第12話 まだ誰も知らない流行を、俺は知っている
未来ノートの使い方を決めるため、俺は休日に書店へ出かけた。
未来の流行を知っているからといって、今の読者を知っているわけではない。
その違いを確認したかった。
駅前の書店へ入り、ライトノベルの棚の前で足を止める。
「懐かしいな」
並んでいる作品の多くを知っている。
未来まで残る作品もある。
この数年だけ話題になり、やがて見かけなくなる作品もある。
当時の俺は全部を同じ「今の人気作」として見ていた。
今の俺には、その先が分かる。
妙な感覚だった。
帯を見る。
あらすじを見る。
表紙を見る。
未来のWeb小説とは、読者へ内容を伝える方法がかなり違う。
俺は何冊か買った。
未来で読んだ作品ではなく、当時の俺が読んでいなかったものを選ぶ。
喫茶店へ入り、一冊目を開く。
面白い。
しかも新鮮だった。
未来の記憶があっても、知らない作品はいくらでもある。
「当たり前か」
俺は未来のすべてを知っているわけではない。
知っているのは、自分が触れたものだけだ。
それなのに過去へ戻ってから、どこかで未来を全部知っているような気になっていた。
危ない。
未来知識は万能ではない。
読み終えた本の特徴をノートへ書く。
文章の長さ。
会話の量。
主人公が目的を持つまでの時間。
設定説明の方法。
次に、自分が覚えている未来のWeb小説と比較する。
違いが見えてきた。
未来では、読者が共有している前提が増えている。
異世界。
レベル。
スキル。
冒険者。
ギルド。
細かく説明しなくても意味が通じる言葉が多い。
今は違う。
もちろんゲームやファンタジーに慣れた読者なら理解できる。
だが、未来ほど広く共有されてはいない。
「十年早く持ってくれば十年分有利、ってわけじゃないな」
早すぎる発明は、便利さを理解してもらえない。
小説も同じかもしれない。
俺は未来ノートを三つに分けることにした。
『今でも使える』
『少し先なら使える』
『まだ早い』
ただし、正確な年代は書かない。
株価やニュースの日付を思い出そうとしたときと同じで、年単位の記憶は怪しい。
作品の内容だけは妙に鮮明なのに、いつ流行したかは曖昧なものもある。
「俺の脳みそ、作品データだけ圧縮率がおかしいんだよ」
誰も聞いていないので、店員に聞かれない程度の声で呟いた。
帰宅後、自作の設定を見直した。
最初の案では、主人公が自分の能力を確認すると数字が見える仕組みにしていた。
未来なら説明不要に近い。
今だと少し唐突に感じる。
全部消す必要はない。
主人公自身がゲーム好きなら、数字を見たときにそう理解する理由ができる。
俺は主人公の趣味へゲームを追加した。
ただし、それだけでは都合がいい。
ゲームが好きなのに、現実では自分で選択することを避けてきた。
ゲームの中では何度でも選べる。
現実では失敗が怖くて選べない。
「こっちにも使えるな」
設定が一つ、人物の性格へつながった。
未来の仕組みをそのまま入れるのではなく、今の主人公に必要な形へ変える。
次はタイトルだった。
昔の俺は短くて格好いい題名が好きだった。
英単語を混ぜたり、意味深な漢字を使ったりした。
未来の俺は、それだけではクリックされにくい時代が来ることを知っている。
だからといって、いきなり未来型の長い説明題名にすればいいとも限らない。
俺は五案作った。
一案目は昔の俺好み。
二案目は未来寄り。
三案目は中間。
四案目は内容が分かるが長すぎる。
五案目は自分でも何を書きたいのか分からない。
「五番は何で作ったんだ」
消した。
残りを並べる。
今の読者に少しだけ先を感じてもらえる場所。
それが狙いだ。
流行を十年早く再現するのではない。
未来へ続く変化を、今の時代に理解できる形で一歩だけ先取りする。
そう考えると、未来を知っていることが急に面白くなった。
答えを知っている試験ではない。
同じ材料を使い、別の時代に合わせて料理し直すようなものだ。
夜、第三話まで書き終える。
未来ノートを見る回数は、昨日より減っていた。
必要なときだけ確認する。
そのほうが自分の人物が動く。
最後にノートへ一行書いた。
『未来知識は、正解ではなく地図』
地図があれば迷いにくい。
だが、地図の上を歩いてくれる人はいない。
歩くのは俺だ。
そのくらいの不便さが、今はちょうどよかった。
買ってきた本の奥付も眺めた。
未来では当たり前に知っていた作家名が、今はまだ若い。
中には、この先どんな作品を書くか知っている名前もある。
不思議な優越感が一瞬浮かび、すぐに消した。
俺が知っているのは彼らが積み上げた未来の結果だ。
今この時代の彼らは、俺と同じようにまだ途中にいる。
その途中まで奪うようなことだけはしたくないと思った。




