イトラスに話してもらう
城の食堂。
獣人のコスプレをしたように見えたイトラスと名乗る獣人の少女への事情聴取は、春日大と同様取調室となるはずなのだが、やれ喉が渇いただの、やれ不審者ではないだのイトラスが盛大にごねたため、検討の結果食堂にとなった。形式上、取り調べではなくイトラスからのご説明ということでならば公的な手続きを省くことができるという裏技的な手法をとったのはカトゥンであり、入れ知恵をしたのはウキヨである。上層部がそれで納得することはあるまいとの見込みは、なぜか大量の発汗をしたままの内務大臣が引きつった表情で許可を下したことで見事に翻った。彼の頬に猫の手形をつけていたのは気のせいにしておいた。
そもそも春日大の場合は、国防に関わる女騎士の部屋へ唐突に出現、すなわち状況的には不法侵入である。このイトラスという少女は出で立ちをさておき、法を逸脱しているわけではない。よって、どこぞやの官僚風情と兵士、それに記録係っぽい役人がいる方が、城を観光しに来た異人に対して過剰と言えばそうである。とはいえその辺りが妥協点であるのはイトラス同様にピコライト国にとって異人である春日大にも理解できるところではあった。
四人掛けの長方形の木製テーブルが規則正しく並んでいたのだが、当然雁首揃っている現状では立ち見客になりかねない。幸い、腕っぷしに心得のあるネコミミ部隊隊員がいる。合計三つのテーブルを合体させた。当然どう組んでもいびつである。ということで二つに直し、通例の四人がけを無視して囲う着席。イトラスは懐いている春日大の横を頑として譲ることはなく、司会進行が立候補する様子が微塵も見られない中、全員分の飲み物が置かれた。味わいのあるティカップである。華美でもなければ、シュールレアリズム的でもない。その中身は薄い緑色。春日大は緑茶だと思った。しかし持ち上げてみてもその香りはない。啜ってみるとお茶らしい渋みもなかった。
「ああ、ハーブティとかいうのか」
春日大はカモミールティもペパーミントティも飲んだことはない。が、ファミレスとかのフリードリンクのコーナーでその香りを嗅いだことがあった。それに近い感じがした。独特な味だった。もっと草っぽいのかと思っていたがそうでもなかった。かといってそれこそ緑茶とかほうじ茶とかのかぐわしさとか苦みとかがないのを物足りないと思うこともなかった。オレンジジュースや炭酸飲料を初めて飲んだのがいつかなんてことは、良くは覚えていない。けれど、屁理屈や分析はしなかったはずだ。味わって、美味いか美味くないか、好きか嫌いか、その点だったはずだ。現在はそれさえも超克している。最初嫌いだと思った飲料さえ飲む。例えばコーヒーとか。よほどおぞましいものでなければ、そういうものだと受け入れることが出来る。
「なんかリラックスっていうか、のほほんとしそうですね、これ飲……」
感想の途中でカップから視線を上げれば、全員が全員春日大が言った通り、
「ほーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
息を吐いてのほほんとしていた。ネコミミ部隊とイトラスとのあの闘争を引きずったような緊張感がそこにはなかった。
「ハーブティ、すげえな。日本のお茶、負けてらんねえな」
茶畑の跡取りでもないのに製造業者に引けを取らない決意をにじませる。
「いやいや、イトラスからの説明!」
足湯に浸ったまま寝落ちしているような場合ではない。いくら雪解けした冷戦とはいえ正体不明者が何を言うのかをなかったことにしてはならない。議長はこの時点で春日大に決定。視線が一斉にイトラスに向かう。
「だからー! 私は背子様の眷属なんだって! ねえ、背子様」
春日大の腕にしがみついて、実に柔和な笑みを湛える。誰しもが何も説明されていないことに異議申し立てる勢いになった瞬間、
「背子様は何て言うの?」
実に神妙に、かつ素朴な視線を送り出しやがった。つまりは、
「あなたは! 背子様とか持ち上げておきながら、ダイがなんたるか知らずに接近したというのか!」
ネコミミ女騎士が間欠泉の勢いで咎めた。
「俺は春日大。この国の人間じゃないんだ」
問われた本人は、周りの狼狽をよそに丁寧な返答をする。そんなもんだから、
「そっかー、そうだよねえ。背子様」
またしてもじゃれるように腕にしがみついた。細かい点には固執してないようだ。
「あのさ、イトラス?」
少女の名をまず慎重に確認する。正解だったようだ。
「その、眷属とか、背子様とかってのはなんだい?」
遅々として進まない議事進行に参加者たちが非難の色を見せるので、議長としては手腕を見せなければならない。イトラスが頻繁に言っているキーワードを語らせることが、説明を促すよりも妥当だ。
「眷属は眷属だよー、背子様ったら、おちゃめさん」
イトラスは春日大の鼻先を指先でちょんちょんと触れる。恥ずかしいやらいたたまれなさやらでその指を慌てて外す春日大だったが、めげないイトラスに組まれる始末。
「お前はダイの従者だと言いたいのか」
ネコミミ女騎士がその鋭い剣でぶった切る勢いで尋ねた。もう焦れたのである。
「はあ? なんであんたに言わなきゃいけないの、メスネコ」
春日大に見せる温和さと対極なくらいに蔑む勢いでカトゥンをはねつける。
「メ……、だと……。貴様、言わせておけば!」
女騎士はすくっと立ち上がってそのネコミミを装着する勢いである。必死に止めにかかる他のネコミミ部隊隊員。
「やるなら表出ろや。相手してやる。メス」
イトラスもケンカを売られた素行不良者の感じで立ち上がった。が、
「ストップ。二人とも落ち着いて」
春日大がそれ以上の罵倒を防ぐためにイトラスの口を塞いだ。途端に機嫌を直して今度は春日大の胴にしがみつく始末。春日大が座るとやはり素直に席に着くイトラスを、仇を見るような視線で追ってから「フンッ」と鼻を鳴らして腰を下ろすカトゥン。デイザンもイングロードも肩を撫でおろして着席。一触即発を回避したことに安堵の息を吐き、
「なあ、イトラス。なぜ俺の眷属だと言っているんだ? その理由を話してくれないか?」
春日大はもう体から引き離そうともせず、頭を撫でながら問うた。トリミングされているかのような心地良さを表情に浮かべながら
「背子様はイヌミミをお持ちでしょう? だからです」
これほど簡潔明瞭に一同が溜飲を下げる一文を最初から言ってほしかったものだと、全員がうなだれた。が、それも一瞬。誰しもが膝蓋腱反射と同じくらいの速さで頭を上げた。
「イトラス殿~。ということはイヌミミについてご存じなのか。ぜひ、詳細を」
誰よりも早く研究者が懇願をした。
「知って、何もできないでしょ」
塩対応にダメージを受ける室長。
「イトラス、俺もこのミミのこと知りたいんだ」
見かねたわけでもないが、たしなめるわけでもなく春日大は静かに言った。胸元からあのイヌミミを取り出して。
「それはね、かつて人々がミミを開発している最中、オオカミ様が『我に似せたミミを創作したら、その持ち主を監視せよ』と私のご先祖様にお命じになったの。ネコミミと違って人に処せるものにはならないはずとおしゃっていたらしくて、イヌミミをお持ちになった方はそれだけで特異なのに、オオカミ様がおっしゃっていた以上に姿を変えられたなんて、もう監視どころの騒ぎじゃないでしょ。だからもうおそばでお仕えするしかなくて」
興奮気味に早口でまくしたてるが、
「ちょ、ちょっと待って。説明だけでなく行間にもすごく重大ことがあった気がするんですけど」
室長が血相を欠き、
「そんな大層な物をなぜダイが」
ネコミミ女騎士が驚嘆を包み隠せず、
「ミミは言うならば古代文明の遺産ということか」
ネコミミ巨漢が咀嚼したうえで納得をし、
「ネコミミとイヌミミ……他にもあるのかな、ミミ」
ネコミミ魔女がまじないの材料を探すようにほくそ笑み、
「それなら、どうして日本にイヌミミがあったんだ?」
異国の男子高校生が素朴に疑念を挟む。そんな阿鼻叫喚の中、イトラスはじっとウキヨを見つめていた。見つめられている方が気付いているかいないかまるで気にしない様子で欠伸を何度かしていた。
「背子様~、ニホンてなんですか?」
気分を一掃するようにイトラスはまたしても春日大にすり寄る。
「ああ、俺はこの国の人間じゃないって言ったろ。もともとは日本ていう場所にいて、このイヌミミを見つけて、そしたらこのピコライト国へ来てしまったんだ……ん? イトラスがオオカミ様の言いつけを守っているのなら、イトラスはこの国の生物ではなく、日本の……いや、日本にはというか地球上にはこういう生命体はいないはず」
言っててどんどんと混線していくため文字通り頭を抱える春日大。
「私はピコライトが支配権を及ぼす領土以外の場所から来たんですよ」
官僚や記録係までがあっけにとられた顔になる始末である。ピコライトと隣接する国々とは国境を敷いている国もあれば、ある面積が空白地域となっている国もある。それらといざこざや、あるいは相互不可侵条約締結などで均衡が保たれており、互いの国状況についても交易商や旅人などなどによって情報が飛び交いあっている。ネコミミについては他の国に所有の情報は公式非公式共になく、その武力が国内の情勢安定化のためだけに用いられているため他国が非難するといったことはない。ましてやイヌミミとなれば、ピコライトの研究者でさえ初見で、国内の文献はおろか伝承にさえ残っていない代物なのだ。だから、
「国際問題にならんかな。渉外部へ報告しなければ」
などと官僚が慌てふためくのも無理からぬことである。
「そもそもネコミミとそれ以外とか発想している時点でこの国の程度が知れるわね」
またしても少女はとんでもないことを言い出しやがった。
「つまりはネコミミもイヌミミも発明した段階で、それはピコライトという国家において行われたわけではないということか。一国一ミミ制度なんかではないと」
「さすがー背子様。どこぞの浅慮共とは違いますなあ」
懐くのも大概にしてもらいたいのだが、ピコライト国の人々が絶句状態なので一人合点を行かせるしかないのだ。それにしても、ヘアバンドにしか見えない代物が古代文明の遺物とは。研究室長が苦悶をしている段階で現在のピコライトでは製造できないアイテムと推論できる。どこの国、いやどこの世界でも似たようなことはあるものだと、春日大は自らの神隠し調査を棚に上げてピラミッドだの古墳だののことを思い出していた。




