第13話 未来の正解を、自分の作品に混ぜてみる
第三話まで書き終えた原稿を、俺は印刷して床へ並べた。
画面で読むと、どうしても一文ずつ直したくなる。
今日は物語全体を見る。
第一話。
主人公が異世界で目覚める。
第二話。
初めて自分で道を選ぶ。
第三話。
町へ辿り着く。
「……順調すぎるな」
主人公が失敗していない。
選択することを怖がっていた男が、異世界へ来た途端に正しい選択ばかりしている。
俺は三枚目に赤い丸をつけた。
ここで一度、間違わせる。
危険を避けようとして、かえって遠回りする。
人を信用しないと決め、助けてくれる相手まで疑う。
その結果、損をする。
未来の人気作には、主人公が気持ちよく勝つ作品も多い。
俺も好きだった。
だが今書いている主人公には合わない。
俺は未来ノートを開いた。
『無職転○』
その題名を眺めた瞬間、物語の記憶が次々と蘇ってきた。
主人公の成長。
失敗。
家族。
人間関係。
俺が面白いと思った理由を箇条書きにする。
内容そのものは書かない。
そこで奇妙なことに気づいた。
思い出そうとすると、場面がかなり細かく出てくる。
人物の順番。
出来事のつながり。
読んだときに感じたこと。
対して、その作品が話題になっていた頃の株価を思い出そうとしても、何も出てこない。
宝くじの番号は当然無理。
ニュースの日付も怪しい。
「本当に偏ってるな」
未来へ戻る前の俺は、小説を読むことに膨大な時間を使っていた。
その結果だと考えれば納得できなくもない。
だが、それにしても鮮明すぎる。
時間を戻した能力と関係があるのか。
今は判断できない。
俺は余白へ書いた。
『創作物の記憶だけ異常に鮮明』
その一行を二重線で囲む。
使い道を考える前に、事実として残しておく。
未来作品から学びたいのは、出来事ではない。
なぜ俺が続きを読んだのか。
なぜ人物を好きになったのか。
そこだけだ。
自作へ戻る。
主人公が町で初めて食事をする場面があった。
知らない料理を食べる。
店主と会話する。
宿を紹介してもらう。
必要な場面だが、面白くない。
俺は全部消そうとして手を止めた。
食事そのものが問題ではない。
主人公が何も感じていないのが問題だ。
俺ならどうだった。
過去へ戻って最初に若い美咲の声を聞いたとき。
嬉しかった。
同時に怖かった。
未来では疎遠になっていた妹が、何も知らず昔と同じ声で話している。
俺だけが、その先を知っている。
主人公にも似た感情を与えられないか。
異世界の食堂。
誰も主人公を知らない。
過去の失敗も知らない。
主人公は孤独を感じる。
その一方で、少し安心してしまう。
ここなら、失敗した自分を知る人間がいない。
俺はその感情を書いた。
文章が急に進んだ。
店主の何気ない質問に、主人公が答えを迷う。
「どこから来た?」
正直に答えても信じてもらえない。
嘘をつく。
その瞬間、主人公は新しい人生を始めた実感と、元の人生を捨てたような罪悪感を同時に持つ。
「これだ」
未来の作品から場面を借りたわけではない。
俺自身が過去へ戻って感じたものを、別の形へ変えた。
そこへ未来作品から学んだ「感情を出来事に結びつける」という考え方を使う。
これならいい。
少なくとも俺はそう思える。
第四話まで直したところで、問題が出た。
自分では面白くなった気がする。
だが、一度目の人生で俺は何十回も同じことを思っている。
『今回はいける』
そして落ちた。
投稿しても読まれなかった。
自分の評価ほど信用できないものはない。
「誰かに読ませるか」
編集者へ持ち込むほど完成していない。
直人は読むだろうが、小説の細かい感想を言うタイプではない。
残るのは美咲だった。
昔から俺の原稿を何度か読んでいる。
しかも遠慮がない。
『ここ長い』
『分かんない』
『眠い』
作者の心を守る気がない感想を平然と言う。
今の俺には、それが必要だった。
携帯を手に取る。
『今度、原稿読んでくれない?』
数分後、返事が来た。
『また?』
たった二文字で過去の積み重ねを感じる。
『また』
『長い?』
『前より短い』
『前ってどれ』
答えに困った。
未来で書いた何十作まで含めると、説明できない。
『とにかく短い』
『じゃあ今度ね』
了承された。
俺は床に並べた原稿を拾った。
未来の正解を知っている。
それでも、自分の小説が面白いかどうかは分からない。
その事実が、少し嬉しかった。
全部分かっていたら、たぶん小説を書く意味までなくなってしまう。
美咲へ送る前に、俺は原稿の余白へ質問を三つ書いた。主人公を応援できるか。分かりにくい場所はあるか。次を読みたいか。
面白かったかとだけ聞けば、相手は気を遣う。
答えやすい問いを用意することも、昔の俺にはできなかった。
作品だけでなく、感想のもらい方まで二周目なのだ。




