隊長である。異人の高校生など
「とある妖精さんが親切に教えてくれたんだ」
こともなくあしらってしまう。
「大臣をどうして誘拐など。ビクチャー、あなたは一体何をしているのだ」
カトゥンのそれは問いではなかった。叫びだった。下手をしたら、自分を置いて遠くへ行ってしまった親を糾弾する子供の声のようにも聞こえた。
「彼が一官僚だった時から馴染みがあってな。ちょうどいいだろ。あとはなんだったか。ああ、そうか何をしているかだったか。そうだな。必要だったから、と言ったら?」
「だから、何がです、何のために必要なのです」
国語の文章題に答えられなくて先生に質問したのに、抽象的なヒントしかもらえずに悶々とする生徒と同じである。
「カスガ・ダイ。君もそうだろ、恐らくは。必要だから君はいる。その主体的判断を今度は俺がした」
やはりウキヨをちらと見たようだ。
「ビクチャー、もうはっきりと言ってくれ。抵抗しないでくれ。そして、正直に語ってくれ。そうすれば分からない人たちではない。私たちはなおさらだ。言ってくればなければ何も理解できないではないか」
カトゥンはもう苛立たしさを隠そうとはしていなかった。デイザンもイングロードも握る手が強くなっているのが分かる。しかし、一方で春日大はビクチャーの主張に違和感と同時に納得があった。
「てことはだ、ビクチャー。ここで相手をするのはあんたではないってことだな」
春日大に言われるまでもないことなのに、ネコミミ部隊ははっとしたような表情になった。書面の差出人が日時と場所を指定して来て、その応対のために出陣してきたのだ。それなのに、その道中で執筆者本人が出て来てしまっては矛盾というか、あの手紙は一体なんだったのかと元も子もないというもの。ところが、再会に気を取られている国の精鋭たちはそんなシンプルなことを失念してしまっていたのだ。
「うん、十分だ。ではカスガ・ダイ。ここに現れるのは一体なんだと、君は思っているのだい?」
挑発だった。いや、まるで簡易試験をさせられているようだ。春日大はそれに対して不愉快も感じさせないで、
「四つ耳の獣だろ」
あっさりと答えやがった。
「なぜ?」
「この国には著作権がないからだ」
「チョ、?」
さすがのビクチャーとやらも面食らった単語を聞いたのだ。
「俺がいた国の、いや星の人権の話しだ」
「ジ、ジン?」
さすが春日大が幼少から堪能してきた二次元世界を旺盛にパロッている世界だけのことはある。元々からして権利とかっていう概念がないのだ。この事態が解決したら指南の必要があるのかもしれない。ただそんなことをしたら、国内の法整備に新風を巻き起こした異人とか言われかねないのだが。
「ああ、まあいいや。とにかく俺みたいな異人にとっては、その辺の展開はもう既知なんでな。どうせ、四つ耳の獣が登場した後の絵師とかってのもこいつなんだろうし」
「恐るべきだな。さすがイヌミミを装着できるだけのことはある」
ビクチャーの驚嘆に、ネコミミ部隊ですら関心を向けて来た。そんな場合でもないのに。
「ああ、そうさ。伏線は回収しておかないといけないしな。もう本当に! 伏線、伏線! そんなに線が好きならクモと結婚しろって話だ!」
春日大の唐突の憤慨に眷属でさえも狼狽するありさまだ。
「ダイ、クモは線ではなく、糸だと思うが」
恐いもの知らずなのか、言わずにはいられないのかカトゥンが恐縮しつつ訂正を促してきたので、
「取り乱しました」
一応謝罪をすることにした。
「んンッ。では、お言葉に甘えて呼ぶことにしよう」
ビクチャーは咳払いをしてから指笛を吹いた。すると、遠吠えがかすかに聞こえたかと思った次の瞬間木々が激しく揺れる音がどんどんと大きくなっていった。さらには一同の頭上の梢が荒々しく羽ばたくようになびき、次の瞬間、獣が着地した。黒い身体は毛並ではなく妖気とか言った類の気配が包んでいて本当の身体の姿は見えない。光る眼には黒目がなかった。そして、耳は四つ。確かに妖気っぽいものに包まれているが、それを取り除いたとして、イングロードが用意したあの資料の生物に見えなくもない。
「ネコミミは神の代替として造られた」
唐突に言い始めたビクチャーに聞き耳を立てるしかない。
「それを人間が装着する。何か矛盾を感じないか?」
「矛盾?」
「ああ、まったくつじつまが合わないんだよ。俺自身装着している時はその力によって秩序維持に貢献できるのは喜ばしいことだった。ところがだ、な。そこの獣人」
なぜかイトラスに問い始めた。
「獣人のような姿の生物もいるのだ。なのに、なんでネコミミなんだ」
一人ツッコミ状態のビクチャーにイトラスもかわいそうな子を見るような目つきになっている。
「それな。開発者が獣耳好きか、猫カフェに行きたかったんじゃないか?」
「カスガ・ダイ。君が異人であることは承知している。俺たちの知らない風俗や見識があるのだろう。だけれどももう少しこちらにも気を使ってくれ。そう、分かりやすさだ。俺たちの概念に即した言葉遣いをすることを所望する」
「「「お前が言うかーッ!」」」
ただただカヤの外状態になっていたネコミミ部隊が、元隊長に向かってタメ口という下剋上を放ちやがった。
「ようやく正気になりやがったか」
春日大にしてみれば、元隊長の前で内弁慶になってしまった面々には一秒でも早く毅然とした部隊に戻ってもらわなければならなかった。
「ともかくだ、それを人間が着けるというのはおこがましいということにはならないか、と俺は思うようになったのだ」
「だから、神とあがめていた猫と近似の生物に仮託したというわけか」
「察しが良くて助かる」
「う……」
春日大とビクチャーの問答に割って入って来た者がいる。
「それは部隊を辞退してまでしなければならなかったことなのか!」
カトゥンしかいない。
「いや、そうだから出たんだって。神扱いのグッズなわけよ。人が装着して治安維持に役立てようとかっていう。それを人以外につけようって話なわけ。それを他の人に言ってみ? 特に役人の上層部とか、あるいはマッドな研究員とかに」
春日大のフォローを肩を震わせて最初聞いていたが、
「えっと、そうすると……ああなるから……てことは、そうでしょ。それで……! ネコミミ部隊にはいられないってことか」
目を見開いた。存分に大悟したような爽快な顔つきになった。
「ではなぜ、獣が現れたんだ」
「だから、この国の治安維持のためなの、目的が。ネコミミがそうなんだろ」
「だったらなぜ、大臣に」
「この状況を作り出すために決まってんだろ」
「おいメスネコ。海より広い背子様の心もここらで堪忍袋の緒が切れるぞ」
もうすでに春日大はキレているのだが、イトラスの言にも注意しなければならないと思うと突沸した感情が瞬く間に平静になる。もはやこの眷属は分かってやっているのではないかとさえ思えてくる。
「さあ、俺は書面に告知したとおり決戦の場所へ遅刻しないように向かうことにする」
ビクチャーは言って、軽やかに去って行く。
「待て!」
身を乗り出すカトゥンの前に獣が一歩前足を出した。
「お前たちは行け。ここは俺がやる」
春日大、颯爽とイヌミミを取り出し装着。
「変身!」
ポージングを省略することができ、装甲に包まれていく。それが完了すると、
「お前たちの部隊のことだろ。元部隊長さんの粗相は部下が尻拭いしてやれ」
春日大は言うと獣に向かった。
「分かった。負けるんじゃないぞ」
「すまんが預ける」
「御武運を」
カトゥンを先頭に、デイザンとイングロードも続いていく。残ったのは、
「ウキヨ様、なんでいるの?」
「その方がいいかと思ってな」
「そう、私は背子様に加勢するわ」
「おお、怪我せんようにな」
欠伸をする虎猫を置いて、イトラスは獣と一戦交えている春日大に駆け付けた。




