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ネコミミよ、この世界のしるべとなれ  作者: 金子ふみよ
第三章

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修練

 山籠もりのトレーニング。滝行や森の中の全力疾走、木材を組んだアスレチック的なメニュー、あるいは熊との格闘。あるいは片手の指だけの逆立ち。

 精神修行。瞑想。どんな状況でも呼吸を一定にする。瞑目した上での脳内での組手。

 それが修練だろう。古代文明の遺物を手にし、国を煩わせる《災悪》に対抗するためには肉体を精神を削りながらたくましくしていく。獅子座から来た巨大宇宙人だって、敵の怪獣を倒すためにそれぞれに違った修行をしていた。「見えた!」。打倒の打開策がそうして会得できるのだ。ましてや、いまだ宇宙怪獣でも超獣でもないと思われる《災悪》に抗するためには、智者として扱わなければならないウキヨの言うとおりにトレーニングメニューが作成され、それを全うしなければならない。あるいは、その虎猫が知りうる魔法的魔術的秘術的な裏技を五体投地しても教授してもらわなければならない。人体を装甲し、一般的な人の身体能力をはるかに逸脱する力を発揮できるミミである。そうしたことが実行可能になれば、その効果たるや想像すら抱くことはできない。《災悪》に対するミミの潜在的な力。それを引き出すための日々、時間となったのだ。

 その結果。城の広い中庭にはカトゥン、デイザン、イングロードの姿があった。

「もうしまいか」

 ウキヨが前足で耳の裏を掻いた。実に嘆かわしいと言わんばかりの視線を隠そうともせず、精鋭のネコミミ部隊を見下す。ヒエラルキー的にではない。位置的にである。

 ウキヨはうつぶせに伏せったままのカトゥンの頭に乗っていたのである。デイザンもイングロードも同様。荒々しい息なのに体力的には虫の息状態で伏せていたのである。それを城内の官僚や兵士や使用人たちが話すに話せず、励まそうにも励ませず、ましてや笑うに笑えずにネコミミ部隊を取り巻いて息を殺して見守っていたのである。

 ネコミミ部隊がウキヨから強いられた修練。その最終段階としてこなしているメニュー。それを端的に言おう。鬼ごっこ。正確に言えば、猫ごっこになり、より詳細に言えば、ウキヨごっこと表現される内容だった。しかも、ネコミミ部隊は変身もせず、四つん這いになって、逃げるウキヨを追いかける。

「どうだ? 身も心も強くなれるだろ」

 これが古代の超技術を知りうる賢猫でなければ、ブラック企業のパワハラ以外にはない。現にイングロードは「もういや」とようやくこもった力で出たのはそんな嘆きであるし、デイザンでさえ身を縮めて微動していて、漏れ聞こえるのは嗚咽という可能性もある。ましてや、カトゥンに至っては「……」。すでに言葉も身の動きさえ屈辱に苛まれているのか脱力仕切っている。

「もう一息と言ったところか」

 それでも、ウキヨは何かを見定めた様子。

「よし、者どもよ。ネコミミをつけるがいい」

 指令を下したはいいが、すでに部隊は死力を尽くした鬼ごっこにより疲弊しきっていた。擦り傷をお構いなしに腰元のネコミミへ手が、腕が擦って行くしかない。

「構わんぞ、そのまま伏せっていても」

 微力をなんとかして届かせようとする騎士たちへ容赦のない言葉がかけられる。動きが止まる三人。

「それまで、ということだ。立ち上がり戦っても、そのまま伏せったままでも《災悪》に負けた、となれば、結果は同じだ。国は亡ぶ。その前にお前たちが滅ぶ。それだけのことだ」

 ピコライト国の人々の言葉を話す虎猫は冷徹に言い放った。三人はやはり動かないまま。観衆も言葉はない。乾いた風だけが音を出していた。梢を揺らし、地表を巻き上げ、人々に吹き付け。冷たい風。ピコライトの人々にとってはその風を知らないということはない。彼らが心地良いと言い、冷たいと言い、激しいと言い、ぬるいと言い、穏やかと言う。そういう風だ。しかし、風はその時はあざ笑う声にしか聞こえなかった。国の精鋭中の精鋭。彼らしかネコミミを着けることが出来ない。変身することが出来ないのだ。誇りを自負する女騎士も、まさに屈強な戦士も、魔女に見える女騎士も、災悪に対抗するための修練の段階でもう動けなくなってしまったのだ。

「国を守るんじゃないだろ! 人を、命を守るんだろ!」

 絶叫する者がいた。

「カトゥン、お前は国を守ると言った。俺はなんか違和感があった。その理由が今分かる。ネコミミの力で守るとすれば、それは兄弟姉妹や親や、近所の人や好きな人や、感謝をしてくれる幼子や、共に耕作をする牛や馬や、戯れる犬や猫や、そんな命だろ! その結果が国だ。国が目的なんじゃない! 命が! 守る目的だろ! 違うなら立ち上がって言ってみろよ!」

 イヌミミを着けた異世界からの来訪者が叫んでいた。隣りで自分の耳に手をかぶせている少女がいる。尻尾もある少女だ。けれど彼女はうるさそうにしていても、彼の咆哮を非難するそぶりはない。むしろ、ネコミミの騎士たちを鼓舞しそうなおちょくる顔つきになっている。

「い……言って、くれるじゃないか、ダイ」

 体力ではない力がカトゥンを這わせ、四肢を踏んばらせ、そして立ち上がらせた。

「わ、私は騎士なんだ、ぞ。国を、く、国を守……お、お前に言われる、までもなく」

 風はもはやピコライト国の勇者たちを形無く立ち上がらせる支えにさえなった。

「で、では。手合わせを頼もうとしよう。ダイ」

 デイザンも巨躯をワナワナと震わせながら立ち上がった。

「今度、わ、私の実験につ、つきあってもらうから、ダイさん」

 イングロードもか細い腕、筋肉質でない足なのによろめきながら身を起こした。

「あきらめられるわけないだろ!」

 頭の中で種が弾けたような感覚があった。カトゥンの絶叫を合図に、三人はネコミミを装着した。

「「「ヘンシンッ!」」」

 三者三様のアクションをした。装飾されていく身体。

「……」

「……背子、様……」

 春日大は目を見開いた。イトラスでさえも驚嘆の表情で彼を見上げていた。ネコミミ・バトルスーツが変容していたのだ。より動きやすそうなすっきりした装甲、色彩が鮮やかに、かつ強そうな印象を受けさせた。

「やればできるじゃないか」

 ウキヨが嬉々とした。すると、観衆が騒いだ。歓喜、激励、興奮、称賛などが入り混じった喧騒。

「国がまとまるとはこういうこと、なのか」

 辺りを見回して春日大も驚いていた。

「ダイ氏はたきつけるのがお上手だ!」

「さすがイヌミミの使徒だ」

「我が国の勇者の力が発揮されるぞ」

 すでに我関せずを決め込むことが出来なくなっていた。何度力いっぱい背中や肩を叩かれたことか。

 それを見ていたウキヨがにたりとしてから、

「では始めるか。ほら、かかってこい」

 フォームチェンジをした三人を挑発した。

 駆け出す三人。近接戦の開始。

 翻し三人の攻撃をかわすウキヨ。

 三対一の攻防が激しく繰り広げられる。

 盛り上がる観衆。

 戦いは熾烈を極める。

「ならば!」

 立ち止まったカトゥンが右の耳を二度撫でた。すると、彼女の前に剣が現れた。カトゥンが通常腰元に控えている剣ではない。先日の剣でもない。まるで近未来の発光するサーベルみたいなのだ。それを手にしてウキヨに迫る。特有の効果音が振われるたびに聞こえてくる。そのこしらえの熱なのか、かすったウキヨの体毛が焦げるにおいがした。

「新しいスタイルになって初めてのはずなのに、よくそういう風に取り出すとか、機能があるとか設定、よく知ってるよな」

 観衆に交じった春日大は腕を組んで感心をする。

 カトゥンに真似て、デイザンもイングロードも右耳を二度撫でた。デイザンは巨大な斧みたいなのを、イングロードは薙刀みたいなのを手にした。

「だから、よく分かったよな。使えんのかね、新武器を」

 依然として春日大は感心しきりだ。皮肉には聞こえない、聞こえないのだ。

 カトゥンがビームなサーベルを、デイザンが巨斧を、イングロードが切っ先鋭い薙刀を振るう。

「敵もさるものだな。これまでの計測がゴミのようだ」

 室長は機器の表示画面にくぎ付けになっている。どうやらネコミミ部隊の戦力を数値化でもしているのだろう。

「あのさ、片目に付ける眼鏡みたいにしてその球面に数値が出る装置でも開発したら」

「おお、ダイ殿。妙案、今度試してみよう」

 どこにも筆記用具もメモもないのに、ペン先を舐めるようにして、手の平に書くふりをする。春日大は冗談で言ったつもりだが、よもや七つ集めると願いが叶うボールがピコライトにはありはしまいかと、肩をすくませた。

「あれは絶対試さない方だね」

 イトラスは蔑むように室長を見る。どうやら、ボールはないようだ。なぜだか春日大はほっとした。

 外野がそんなショートコントをしている間に戦況は佳境を迎えようとしていた。なぜ、それが分かるか、と言えば、ネコミミ部隊三人衆が、己の武器をかざしてその先端部を交差させたからである。

「トライアングルなんちゃらがぶっ放されるな、これは」

 外野からのレーザービームが放たれた、発言的に。

「「「デルタ・スプラッシュ!」」」

 三人衆が同時に叫ぶと掲げていた武器先を水平に下した。その先端から発射されたのだ。光線的なのが。

「そっちか」

 どうやら強肩の送球はホームベースからそれてしまったらしい。

「背子様は博識なんだねえ」

 もう絡みついてくる腕からイトラスをはがし取ろうともしなくなっていた。

 などとやっている合間にも光線がウキヨを直撃。蒸発するような状態に瞬く間になって行った。揮発終了。と同時に三人衆の変身が解除される。

「はッ。どうしよう。古の神聖を私たちは」

 我に返ったようでカトゥンが今更に恐怖心さえ催しそうな顔つきになっている。装甲化したばかりか、強化した上に武器から光線をぶっ放したのだ、神話的存在に。

「……」

「……」

 いかつい体躯が、魔女の装いが神妙になっていた。

「いや、あれ。見てみなよ」

 春日大があっけらかんと指さしていた。騎士たちは恐る恐る視線の先を辿る。風が吹いた。蒸気なのか、埃なのかを一掃した。

「まあまあかな」

 ウキヨがいた。光線で負傷したどころではない。むしろ毛並がツヤツヤとしているくらいだ。あっけにとられているのは騎士たちである。手にかけてしまった悔恨に苛まれていたというのに、傷はおろか、あれだけ強化したのは一体なんだったのかと疑念さえ浮かびかねない。

「いつでもあの装備になれるように慣れておくのだぞ」

 虎猫は何事もなかったかのようにスタスタと歩き出した。

「今日は終了だ。また明日やるからな」

 思い出したかのように念を押してから、獲物か発情相手を見つけたかのように走って行ってしまった。

「修練は」

「ひとまず」

「ひと段落は乗り越えたってことかな」

 カトゥンとデイザンとイングロードとでようやく一文が完成したわけであるが、

「瀕死なのにパワーアップした上に戦闘終わったら、傷とかうそみたいにケロッとしてるってこと、あるよねぇ」

 ぼそりと、いつの間にか三人に並んだ春日大が何を見るというわけでもなくつぶやいた。その脇のイトラスなど三人、特にカトゥンに対しては完全にけなすような目である。

「そ、そういえば」

 自らの四肢を舐めるように見始める三人。

「瀕死から超回復して潜在パワーが拡張するって、あるよねぇ」

 それをジト目で見る春日大の横で、無念そうに残念そうなイトラス。

「ダイ、お前も修練してるって分かってるよな」

 吠えてくる犬をさけるようにしてカトゥンは素で春日大にささやいた。

 そう他人事ではないのだ。春日大は肩が重くなった。脇のイトラスがぶら下がったわけではない。


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