四つ耳の獣の噂
日本で言うならば、爆弾低気圧がもたらした線状降水帯によるゲリラ豪雨が一昼夜続いたような天気だった。
翌半日間猛烈な強風が吹き、各地の被害状況を確認し始めることが出来たのは、その後であった。土木や交通関連の部署だけでなく、治安維持部隊も調査をはじめ、必要とあれば救助なども行う。がけ崩れをした岩、倒木の撤去も行う。つまりはてんてこ舞いなわけである。いわば猫の手も借りたいほどで、実際ネコミミ部隊が出動しているわけであり、他にもと要請するならばイトラスもということになるが、イトラスは猫ではない。しかしそこはイヌミミの眷属。春日大と共に事後処理に向かうことになった。役人でもない春日大が、巨岩や倒木の処理ができるはずもなく、よって城下の被災状況の聴取をすることになっていた。
各部隊への分業の調整をし、本格的な復興を目指した作業を開始した二日目。妙な噂が耳に聞こえてきた。
山間の村。そこの被害も例外ではなく、川を岩がせき止め、土砂崩れも発生、田畑は水没し、周辺地域から孤立した。算段を整えた部隊からは少なくとも一週間かけないと、少なくとも交通網、生活インフラを復帰させることはできないとの判断だった。ところがである。いざ部隊が出動した日。村人もまるでキツネにつままれたような顔で話したのだ。川をせき止めていた岩の数々が岸に上げられ、まるで堤防のように置かれていた。土砂崩れにともなく倒木はことごとく撤去されており、これまたもとに木々があったであろう開けてしまった森に、資材置き場のように整理され積み重ねていた。冠水した田からは土砂が流されていた。孤立化が解消されていたのだ。さすがに村の生活インフラとしては水源や炉に使う木材などの確保には尽力しなければならないが、当初の目算よりは前倒しできることに間違いはなかった。
問題はたった一日で、正確に言うなら一日も経ってないのだが、労働者累計百人単位での作業が完遂されたという点である。もちろんネコミミ部隊が実行すれば不可能ではないだろうが、実際の行程を確認すればネコミミ部隊の目的地ではない。ましてや春日大が向かえる土地でもない。イトラスは言うに及ばず。とすれば、ウキヨがさすがに良心的活動をした、と言えるなら万事解決だが、
「行っとらん」
とのこと。本人の言を裏付けるわけではないのだが、それら復興の事実の横でまことしやかにささやかれたこと。噂である。
「四つ耳の獣が現場から隣村の方へ向かうのを見た」
少なくともその村には目撃者が三人いた。
それだけなら単発の出来事で、優先すべき災害復興がひと段落したのち調査でも何でもする手はずにするしかない。だが、時間差を伴って、隣村でやはり四つ耳の獣の目撃情報があり、翌日にはさらに別の地での目撃情報が出た。その獣が村や町に悪事を働いたとか、さらなる災害をもたらしたとかそういった被害情報はなく、むしろ最初と同様に途方にくれそうな被害が少なくとも改善されていたということばかりである。住民の不安が減少されることは生きる糧になる。自らの手で地域の復興に汗を流す。こうした天災が起きた場合の対策案や事前の予防策の提案が議論され始めてもいるくらいだった。
さらには、治安維持部隊・軍部などなどの実行部隊の作業効率が著しく跳ね上がったのである。彼らに言わせればこうだ。正体不明の何某かに出し抜かれては騎士の名折れである。つまりはプライドだ。あるいは意地とでも言い直すこともできるし、悪く言えば、「あいつが出来るなら俺もできるもんね」レベルの子供の地団駄である。結果として企画立案する事務関係の官僚さえも復興プランの大幅な修正を強いられる始末。また、新たな予算計上で青い顔をしていた会計課の面々に色つやが戻り、勇んで予算の組み直しに取り組んでいた。
つまりはこの四つ耳の獣と呼ばれる者が事態を好転させた功労者となるのである。ウキヨの耳をどういじくってみても、やはり二つしかなく、それらが増える兆候もなかったので、ネコミミをつけさせ、嫌がる本人に無理やり「ヘンシン」と呼ばせ、さらにはポージングをさせてみたが、やはり四つ耳になることはなかった。
実は懸念を示す者もいた。教会の聖職者と内政に関わる官僚の一部だ。というのは、この謎な獣が救国の神獣に崇め奉られはしまいかと言う点である。実際どっから現れたのかしれない絵師が、噂から獣の姿を絵にしたら、それが売れている。そんな状況さえあったのだ。それが経済化していくこともなくはない。そうなれば国家財政に少なからぬ影響を与えかねない。
そんなこんなでネコミミ部隊に命令が下るのもそう時間が置かれたわけではない。あくまでも噂でしかないが実績がある。普通なら治安維持部隊の一部に下るはずの命令だが、そこは耳つながりで部隊へとなったのである。なんとも安直な提案だが、内実それほど安易ではない。なぜなら、その獣とやらが何かしらの超常的な生命体ならば部隊の方が適切だからである。《災悪》ではないにしても例の件もある。被害からの原状回復と住民の生活環境を理解分別している節があれば、それが単なる獣として片づけられるわけはないのだ。まだまだ完全回復していない国土の復興作業には治安維持部隊の人員を割かなければならなかったという理由もあるが。




