ヒロイン探しは大変です
「……そんな人生の投げ売り、断るに決まっているじゃないですか」
『どうも最近は悪役令嬢が流行りらしくてな。ヒロインの人気がない。その上ざまぁされるとあって、誰も引き受けてくれない』
「何とかキャンペーンをやめて、当選者に謝ったらどうですか? それで解決ですよ」
『お前は転生のロマンをわかっていないな。それに、このキャンペーンには社運がかかって……いや、色々あって。ともかく、ヒロインがどうしても必要なんだ』
何だか妙な言葉が聞こえた気はするが、思考停止中なので深くは考えないでおこう。
「それで、何で俺がヒロインを探さなくちゃいけないんですか」
配役は転生者というが、そんなもの見てもわからない。
大体、そんなに転生者がいるものなのだろうか。
『簡単に言えば、餌だ。おまえはなかなかの美少年だからな。その顔でたぶらかして、ヒロインを連れてこい』
「ろくでもないですね。……犯罪の片棒担ぐのはごめんですよ」
『その代わりに、おまえの体質を改善してやる。ヒロインがヒロインらしくする度に、おまえは健康になっていく。これでどうだ!』
「どう、って……」
『本来、病を治したり、寿命を延ばしたり、生き返らせるような、理に反するものは叶えられない。だが契約者自身ならば、多少融通が利く。病ではなく、体質の改善だしな』
羊羹男の言っている内容はろくでもないが、体質改善する力があるというのは既に確認済みだ。
運動でも食事でも薬でもどうにもならないこの体が普通になるのならば、これはチャンスかもしれない。
「でも、何も悪くない子が処刑されるのを手伝うなんて、やっぱりどうかと思いますよ」
『たぶん、処刑まではいかないだろう。今回の当選者は、何というか……詰めが甘いから』
「は?」
『契約文があるんだが、そこにざまぁの内容が記されていない。契約は、あくまでも契約者が契約文をこなすことで認められる。それ以外は特に制限はないから、おまえが上手く死なない程度にざまぁされるよう誘導すればいい』
勝手な話だとは思ったが、確実に死ぬわけではないと聞けば、少し抵抗もなくなる。
何より、長年の懸案が解決するとなれば、興味が湧くのも仕方がない。
契約文を見せられ、当選者がどす黒い復讐劇を望んでいる雰囲気ではないと確認できたのも、エドモンドの心を後押しした。
結局、羊羹男と契約したエドモンドは、契約の証である指輪を引っ提げ、まずは当選者に会いに行ったのだ。
『当選者に会ったんだろう? どうだった?』
「……ちょっと、きついですね」
今日も夢の中に羊羹男がやって来た。
いつまでその姿なのだろうとは思うが、よく見るとマントの色が茶色から黄色に変わっている。
もうどちらが正解だったのかは思い出せないが、ともかくこの『神』は羊羹男の姿が気に入っているようだった。
当選者はクラリッサ・テッサリーニ公爵令嬢。
エドモンドの友人であるディーノ・メント王子の婚約者だ。
名前だけは知っていたものの、会うのは初めてだったのだが、思った以上に凄かった。
どうやらエドモンドの顔が気に入ったらしく、やたらと見つめられ、褒められ、すり寄られた。
婚約者はどうしたのかと言いたいが、王族と公爵令嬢の婚約は好意とは無関係なのかもしれない。
「あなたは顔を使ってと言いますが、この調子では俺の疲労が酷いです。どうにか変装できませんか?」
『ヒロインを見つけられるなら、何でもいい。ならば、猫の姿にしてやろう。時代はモフモフだし、私は猫派だ』
羊羹男のどうでもいい嗜好を知った途端に、エドモンドの体は白銀の毛並みの猫に変わっていた。
そして白猫姿で向かったのは、ディーノ・メント王子の部屋。
クラリッサの婚約者であるディーノもまた、転生者だったらしい。
攻略対象としての仕事をこなしてもらうために、彼にも契約者になってもらう必要があった。
だが、相手は稲作を夢見る農業王子。
あまりにも興味がなさそうだったので、『国王にするぞ』と脅したのだが、それで正体がばれてしまった。
やはり、友人の目はごまかせない。
どうにか契約してはもらえたが、既にエドモンドには疲れが見えていた。
ここからが一番の難所である、ヒロイン探し。
実際には転生者を羊羹男が教えてくれるので、探すというよりも交渉だ。
だが、これが聞いていた以上に難航した。
まず、白猫が部屋にいる時点で気味悪がられた。
猫が言葉を話すのだから仕方がないが、話さなければ契約も説明もできないのだからどうしようもない。
窓や扉の外に追い出すのならいい方で、酷いと箒をもって追いかけ回された。
これではこちらの身が危ういと、淑やかそうな女性を羊羹男に見繕ってもらう。
すると、淑やかすぎる女性は、白猫が喋った瞬間に気絶し、うなされ、怯えてとても話ができるような状態ではなかった。
ならばと今度は肝の据わった子の所に行けば、危うく珍獣として売られそうになった。
無邪気な感じの子と聞いて行けば、無邪気に男性の前で仮面をかぶるタイプだった。
さすがに一時と言えども友人であり王子であるディーノに変な女を近付けるわけにもいかない。
散々な目に遭って、すっかり女性不信になりそうだった。
「一度、ヒロイン候補の日常を観察してから、交渉に向かうことにします」
既にクラリッサとディーノは学園に入学しており、ヒロインを見つける時間はほとんど残っていない。
手当たり次第に向かって行っても、上手くいくとは思えなかった。
『まあ、何でもいいけど。で? どんな子ならいけそうだ?』
「淑やかすぎるのは駄目です。でも、積極的過ぎたり腹黒いのもいただけません。猫に虐待するのは、なおいけません」
『じゃ、この子は?』
羊羹男の手元にどこからともなく現れた紙を、エドモンドが受け取る。
紙には名前と簡単な経歴が書いてあった。
『平民だから公爵令嬢と張り合うのも大変かと思って避けてたけど、もう手札も尽きてきたから。順応力はありそうだし、頑張り屋だよ。あと、猫好き』
聞く限りでは、虐待の心配はなさそうだし、まずはこの『ニーナ』という子を観察することにした。
ニーナ・スカリオーネは、象牙色の髪に珊瑚の色の瞳の少女だった。
クラリッサのような迫力満点の美少女ではないが、親しみやすく可愛らしい容姿だ。
エドモンドからすればトラウマもののクラリッサよりも、ニーナの方が好みと言える。
母親との二人暮らしで、バイトに明け暮れて忙しそうではあるが、勤務態度も同僚への接し方も問題ない。
帰り道で野良猫を撫でているのも確認しているので、虐待の心配もないだろう。
「……これなら、何とかいけそうです」
いざニーナに会ってみれば、なかなかいい感じだった。
失神せず、疑心暗鬼すぎず、追いかけ回さないだけでも、ありがたい。
そう言えば、契約内容について話し合えたのは、初めてだ。
猫姿のエドモンドにも優しい……というか、やたらと撫でてくる。
まあ、虐待してくるよりはいい。
神の力を証明して、納得したら契約を考えてくれるというニーナがありがたすぎて、女神か何かに見えるほどだ。
「……ニーナに決まれば、いいのですが」
それはエドモンド自身の契約のためだ。
早く契約をこなして、体質改善をしたいからだ。
でも、どうせ契約をこなすのならば、あの珊瑚の瞳の少女と一緒に仕事したい。
自分でもよくわからない感情だったが、きっとヒロイン探しが難航しすぎて情緒が不安定になったのだろう。
ところが無事にヒロインになったニーナは、一筋縄ではいかなかった。
目の前で着替えるわ、抱き上げて股間を覗くはと、どこまでもエドモンドを翻弄する。
もちろん、わかっている。
エドモンドの姿が、猫だからだ。
わかってはいるが、これでも人間で、男性だ。
ぬいぐるみのように愛でられるのは、心地良い気もするが、物足りない気もするのだから困る。
この感情が何なのかはまだわからないけれど、今は神の使いとして役目を果たそう。
そしていつか、機会があれば……人間の姿で彼女の前に立ってみよう。
本来の姿を見たら、ニーナは驚くだろうか、怒るだろうか。
それとも……少しは好ましく思ってくれるだろうか。
まだ見ぬ未来を思い浮かべながら、白猫はニーナの部屋の窓をくぐった。
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